3-10 女神の家には、ゴンダムさんがいた
◇
僕はついに、おこめさんの家の前まで来た。
運河沿いの低層マンションだ。
おこめさんは「少し古いんですけど」と恥ずかしそうにしていたけれど、どことなくオシャレだ。
オートロックのエントランスを抜けてエレベーターに乗る。
質素とはいえ内廊下だし、色も明るい。
4階で降りた。
いよいよだ。
そのとき、廊下に並ぶ扉のひとつが、ガチャリと開いた。
中から、メタリックなパールピンクの人型ロボットが顔を出す。フォルムは、流線型でゴツい。
ロボットは、頭の上に可愛い『ゴンダム』のぬいぐるみを乗せていた。
「いらっしゃいませ」
そう言って出迎えてくれる。
ファンシーな色味に反して、深くて渋い声だった。ロボットとは思えないほど良い声だ。
「……もしかして」
僕が吹き出すと、おこめさんもつられて笑った。
「ゴンダムさんです。……ゴンダムさん、こちらが颯太さん。生体登録お願い」
おこめさんが気になる単語を言っていた気がする。
「承知いたしました。颯太様、どうぞよろしくお願いいたします」
ロボットが手を差し出してきた。ロボットと握手するのは初めてだ。
お相撲さんみたいに大きな手だ。まるで、自分が小さい子どもに戻ったみたいだった。
ひんやりとした金属の手は大きさに反して、優しく滑らかに僕の手を握ってくれた。
靴を脱いで上がる。
部屋のなかは、バターの甘い匂いとハーブの良い香りで満たされていた。
少し驚いたのは、入ってすぐの場所にキッチンがあったことだ。さすが東京。でも、もし部屋の奥にキッチンがあったら、もっと手狭に感じたかもしれない。
置かれている家具はシンプルだけどオシャレで、モデルルームのようだ。壁には、窓っぽく見える大きな鏡が貼られ、空間を広く見せる工夫がされている。このオシャレさが、いかにもおこめさんの家だった。
手を洗うために洗面台へ向かった。買ってきたばかりの僕のコップと歯ブラシ、歯磨き粉を並べて置く。
鏡越しに目が合い、何故か同時に笑ってしまった。
照れくさいけど、すごく幸せだ。
一緒にうがいをして部屋に戻る。
部屋は隅々までピカピカで、悪く言えば生活感がない。
「すごい綺麗にしてるんだね!」
「……ゴンダムさんが毎日細かいところまでピカピカにしてくれてるんです」
おこめさんは、きまり悪そうに教えてくれた。
ハイテクだなあ。
そのあと案内された寝室は、リビングとは打って変わってぬいぐるみに溢れていた。
薄紫色のシーツがかけられたベッドのど真ん中で、世界一有名なビーグル犬のあいつが、ででんと仰向けで気持ちよさそうに寝ている。
「小さい頃から、こういう寝室が夢だったんです」
おこめさんは、そう言ってはにかんだ。
ひととおり室内を見たあと、おこめさんが「ジャジャーン!」と効果音を口で言いながら、台所から白い箱をもってきた。
開けると、新品のカトラリーセットだった。
「颯太さんがいらっしゃるので、新しく買ってみました!できるだけ、私のやつとテイストは揃えたんですけど……」
そう言って、おこめさんが微笑む。
「ありがとう!」
準備した新品を見せてくれるあたりに、おこめさんの配慮を感じた。
それから、夕食になった。
小さな三角形のダイニングテーブルに向かい合って座る。
いつの間にか白いエプロンをつけたゴンダムさんが、流れるような動作で料理を運んできた。
ものすごく本格的な洋食だった。
「こちらは、カマスのムニエル、トマトと香草のソースでございます」
ゴンダムさんが僕達の横に立って、一品一品、料理の説明をしてくれる。付け合わせまで、すごく凝っていた。
すごくスタイリッシュな光景のはずなのに、頭の上で揺れるぬいぐるみが視界に入るせいでどうしても口元が緩んでしまう。
「ゴンダムさん、シェフみたいだね。これ、どこのメーカーのロボットなの?」
家電屋さんで見るような家事ロボットとは明らかに雰囲気が違う。
ゴンダムさんのメタリックな装甲や、太くて滑らかに動く腕は別格だ。テレビのCMでも、こんなすごい機種は見たことがない。
普通の機種が中古の軽自動車だとしたら、高級機種は新車の普通車。
だけどゴンダムさんはそれ以上だった。
おこめさんは困ったように目を泳がせた。
「えっと。会社のイベントで貰ったものなので、私もよく分からないんです」
「イベントの景品!? すごい会社だね……」
どんなに良い会社でも高級外車みたいなものを景品にはしない、よね?でも、おこめさんが働いてる会社だし、あるのかも……。違和感は残る。
「画像検索しても出ないですし……。たぶん会社の取引先がロボット関係の企業で、そこの特別なものかもしれないです……」
おこめさんが必死に説明してくれるので、とりあえず僕は「そうなんだね」と頷いてあげた。
おこめさんは少しだけ安心したように小さく息を吐いた。
さっき説明してもらったカマスのムニエルを食べる。ハーブの良い香り、バターのコク、トマトの酸味と来た後、ふっくらとした白身の旨味が口の中いっぱいに広がった。
「……っ、すっごく美味しい」
お世辞抜きに、手の込んだプロの味だった。最新ロボットの技術に驚かされる。
夢中で食べる僕を、おこめさんが嬉しそうに見て言った。
「お口に合って良かったです」
「うん。すごく幸せ。ありがとうね」
こんなに美味しいご飯を、おこめさんの部屋で、おこめさんと一緒に食べる。
これを超える幸せは、ちょっと想像できない。
美味しいねと言いながら、僕たちは時間を忘れてゆっくりと食事と会話を楽しんだ。
今夜は、このままおこめさんの家に泊まる。
内心、嬉しくてドキドキだった。
◆◆◆
◎
美味しい夕食を終え、二人で並んで歯磨きをする。
洗面台には颯太さんがさっき選んでくれた普通サイズの歯磨き粉がある。颯太さんが何回も来たいと言ってくれているみたいで、とても嬉しい。
颯太さんを部屋に迎えたとき、内心はドキドキだったけど、これまでのところ、私の嘘は、颯太さんの人の良さも相まって、なんとか無事に機能している。
颯太さんは、ゴンダムさんのお掃除機能に純粋に「すごいハイテクだね!」と目を輝かせてくれた。
「颯太さん、せっかくですし……、お風呂一緒に入ります?」
勇気を出した。
「えっ。いいの?」
「はい……」
お風呂にはいる前なのに、顔が赤いかも。
だけど、嬉しそうに頷く颯太さんを見ると、幸せになれる。
体を洗っている間は、なんとなく颯太さんのほうを見られなかった。
一緒の湯船に入ると、お湯が溢れた。
「……思ったより、狭いですね」
「うん。でも、そのぶん近いかも」
二人とも、照れた顔で笑った。
狭い湯船のなかで身を寄せ合う。
お湯の温かさとは違う、颯太さんの温もりが伝わってきた。
「颯太さん」
「うん?」
膝を抱えるように縮めて、颯太さんに寄りかかる。
「大好きです」
「僕も大好きだよ」
ぎゅっと抱きしめてくれた。
ずっとこの幸せな時間が続けばいいのにと思う。
とろけるように甘い時間だった。
でも、現実は容赦がない。
お風呂から上がると、「至急」で始まるチャットが来ていた。リードエンジニアからの緊急連絡だ。サッと見たけど、パソコンでじっくり見ないと判断できない。
シンガポールのオフィスは、リリースに向けて土曜の夜も動いている。明日も朝から動く。
颯太さんが寝た後で、こっそり抜け出して仕事をしよう。
本当は朝までずっと腕の中にいたいけど。
「今夜中に返します」とチャットした。
「おこめさん?」
ベッドから自分を呼ぶ優しい声がした。
この声を聞くだけで、幸せを感じる。
「……今、行きます」
返事をしながらスマホを裏返し、テーブルに置く。
深夜の戦場が待ってる。
エネルギーをチャージするためにも、まずは颯太さんにぎゅっと抱きしめてもらわなければ。
新プロダクトのリリースまで、あと34日しかない。




