↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

40/73

3-4 強く抱きしめる。僕は恋人だから

◇


新幹線のホームで、おこめさんをハグする。


おこめさんが背中に腕を回した。

爽やかでさりげなく甘い、おこめさんの匂いがする。


「もっと強く」

強く抱きしめた。


「颯太さん、颯太さん……」

おこめさんが呟いた。


震える声で、僕の名前を何度も呼んだ。

背中に回された腕に、ぎゅっと力がこもる。


どうしたんだろう。何が不安なんだろう。

何もわからないけど、僕にできることはある。

僕は、おこめさんの恋人だから。


「大丈夫」

そう言っておこめさんの背中をゆっくり撫でた。

もちろん根拠はない。おこめさんの問題が解決するわけでもない。


だけど、大切な人がそばにいるだけで違うことはある。



おこめさんの力が少しずつ緩んだ。

「ありがとうございます」

おこめさんが恥ずかしそうに僕から離れた。


さっきより、少しは元気になってくれた気がする。



僕はおこめさんの手を握った。


「僕は、おこめさんが好き。おこめさんが何を不安に思ってるのかは分からない。でも、ずっとこの手を握っていたい」


おこめさんが、もう一度抱きついてきた。

またしばらく抱き合っていた。



発車のアナウンスが流れた。

最後にキスをして、おこめさんが乗り込んだ。

列車が動き出す。


空になった線路を眺める。

「颯太さん、颯太さん」という声が、頭の中で木霊した。


僕が知っているおこめさんは、バリバリ仕事をする。田んぼでは子どもみたいにはしゃぐ。オシャレを楽しむ。さっきは、不安そうに声を震わせた。


どれも全部、おこめさんだ。僕が好きな人だ。


何が不安なのかは、まだ分からない。でも、分かるまで待てる。

分かったとき、ちゃんと受け止めたい。


家に戻ったら、赤飯が炊いてあった。

昨晩「戻らない」とメールしたことで色々と察したらしい。

父さんも母さんも何も言わない。それがありがたかった。


お赤飯を少し食べて窓の外を見る。

満天の星空のなか、秋虫たちが静かに鳴いている。


おこめさんは今ごろ、どのあたりだろうか。

次に会うとき、元気になっていてほしい。


   ◆◆◆


◎


新幹線が動き出した。

窓の外で颯太さんのいたホームが流れて消えた。

目を閉じた。


私をぎゅっと抱きしめて、背中を撫でてくれた手の感触が残っている。


颯太さんの匂いが服に残っている。

香水をつけない颯太さんの優しい匂いが。


あんなに泣きそうになったのに、泣かなくて良かったと思う。

泣いていたら、もっと別れにくかった。



颯太さんの言葉を思いだす。


「僕が好きになったのは、おこめさん」

「おこめさんのことをもっと知りたい」


その言葉は嬉しい。

嬉しいのに、重たく感じてしまう。

それが悲しい。



だけど、颯太さんは「大丈夫」と言ってくれた。


ただの気休めなのは知ってる。でも、その優しさが嬉しい。

颯太さんの言葉にすがりたい。


今日は颯太さんとのお別れが、ひときわ淋しい。

次に会えるのは3週間後だ。

颯太さんが東京に来てくれる。


間が空いてしまうけど仕方ない。

これから仕事が本当に忙しくなる。


ふう、とため息が出た。


窓の外をちらっと見た。

台風一過の星空だ。月は出てない。


ふと、延泊して颯太さんと一緒に星空の下をお散歩したかったな、と思った。


首を振る。

今は、そんな贅沢はできない。


社運をかけた新プロダクトのリリースまで、54日しかない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。