2-10 今度は僕が東京に行く。でも、彼女の家はおあずけ
◇ソーダの視点
やっとお盆が終わった。
毎日の宴会とお盆の行事で疲れ切った僕は、案の定、倒れた。
朝から38度の熱が出て、起き上がるのがつらい。
ここまでが毎年の恒例行事だ。
「あんた、今年もかー。わかった、わかった」
母さんの声は、呆れ半分、心配半分。
経口補水液と『冷やす君』を枕元に置いてくれた。ありがたかった。
ベッドに寝ながら青い空を眺める。
おこめさんから、メッセージが来た。
おこめ: ソーダさん、体調大丈夫ですか?
僕は嬉しくなった。
お盆の後に、たいてい体調を崩しちゃうことを、ちゃんと覚えていてくれた。
ソーダ: 覚えてくれてありがとう!やっぱり熱が出ちゃった……。でも、大丈夫!1日寝たら治るから。明日の定例までに治す!
おこめ: わかりました。ゆっくり、休んでくださいね。楽しみにしてます!
次の日の夜9時。
リーン、リーン、コロコロ、と鈴虫やコオロギの鳴き声が聞こえる。
お盆が終わり、早くも秋の足音がしてきた。
僕はおこめさんにかけた。
いつものように、コール音が鳴る前におこめさんが出てくれた。
「こんばんは。ソーダさん。体調はいかがですか?」
「まあまあかな。明日は仕事に行けそう」
モニターの中のおこめさんは、今夜もオシャレだ。
柔らかめの白いブラウスに、金色の三角形が枠だけ連なった大きめのイヤリング。深く折られた襟の下、白い鎖骨がチラッと見えてドキッとする。
「無理しないでくださいね」
おこめさんが優しく笑う。
「ありがと」
おこめさんの気遣いが素直に嬉しかった。
「「次」」
おこめさんと僕の声が被った。
ふたりとも吹き出す。
「次、どこで会うか、だよね」
はい、とおこめさんが頷いた。
日程は来週末と決まってる。
「また新潟に行こうと思いますが、どうですか?」
「それなんだけど……、今度は僕が東京に行きたい」
毎回、おこめさんに来てもらうのは申し訳ない。
交互にしよう、と説得した。
おこめさんも納得してくれた。
「わかりました! 東京でお待ちしてますね」
おこめさんがニッコリ微笑んだ。
そこから、おこめさんの声が少し固くなった。
「ただ、来てくれるのは……、嬉しいんですけど……」
「けど?」
おこめさんがツバを飲んだ。
緊張してる?
「あの、今回の宿泊先なんですけど。今回はっ……私の家は待ってほしいんです!」
そっか……。
肩を落とす。
期待してないわけじゃなかった。
「大丈夫だよ。うん……」
気持ちが少し正直に出ちゃったかもしれない。
「ごめんなさい! ソーダさんが嫌いなわけじゃなくて、好きなんですけどっ」
おこめさんがワタワタしてる。
普段は落ち着いている人なのに。
ギャップもあって、余計に可愛い。
「ちょっと、まだ準備ができてなくて」
おこめさんが申し訳なさそうにしている。
告白した日を含めなければ、まだ2回目のデートだ。遠距離とはいえ、おこめさんは急ぎたくないんだろう。
「良いよ。おこめさんのペースで。僕はおこめさんを大切にしたい」
僕は努めて優しい声を出した。
だけど、正直、出費がきつい。
体調を考えると夜行バスやカプセルホテルは使えない。
ホテル代の負担で今月の赤字は確定した。
「ごめんなさい……。それで、なんですけど」
「うん?」
「今回は、デートの費用は全部、私に出させてください。食事代とか、施設のチケット代とか。こないだの魔法使いみたいに折半じゃなくて」
「え、それは申し訳ないよ。東京は高いし」
デート代は、前回東京に行ったときも議論になったなと思いながら話し合う。
結論としては、おこめさんに押し切られた。
僕は、東京に行く交通費と宿泊代だけ負担する。
金銭的には助かる。でも押し切られたとき、ホッとした自分がいなかったか。
おこめさんの優しさが、むしろ心の澱となって、沈んでいく。
さっきまで聞こえていた虫の音がやみ、窓の外は明るい月が静かに光っているだけだった。
◆◆◆
◎おこめの視点
ソーダさんとの通話を終えて、画面が暗くなった。
思わずため息が出た。
絶対、誤解されてる。
本当は、自宅に呼びたかった。
ソーダさんと先に進みたかったから。
でも今の「自宅」は、モデルルームのように使用感のない部屋がポツンとあるだけだ。
準備を進めようにも、スマートグラスの発売準備で仕事が佳境を迎えていて、東京に前乗りもできない。
立ち上がり、窓辺から外を見た。
眼下の港では、華やかに花火が上がっている。
また、ため息が出た。
ソーダさんに負担をかけるのが申し訳なくて、お金の話をした。できるなら宿泊費も交通費も全部出してあげたいくらいだ。
だけどやっぱり、ソーダさんには男性が多めに出すもの、というこだわりがある。
こだわらないで欲しいのに。
単に、一緒に美味しいものを食べて、楽しい時間を過ごしたいだけなのに。
ソーダさんのプライドを傷つけてしまったかもしれない。
でも、どうしたら良いんだろう。
今夜の月は、ひときわ大きい。
ソーダさんにギュッと抱きしめてほしかった。




