3-1 「仲、良いですね」僕の彼女が呟いた
◇
映画を見終わって、おこめさんが化粧室に行っている間、僕はスマホでクリスマスプレゼントを探す。
まだ9月だけど、初めてのプレゼントだし、ちゃんとしたものにしたい。
アクセサリが定番らしい。予算は2万円くらい。これくらいなら何とかなる。
探していると、突然、斜め後ろから誰かが勢いよくぶつかってきた。
懐かしい衝撃。遥香だ。
保育園の頃から、この勢いは変わらない。
「おっすー! 久しぶりじゃん!」
うん。声を聞く前に分かってた。
そのまま後ろからハグされる。
「ちょ! まっ! 離れて!」
慌てて引き剥がす。
もし、おこめさんに見られたら誤解される。
化粧室のほうを振り返る。
固い顔をしたおこめさんと目が合った。
遅かった。
「おこめさん、誤解っ! これ、完全に誤解!」
我ながら慌てた声が出た。
「え、彼女さん?」
遥香が止まった。
口を少し開けたまま固まっている。
「うっそ、颯太。ごめん、やらかした」
おこめさんが、ツカツカと足早に近づいてくる。
華奢な体格なのに、大きなトラが唸りながら近づいてくるみたいな圧がある。
遥香が素早く両手を合わせた。
「ごめんなさい! 私がこいつに飛びついただけで、颯太は何もしてないです! 本当に!」
おこめさんは遥香を一瞥して、僕を見た。
「……颯太さん。説明していただけますか」
アルトの声だ。
穏やかなのに、ドスが効いていた。
「ごめん! おこめさん。こいつは遥香。宮田遥香。幼なじみなんだ。誰にでも距離が近くて、他の人にもあんなことするっ!」
おこめさんは黙って聞いている。怖い。
「……保育園から高校まで同じクラスだったんだけど、ここで会ったのは偶然で、3年ぶり」
おこめさんが、静かにゆっくりと息を吐いた。
そして、遥香に体を向けた。
「はじめまして。颯太さんとお付き合いを、させていただいている細川彩夏と申します」
おこめさんの圧がすごい。
お付き合い、という部分を特に強調してた。
「は、はじめまして。宮田遥香と……申します。友達から、いつも距離が近いって怒られるんですけど! そんなつもりなくて。本当に、すみませんでした……」
普段は誰にでも物怖じしない遥香が完全に気圧されていた。
おこめさんが、じっと遥香を見つめた。
「……分かりました」
少し間を置いてから毅然と続けた。
「でも颯太さんには、今後ああいったご挨拶はやめてくださいね。」
「は、はい……。すみませんでした……」
遥香の声が珍しく小さくなっていた。
おこめさんの表情が、わずかに柔らかくなった。
「遥香さん、もしお時間があれば、あのカフェでお茶でもいかがですか。私が払いますから」
向かいのカフェを指さした。
「「え!?」」
僕と遥香の声が、ほぼ同時に出た。
「でも、悪いです……。せっかくのデートだし、お邪魔しちゃ……」
遥香が逃げようとしている。
「大丈夫です。せっかくだし颯太さんのこと、もっと知りたいんです。良いですよね? 颯太さん。」
おこめさんが柔らかく言いながら僕を見た。
断れる空気じゃなかった。
「……うん」
結局、三人でカフェに入ることになった。
遥香は、飲み物を持ってきた頃には、すっかり普段通りに戻っていた。
こいつは昔から人見知りせず、グイグイ仲良くなりにいくタイプだった。
「颯太ってさ、昔からすごく気が弱かったんですよ。お姉ちゃんにいつも守ってもらって」
「守られてたんじゃなくて、振り回されてたんだよ」
「同じじゃん」
「全然違う」
僕が抗議すると、遥香はケラケラと笑って、おこめさんの方に身を乗り出した。
「聞いてくださいよ、彩夏さん。小学校2年の時、すっごく吠える大きな犬に会ったんです」
おこめさんが、興味ありげに目をパチパチ瞬かせた。
「リードは固定されてるけど飼い主はいなくて。颯太が泣きそうになってたら、当時5年生のお姉ちゃんが、『颯太、後ろに隠れてな! 私が守ってあげる!』って前に出たんですよ」
「違うんです、おこめさん! 騙されないで!」
僕はたまらず身を乗り出した。
「姉ちゃんは自分がその犬を撫でたかっただけ! だって結局、僕を囮にして、犬の後ろで尻尾をモフモフしてた! 遥香も一緒に!」
「でも噛みそうになったときは、ちゃんとリード捕まえて叱ってたじゃん?」
「そういう問題じゃない!」
カチャン。
固い音がした。
おこめさんがコーヒーカップをソーサーに置いたらしい。
「あ、ごめんなさい。遥香さんは、颯太さんと一緒に通学してたんですか?」
おこめさんが微笑んで言った。
でも気のせいか目が笑ってない気がする。
「そう。高校のとき遥香の家が引っ越すまで、遥香とは本当に隣同士だったんだよね」
「そうなんですか」
おこめさんが驚いたように言った。
他にも色々話した。
近所の夏祭りに行ったら、迷子になった子供の親御さんを探すことになって大変だったこと。僕が中1までサンタが本当にいると信じていたこと。
おこめさんは、ときおり遥香に質問しながら、静かに聞いていた。僕の小さい頃のエピソードがバラされるたび、微笑み、あるいは笑った。
場が温まってきたところで、今度は遥香からおこめさんに質問した。
「彩夏さん、超オシャレですよね。どうやって服を選んでるんですか」
「ありがとうございます。普通にAIとかに相談しながら選んでますよ。颯太さんが細かいところまで気づいてくれるので、楽しくなってきちゃって」
おこめさんが嬉しそうにゴールドのネックレスを弄った。
「あー、分かる。颯太、女の子のオシャレに超気づいて褒めてくれるんだよね。絶対、颯太のお姉ちゃんの教育だと思う。颯太をめちゃくちゃ鍛えてたから」
お姉ちゃんには、言いたいことがある。
「鍛えてた、というか、使いまわしてた」
「そうだね! ジャイアンだもんね」
「でも遥香もだろ! 服買うとき、いつも連れ出して。高校のときなんて、彼氏との初デート前日に、準備で一日中付き合わせたろ」
「だって颯太の意見、すごい納得感あったもん」
「どっちでも良いって言うたびに怒るし」
「だってどっちが良いか聞くために来てもらってたんじゃん」
「本当にどっちでも良かったって言ってる」
「そんなわけないでしょ! 結局、選んでくれたし」
「遥香が怒るから必死にひねりだしただけだよ!」
カチャンッ!
強めの音がした。
おこめさんがコーヒーカップをソーサーに置いたらしい。2回目だった。
ハッとする。つい興奮して、いつものノリで口論してしまった。
慌てておこめさんを見る。
おこめさんは、じーっと僕たちを見ていた。
「仲、良いですね」
おこめさんがぽつんと言った。




