2-20 おこめさんと、初めての朝ごはん
◇颯太の視点
おこめさんと抱きしめあって長いキスをする。
顔を離すと、おこめさんが恥ずかしそうに言った。
「ごはん、ルームサービスを取ろうと思うんですけど、颯太さんは、和食と洋食のどっちにします?」
「え、でも高いんじゃ」
「大丈夫ですよ。アップグレードしたとき、朝ごはんもつけてくれたみたいで」
おこめさんが微笑んだ。
「うーん、じゃ、洋食で!」
「はーい!」
おこめさんが注文してくれている間、バスルームに行って昨日の服に着替える。
ちゃんと畳んであった。
おこめさんがしてくれたのかな?
着替えてから二人で今日の計画を練っていると、スタッフさんが白いクロスを敷いたワゴンを運んできて、セットアップもしてくれた。
銀色のお盆の上には、丸い保温用の蓋が置かれている。
本当に使うんだ……
朝食を並べ終えると、スタッフさんは一礼して出ていった。
豪華な洋風の朝食がテーブルに広がっている。
窓に向かって横並びなのは、おこめさんの希望だった。
隣同士に座る。
「颯太さん! もっと近くに座りましょう」
おこめさんが笑顔で椅子を横にずらしている。
僕もずらして、椅子をピッタリとくっつけた。
足や腕が互いに触れるくらいの距離だ。
おこめさんは、僕の太ももに手を載せながら、満足そうに微笑んだ。
「颯太さん、朝ごはんを一緒に食べるのが最近の夢だったんです」
「僕も! 本当におこめさんと一緒に朝ごはんを食べられるなんて。夢みたいだ」
夢かもしれない。
念のため、おこめさんにキスをした。
フワリと柔らかな感触。甘く長い。
おこめさんが僕を抱きしめてきた。僕も抱きしめ返す。
おこめさんの柔らかな体と甘くて爽やかな匂いに、昨晩のことを思い出した。
おこめさんは、僕を受け入れてくれた。
それが今もすごく嬉しい。
グーッ!
僕のお腹が鳴った。
恥ずかしくなって、顔を離す。
「夢じゃないですよ!」
おこめさんは、恥ずかしそうに目を細めた。
「さ、食べましょう」
「うん! いただきます」
「いただきます」
朝ごはんはどれも美味しくて、特にエッグベネディクトは絶品だった。
広くて豪華な室内を見まわす。
おこめさんとホテルのスイートルームでお泊まりをして朝ごはんを食べるなんて。
半年前の僕に言っても、絶対信じてもらえない。
幸せだった。
今日のデートも楽しみだ。
◆◆◆
◎おこめの視点
ホテルのエントランスを出て、着替えに戻った颯太さんを待つ。
気持ちの良い風が吹きぬけた。
少し涼しくて、キャメルのストールを巻く。
颯太さんの自動車がロータリーに入ってきた。
「お待たせ!」
「ちょうどでしたよ」
颯太さんが助手席の扉を開けてくれる。
早足で向かう。
少し筋肉痛だ。幸せな痛みだった。
颯太さんへの愛しさが溢れる。
私のナイトさんにキスをしてから、助手席に乗り込む。
どうしよう。楽しい。
車が出発した。
颯太さんの運転が好きだ。
加減速が優しく、運転が丁寧で、急ぐことがない。
軽自動車のシートはそんなに良いものじゃないけど、颯太さんの隣にいると、なんとなく落ち着く。
田んぼに連れて行ってもらった。
道路の右も左も、収穫間近の稲が朝の光を受けて、どこまでも金色に輝いていた。
「颯太さん! 綺麗ですね」
「うん。もしかして、おこめさんは、実った田んぼを見るのは初めて?」
「はい!」
つい、テンションが上がってしまう。
「ここで停めるね」
そう言って颯太さんが車を停めた。
このあたりは、颯太さんのお母様の従兄弟の田んぼらしい。都会で育った自分には、この親類の範囲の広さが信じられない。
車を降りると、自然の匂いがした。
湿った土の匂い、青々とした草の匂い、そしてほのかに甘い匂いがする。
「颯太さん、この甘い匂いはなんですか?」
「これはね。熟した米の匂いだよ」
知らなかった。
クワックワッ
そこかしこから、カエルの声がする。
水路から、水の流れる音もする。
収穫間近の田んぼが、こんな感じだなんて。
「すごい」
思わず、声が出た。
「気にいった?」
颯太さんが少し誇らしそうだ。
「ええ。すごいです。本当にすごい」
水路の縁まで近づいた。
稲穂に触れてみた。
ずっしりと重く、しなやかで、触れるとざらっとしていた。
水面に顔を近づけて覗き込む。
生き物は見つけられない。残念。
「おこめさん!」
颯太さんが慌てて近くに来た。
「大丈夫ですよ」
ハラハラしてくれるのは嬉しい。
立ち上がろうとして、少し滑りかけた。
颯太さんが助けてくれた。
そのまま、抱きしめてキスをする。
颯太さんも戸惑ったけど、応えてくれた。
空気が甘い。
そこかしこで赤いトンボがヒラヒラ飛びまわっている。
透き通る空は雲ひとつなく青い。
本当に綺麗だ。
しばらく、二人で田んぼを観察した。
颯太さんが靴を脱いで、次々とアマガエルやトノサマガエル、バッタとかを捕まえて見せてくれる。
すごい。
ワクワクが止まらない。
「おこめさん、人差し指を立てて静かに待ってみて」
言われたとおりにする。
しばらく待っていると、アキアカネが一匹、指先に止まった。細い足がくすぐったい。
感動だった。
トンボが飛んでいったあと、颯太さんに振り返る。
「颯太さん、大好きです!」
「僕も、大好き!」
優しくギュッと抱きしめてくれた。
それだけで幸せが溢れる。
十分に田んぼを堪能した後、ショッピングモールに来た。
ランチを食べた後、ミュージカル映画を見た。
颯太さんが暗くなった瞬間に手を握ってくれた。
映画の間中、ずっと握ったままだった。
ハッピーエンドだった。
颯太さんが「良かった」と言った。本当に良かった、という声だった。
颯太さんはハッピーエンドが好きだ。人が幸せになるのを本当に喜ぶ人だ。
その優しさが愛しくて、颯太さんの腕をぎゅっと抱きしめた。
化粧室に行った後、ロビーに戻る。
「おっすー! 久しぶりじゃん!」
女性の声だ。
見ると、柱のそばに立つ颯太さんに長い髪の女性が抱きついていた。
颯太さんの顔は女性の顔に隠れて見えない。
ふたりの距離が近い。密着してる。
周りの音が消える。頭が真っ白になった。
いや、動揺してる場合じゃない。
颯太さんに説明してもらわないと。




