1-4 女神は、僕との水族館デートで大はしゃぎだった
◇ソーダの視点
ついに、デートの日が来た。
青い空が広がっている。てるてる坊主のおかげだ。
僕は、ランチを食べた後、おこめさんが泊まっているホテルのロータリーに車をつけた。
車を降りておこめさんを待つ。
ビジネスホテルじゃなくて、結婚式もできるしっかりしたホテルだ。
ホテルの扉が開いて、おこめさんが出てきた。
すれ違った人が、二度見してる。
今日のおこめさんは、オフホワイトのジャケットにアイスブルーのストレートパンツだ。
昨日のチャットの謎がとけた。
すっごくオシャレ。見惚れるくらい可愛い。
おこめさんが僕に気づいた。手を振りあう。
小走りで車に来てくれた。
「お待たせしました!」
僕は車の外に立って助手席の扉を開ける。
「今日は午後からで、ごめんなさい! どうしても会議がずらせなくて……」
おこめさんが申し訳なさそうな顔だ。
午前中は海外と会議だったらしい。すごい。
「ううん! 全然!」
こうしてデートできて嬉しい。
前回会ったときは、想像もしてなかった。
「今日のおこめさん、なんか可愛い感じ!」
「ありがとうございます!」
おこめさんは、ふわりと嬉しそうに笑った。
「今日は、どこに行くんですか?」
「えとね。まずは水族館! 早めにご飯を食べて夕焼けを見に行こうかなって」
デートの準備はバッチリだった。相談に乗ってくれたお姉ちゃんと、中学時代からの親友たちには感謝しかない。
「夕焼け、ですか?」
おこめさんが不思議そうな顔をした。
「うん! 僕が世界で一番好きな光景! 有名な夕焼け観光スポットよりもいい感じに見えるの!」
おこめさんがニコリと笑った。
「でしたら、今日は最高の天気ですね!」
車に乗って水族館へ向かう。
今日のゴールは、おこめさんと通話アプリの連絡先を交換することだ。
今日が終わっても、ビデオ通話でおしゃべりして3回目につなげたい。
水族館に着いた。薄暗い館内は涼しい。
おこめさんはピンクのストールを肩にかけた。
入って正面に大きなクラゲの水槽があった。
「おこめさんのアイコンみたい!」
おこめさんが吹き出した。
白い光に照らされたクラゲたちが、水槽の中でふわり、ふわりと漂っていた。
「フワフワ漂ってますね」
どことなく羨ましそうだった。
「だよね。リラックスしてそう」
「ええ」
おこめさんが水槽を撫でた。
一緒に水槽をみて回る。おこめさんは何か見つけるたび、僕に言ってくれる。
「あ、見てください! エビ隠れてます! ほら!」
隣の水槽に目を移したおこめさんは、自慢げに指差した。目がキラキラしてる。
「本当だ!」
僕も顔を近づけて見た。
おこめさんの香りがフワリと漂う。
少し甘くて、爽やかな香りだった。
その後も大きな水槽のなかを泳ぐウミガメを追いかけたり、かと思えばカニのマニアックな生態を教えてくれたり。
「あ、次あっちです!」
おこめさんが小走りに次の水槽へと向かった。
「分かった!」
慌てて追いかける。先に着いたおこめさんが目をキラキラさせて僕を見る。
落ち着いたお姉さんというよりも、魚好きの女の子、って感じだ。
イルカショーの後、イルカに触れる機会があった。
おこめさんは、ためらいながらも手を伸ばす。
「硬い! 思ってたのと違います」
「どんなのを想像してた?」
「もっと柔らかくて、しっとりしていると」
「ゴムっぽいよね。意外と」
「ですね。知識としては知ってたんですが。あ、ザラザラしてきた。これ、イルカの垢らしいですよ」
「もしかして、触るのは初めて?」
「はい。本で読んだことはあるんですけど。学校の行事くらいでしか来たことなくて」
「そっか。じゃあ、ゆっくり触ってられないよね」
「はい……」
おこめさんは、ずっとイルカを優しくなでている。飼育員のお姉さんが、そろそろ、という顔になった。
「ね、おこめさん、あっちに触れるコーナーがあって、ヒトデとかウニとか直接触れるんだけど、行ってみない?」
おこめさんの目が輝いた。
「はい、触ってみたいです!」
「うん。ちょっと不思議な感触で面白いよ」
案内すると、おこめさんは浅い水槽の縁でしゃがんで、ゆっくり指先を伸ばした。
ヒトデの端にそっと触る。
めちゃくちゃ真剣な顔だ。
「おこめさん、すごく研究者っぽい!」
「教授とよんでください」
おこめさんは得意げな顔になった。
「教授。このヒトデ、どんな感じですか」
「待ってくださいね」
恐る恐る触った。
「……固い! それに、ザラザラしてる」
研究結果が出た。
本人は、大発見みたいな顔をしてる。
つい、吹き出しそうになるのをこらえる。
「ちょっと! ソーダさん」
おこめさんが恥ずかしそうだ。
「ごめんごめん。見た目は柔らかそうなのにね」
僕も触る。
「ですね。面白いです!」
顔を上げたおこめさんは、満面の笑顔だった。
水槽から手をあげたとき、二人の手がぶつかった。
「あ、ごめ!」
「ごめんなさい!」
お互い、慌てて手を遠ざけた。
「おこめさん、大丈夫だった?」
「はい、大丈夫です……」
おこめさんは、少し恥ずかしそうに、僕の手が触れた指先を握った。
これは、触れて良かったの? 悪かった?
彼女いない歴28年の悲しさで、分からなかった。
水族館でたっぷり遊んだ後、早めの夕食を食べる。その後、車で夕焼け岬に向かった。
あそこから見る夕焼けは、僕が世界で一番好きな光景だ。今日、晴れてよかった。
おこめさんにも、ぜひ見てほしい。
赤信号の向こうで、西の空がオレンジ色に染まってきた。急がないと。
僕は、間に合うかハラハラしながら、田んぼのあいだの一本道を抜ける。
林を抜けて砂利道を走ると、夕焼け岬についた。
正式な地名は知らない。案内板も何もない。
地元の人間しか知らない場所だ。
「おこめさん、ついたよ! ここは、僕が世界で一番好きな場所なんだ」
車を降りたとき、夕日はちょうど水平線に向けて落ちていくところだった。間に合った。
「わぁ」
おこめさんの口から、思わず、という感じでため息が漏れた。
茜色が空の端まで広がり、薄い雲がオレンジとピンクに溶けていく。
夕日が凪いだ海に反射して、金色の筋を走らせる。
ベストだ。超ラッキー。
ここまで綺麗に見えることは、そんなにない。
話しかけようと思って、やめた。
おこめさんは、手すりに両手を乗せて、沈みゆく太陽を静かに集中して見ている。
おこめさんに、僕の一番好きな光景を満喫してほしかった。
それに、うっとりと見ているおこめさんの横顔は、最高に綺麗で可愛い。
やがて夕日が海の向こうに落ち、あたりが暗くなってきた。どこかで虫が鳴いている。
「ね、おこめさん。夕焼け、どうだった?」
「綺麗でした……」
まだ海を見ている。
「人生で……、一番綺麗でした」
そして僕に向き直り、微笑んだ。
「まだ、まぶたの裏に夕日が残ってます」
「良かった!」
夕焼けが終わった。そろそろ、おこめさんを駅に送らないと。
連絡先も、まだ聞けていない。
「……車に戻ろう。そろそろ行かないと、電車に間に合わなくなる。」
「……はい」
おこめさんは、もう一度、海を振り返ってから頷いた。
一緒に歩きだす。
まだかろうじて足元は見える。
本当は、おこめさんの手を握りたかった。
でも手を伸ばしていいのか分からない。
「あの……」
おこめさんが立ち止まった。
「もしよければっ、手を握っても良いですか? 暗くて、足元が良く見えなくて……」
「い、いいよ! もちろん」
おこめさんの手を握る。
柔らかくて、スベスベだった。
母さんやお姉ちゃんとは違う手だ。ドキドキする。
「そこ段差だから気をつけてね」
「ありがとう」
自動車に着いて、手を離す。
名残惜しかった。
駅に着いた。
「今日は、ありがとうございます!」
「こっちこそ! 楽しんでくれたら良いんだけど」
「はい! とっても」
おこめさんが素敵な笑顔を見せてくれた。
「あの……、ソーダさん。私、新幹線は最終まで遅らせても大丈夫です。もしソーダさんが良ければ、あそこで、もう少しだけお話ししませんか?」
おこめさんが、改札近くのカフェを指差した。
「うん!もちろんだよ」
やった。もっとおこめさんと一緒にいられる。
「良かったです!」
改札近くのカフェに入る。
向かい合って座った。
……今、連絡先を交換しようって言えるんじゃないかな。




