3-11 おこめさんの朝は和食派?
◇
僕の目が覚めた。遮光カーテンの微かな隙間から朝の光が差し込んでいる。
スマホを見る。9時だ。
いつもよりだいぶ遅い時間だった。
隣に温もりがある。
おこめさんが、まだ寝ていた。
セミダブルのベッドは二人で寝るには少し狭い。
抱き合うように寝たのは幸せだったけど、熟睡はできなかった。
それに昨晩、おこめさんは途中で起きていた気がした。僕も疲れて寝ていたから、良く分からないけど。
薄闇の中、おこめさんの寝顔を眺める。
寝顔を見るのは初めてだと思う。
おこめさんは、すっぴんでも綺麗だった。
心なしか疲れた寝顔だ。
おこめさんは、どんな仕事してるんだろう。
本人は社内の何でも屋をしていると言う。だけど具体的に何をしているのかは、さっぱり分からない。
おこめさんは、未だに自分の仕事を話したがらない。もしかしたら、気を遣ってくれているのかもしれない。
その優しさが嬉しくもあり、少しだけ寂しくもあった。
僕はもっと彼女の世界を知りたいのに。
それはそれとして、まだ眠るおこめさんを起こさないよう慎重にベッドから抜け出す。
「ううん……」とおこめさんが何か寝言を言った。
しばらく手を握ってあげる。
好きだ、という気持ちが湧き上がる。
起こさないよう優しくキスをして、こっそりと部屋を出た。
リビングに出るとゴンダムさんが待機していた。頭の上のぬいぐるみが、こちらを見下ろしている。
「颯太様、おはようございます。朝食のご準備をいたしますが、いかがいたしましょうか」
聞いてみると和洋中なんでも作れるらしい。
「じゃあ、おこめさんが普段食べているものでお願い」
僕がそう言うと、ゴンダムさんはフリーズしたかのように固まった。
でも数秒後には「承知いたしました」と動き出した。
やがてテーブルに並べられたのは、ふっくらした炊きたてのご飯、完璧な焼き色の鮭とだし巻き卵、味噌と出汁のよい香りがするお味噌汁と小鉢だった。
おこめさんって和食派だったっけ?
そこに料理の音で目を覚ましたおこめさんが、パジャマのまま、フラフラと起きてきた。
テーブルの上の完璧な朝定食を見て、少し驚いた顔をした。
「おこめさん、おはよう」
「おはようございます」
おこめさんが、ふわりと笑った。
そして不思議そうに聞いてくる。
「颯太さんは、朝はパン派じゃなかったですか?」
「うーん。何が良いか聞かれたから、おこめさんが普段食べてるものをリクエストしたんだけど。そうしたら、これが出てきた。おこめさんこそ、朝はパン派じゃなかったんだね」
以前、洋食派だと聞いた気がする。
「えっ、あ、はい! 準備が楽なのでパン派だったんですけど、ゴンダムさんが来てからは和食も食べます。はい。最近は、結構いろいろです」
おこめさんがワタワタ説明してくれる。
家事ロボットが優秀だと生活も変わるんだな、と僕は素直に感心した。
こんなロボットが自宅にあったら、確かに僕も和食をたまに食べたいかもしれない。
「身支度して、すぐに合流しますね」
おこめさんは、そう言って洗面台に向かった。
かと思うと、あっという間にメイクを終え、自走式トランクを引き連れて寝室へ戻った。そして、これまた一瞬でビシッと着替えて出てきた。
というか、メイクがびっくりするほど早い。
たぶん3分もかかってない。
それなのに、いつもどおりバッチリ決まってた。
お姉ちゃんがデートに行くときなんて、1時間以上も洗面台を占領してじっくり仕上げてた気がする。
「ソーダさん、今日のコーデはどうですか?」
おこめさんが僕の前に立って、フワリとターンした。
濃紺の薄手長袖ニットとモカブラウンのプリーツロングスカートだ。
ショートボブの下で、ゴールドの三角形のイヤリングが華やかに揺れている。
「バッチリ。超かわいい!」
おこめさんが笑顔になった。僕も見惚れる。
僕の自慢の彼女だ。
朝ごはんを食べながら今日の予定を相談する。
午前中は運河沿いを散歩して近くのミュージアムに向かう。午後は品川駅近くの水族館に行く予定だ。
手をつないで歩いていると、海の匂いがした。
昨日よりも時間が早いからか、涼しくて歩きやすい。水面が秋の光を受けてきらきらしていた。
ミュージアムでは宇宙探検展をやっていた。
特設らしい。
中に入ると、ホログラムとプロジェクションマッピングで作られた太陽系や銀河のコーナーだった。
部屋ごとにテーマが区切られ、宇宙の色々な場所を探検できる。
太陽系のコーナーでは太陽の近くに行くと、本当に熱かった。離れると冷たくなった。
木星の縞模様を間近で見て、土星の輪を真上から見下ろした。
「すごい……これ、本当に、すごい」
「ですよね。私も、初めて来ました」
おこめさんも目を輝かせている。
次のエリアに進むとき、おこめさんがふいに低い声で言った。
「フェーズジャンプ開始します」
エイリアンのゲームで、イベントスペースに移動するときにNPCが言うあの台詞だった。
吹き出した。笑いをこらえきれなかった。
「ちょっと、おこめさん」
「言ってみたかったんですよ、これ」
「いつか言うかな、とは思ってたけど!」
「分かってましたか」
「うん。というか、先こされたー!」
おこめさんが楽しそうに笑った。
こういう瞬間が、たまらなく好きだった。
こんな施設が歩いていける場所にある。
東京は、すごい街だ。
家に戻り、ゴンダムさんが作ってくれた絶品のトマトスパゲッティで遅めのランチをとる。
狭いダイニングテーブルに二人が座ると、自然と顔も近い。
僕が食べ終わったときのことだ。
「あ、颯太さん。ソースついてます」
そう言っておこめさんが口の端についたソースを優しく拭い取ってくれた。
そのまま至近距離で見つめ合う。
空気がどんどん甘くなっていく。
自然と唇が重なった。
そこからはもう、そのまま流されるように、二人きりの濃密な時間を過ごした。




