3-2 いつか覚める夢だとしても
◇
おこめさんを見る。
淋しそうだ。ヤバい。
「誤解しないで! 遥香とはきょうだいみたいなもんだから。僕が好きなのは、おこめさん!」
「そうそう! ごめんねっ! 私、友達とはみんなこんな感じで!」
慌てて二人でフォローする。
「わかりました。大丈夫です」
おこめさんは微笑んで頷いたけど、ちょっと元気がなかった。
「ところで、彩夏さんのリップ、すごく似合ってますけど、どこのですか?」
「これはマーキュリーですけど、最近、すごいんですよ。スタジオボックスっていう場所があって、色々なライティング環境で私に何が似合うかAIが診断してくれるんです」
「聞いたことある! 東京に1か所あるんだよね。抽選予約制だって聞いた。良いなー」
「え、ええ。運良く抽選にあたりまして……」
一瞬、おこめさんが戸惑った気がする。
二人は、お化粧の話で盛り上がりはじめた。
おこめさんも何だか楽しそうでホッとする。
その後もしばらく三人で話し、解散となった。
会計は、本当におこめさんが払った。
遥香が遠慮して払おうとしても、笑顔で受け取らなかった。
「今日はありがとうございました。颯太さんのこと、色々聞けて嬉しかったです」
「こちらこそ! 今度は、颯太の友達ももっと呼んで、皆でご飯でも行きましょうね!」
「はい、よろしくお願いします」
「うん。今日はお邪魔しちゃってごめん。デートの残り、楽しんでね。バイバーイ」
遥香が手を振って人の流れに消えていった。
おこめさんが、いつもより強く僕の手を握った。
◆◆◆
◎
遥香さんが人ごみに消えた。
知らず、颯太さんとつないだ手に力が入っていた。
気づいて少し緩める。
颯太さんは何も言わなかった。
「敵を知り己を知れば」の精神でお茶に誘ったのに、戦わずして負けた気分だった。
遥香さんは颯太さんに色目を使っていない。
私に敵意もない。
飾り気のない気さくな女の子だ。
笑うときも、体ごと笑う。
颯太さんとは、まるで双子のきょうだいのように息が合っていて、二人が積み重ねてきた歴史を感じた。
遥香さんが話す颯太さんの話は、初めて聞くことが多かった。
気が弱くてお姉ちゃんに守られていたこと。小さな子どもに懐かれやすかったこと。子どもと関わる仕事がしたくて教育学部に進んだこと。お姉さんに怒られながらファッションを覚えたこと。
そして……。
彼女でもない遥香のために、颯太さんが服を一生懸命選んだこと。
それだけに、こたえた。
今日の負けは、自分にも責任がある。
颯太さんの過去を聞けば、こちらも話すことになる。
これ以上、颯太さんに嘘を重ねたくなかった。
おこめは普通の女の子だけど、彩夏は普通の女の子じゃない。
彩夏が今どんな仕事をしていて、いくら稼いでいるか。どういう人生を歩んできたのか。
それらを話したくなくて、颯太さんにも聞かないでいた。
颯太さんにもプライドはある。
グランクラスに引いた顔をした。プレゼントも断った。奢られるのがしんどい、とも言っていた。
そういうところも含めて、颯太さんだと思う。
でも、もし自分の彼女が、実はお金持ちで社長だと知ったら、颯太さんはどういう反応をするだろう。
やっぱり引いて行くのかな。それともバカ丁寧になっちゃうのかな。
颯太さんが、私ではなく、私のお金を見るようになったらどうしよう。
もちろん、全てを受け入れて今までどおり接してくれるかもしれない。
だけど、まだ踏み出せない。
私は、おこめだ。今は、まだ。
「おこめさん?」
颯太さんから声をかけられる。
少し考え込んでしまっていた。
意識して、『おこめ』らしい笑顔を作る。
「……ごめんなさい。私たちも行きましょう」
そして一緒に歩き出した。
大丈夫。何とかなる。大丈夫。
それだけを思いながら、颯太さんの手を握った。
いつか覚める夢だとしても、まだ、この甘い夢から覚めたくなかった。




