2-14 僕は浮気しないから!
◇ソーダの視点
スカイツリーから降りてランチを食べる。
入場料もランチ代も、全部おこめさんが支払った。
でも、昨日みたいな心の淀みは感じなかった。
だって、僕とおこめさんは違うから。
ここは、僕がこだわるところじゃない。
「おこめさん、ありがとう! ごちそうさま」
「どういたしまして」
おこめさんが嬉しそうに笑う。
言って良かった。
すみだ水族館では、ペンギンコーナーで予想外に盛り上がった。
きっかけは、ペンギンの水槽の前に貼ってあった相関図だ。
ペンギン一羽一羽に名前がついていて、その間の関係が矢印で描かれている。
ペンギンたちの複雑な人間関係、もといペン間関係を読みながら、おこめさんの顔がだんだん曇っていった。
「アツキ君、浮気してる」
「してる」
「バターちゃんが可哀想。元カレのクック君もバターちゃんのことをずっと好きで……」
「そう。ダイスケ君とは共通の敵で一時的に同盟してる」
「最低の構図ですね」
「ペンギンだけど」
「ペンギンだけど!」
おこめさんが浮気ペンギンを見た。
ペンギンはのんきに泳いでいた。
おこめさんの柳眉がキリリと上がった。
「許せない」
「ペンギンが?」
おこめさんは、大真面目に頷いた。
「浮気ペンギンが」
「……僕は、浮気しないから!」
思ったよりも大きな声になった。
周りの人が振り返って、恥ずかしい。
おこめさんが吹き出した。
「それは、よく分かってます」
「……ありがとう?」
「ソーダさんはそういう人じゃないです。あと、そういう器用さもないと思います」
「最後の一言、余計! たぶん、あってるけど……」
浮気をしても隠せない自信がある。残念じゃないけど。
そもそも浮気は誠実じゃない。
おこめさんが声を出して笑った。
その声が水族館に小さく響いた。
帰る時間になった。
ホームまで、おこめさんが見送ってくれた。
こないだのデートとは逆だ。
新潟では、おこめさんがグランクラスで帰っていった。
今日は僕が自由席で帰る番だ。
「ソーダさん、気をつけて帰ってくださいね」
「うん。今日もありがとう」
おこめさんが少し目を細めた。
「今度は私が行きますね」
「うん。楽しみに待ってる」
新幹線に乗った。
窓の外を見ると、おこめさんがホームの端で手を振っていた。
新幹線が動き出す。
おこめさんの姿がゆっくり遠ざかっていく。
手を振るおこめさんを見ながら、これが僕だ、と思った。
グランクラスじゃなくて自由席。
郊外のビジネスホテル。
少し良いフィギュアになると予算を超える。
でも、おこめさんは、それを知った上で今日もホームで見送ってくれた。
名残惜しそうに、最後まで手を振っていた。
格差があっても、違うところがあっても、デートは楽しい。
そのことが、やっと腑に落ちた気がした。
車窓の外を東京の街が流れていく。
空の上では雲がものすごいスピードで流れていた。
次は、おこめさんが新潟に来る番だ。
2週間後が、今から待ち遠しかった。
次は、おこめさんと一緒に朝ごはんを食べられるかな。
◆◆◆
◎おこめの視点
東京駅でソーダさんを見送った後、無人タクシーに乗り込んだ。
別れたばかりなのに、もう淋しい。
次のデートは、新潟の予定だ。
ホテルはもう、記念日だと伝えて予約してある。
キャンセルせずに済んで良かった。
湾岸沿いを走る車から途中で明るく光るレインボーブリッジが見えた。
仲直りできて良かった。
今日のソーダさんは、私が払っても嫌な顔をしなかった。それどころか、「ごちそうさま」「ありがとう」と曇りのない笑顔で言ってくれた。
やっぱり、ソーダさんは素敵だ。
もちろん白紙手形ではないだろう。
だけど、歩み寄ってくれたことが嬉しかった。
ペンギンの前での「浮気しないから!」という宣言を思い出して、また少し笑った。
ソーダさんは、誠実で、不器用で、素直な人だ。
スマホを見た。台風が迫っている。
今夜の便はギリギリ飛べそうだ。明日は難しいかもしれない。今年は台風が多いらしい。
自宅マンションの前でタクシーを降りた。
部屋の前に近づくと、自分の接近を感知した家事ロボットのゴンダムさんが中から扉を開けてくれる。
そのまま入る。
だいぶ準備は整った。
金曜日の深夜便で帰ってきて以降、朝2回と夜1回を使って、だいぶ生活感を出せたと思う。
生活感はまだまだ薄いけど、少なくとも家電はひと通り使ったし、可愛いぬいぐるみも並べた。
日用品も大丈夫。
これで、いつでも呼べる。
ソーダさんに、ここで朝ごはんを食べてもらいたい。トーストか、和食か、どっちが好きだろう。今度さりげなく聞いておこう。
次のデートは2週間も先だ。
どんなデートにするかは決まってない。
けど、何であれ、ソーダさんともっと先に進みたかった。




