3-4 強く抱きしめる。僕は恋人だから
◇
新幹線のホームで、おこめさんをハグする。
おこめさんが背中に腕を回した。
爽やかでさりげなく甘い、おこめさんの匂いがする。
「もっと強く」
強く抱きしめた。
「颯太さん、颯太さん……」
おこめさんが呟いた。
震える声で、僕の名前を何度も呼んだ。
背中に回された腕に、ぎゅっと力がこもる。
どうしたんだろう。何が不安なんだろう。
何もわからないけど、僕にできることはある。
僕は、おこめさんの恋人だから。
「大丈夫」
そう言っておこめさんの背中をゆっくり撫でた。
もちろん根拠はない。おこめさんの問題が解決するわけでもない。
だけど、大切な人がそばにいるだけで違うことはある。
おこめさんの力が少しずつ緩んだ。
「ありがとうございます」
おこめさんが恥ずかしそうに僕から離れた。
さっきより、少しは元気になってくれた気がする。
僕はおこめさんの手を握った。
「僕は、おこめさんが好き。おこめさんが何を不安に思ってるのかは分からない。でも、ずっとこの手を握っていたい」
おこめさんが、もう一度抱きついてきた。
またしばらく抱き合っていた。
発車のアナウンスが流れた。
最後にキスをして、おこめさんが乗り込んだ。
列車が動き出す。
空になった線路を眺める。
「颯太さん、颯太さん」という声が、頭の中で木霊した。
僕が知っているおこめさんは、バリバリ仕事をする。田んぼでは子どもみたいにはしゃぐ。オシャレを楽しむ。さっきは、不安そうに声を震わせた。
どれも全部、おこめさんだ。僕が好きな人だ。
何が不安なのかは、まだ分からない。でも、分かるまで待てる。
分かったとき、ちゃんと受け止めたい。
家に戻ったら、赤飯が炊いてあった。
昨晩「戻らない」とメールしたことで色々と察したらしい。
父さんも母さんも何も言わない。それがありがたかった。
お赤飯を少し食べて窓の外を見る。
満天の星空のなか、秋虫たちが静かに鳴いている。
おこめさんは今ごろ、どのあたりだろうか。
次に会うとき、元気になっていてほしい。
◆◆◆
◎
新幹線が動き出した。
窓の外で颯太さんのいたホームが流れて消えた。
目を閉じた。
私をぎゅっと抱きしめて、背中を撫でてくれた手の感触が残っている。
颯太さんの匂いが服に残っている。
香水をつけない颯太さんの優しい匂いが。
あんなに泣きそうになったのに、泣かなくて良かったと思う。
泣いていたら、もっと別れにくかった。
颯太さんの言葉を思いだす。
「僕が好きになったのは、おこめさん」
「おこめさんのことをもっと知りたい」
その言葉は嬉しい。
嬉しいのに、重たく感じてしまう。
それが悲しい。
だけど、颯太さんは「大丈夫」と言ってくれた。
ただの気休めなのは知ってる。でも、その優しさが嬉しい。
颯太さんの言葉にすがりたい。
今日は颯太さんとのお別れが、ひときわ淋しい。
次に会えるのは3週間後だ。
颯太さんが東京に来てくれる。
間が空いてしまうけど仕方ない。
これから仕事が本当に忙しくなる。
ふう、とため息が出た。
窓の外をちらっと見た。
台風一過の星空だ。月は出てない。
ふと、延泊して颯太さんと一緒に星空の下をお散歩したかったな、と思った。
首を振る。
今は、そんな贅沢はできない。
社運をかけた新プロダクトのリリースまで、54日しかない。




