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2-9 彼女の両親は娘に彼氏ができたことを知らない

◯ 彩夏の母親、春芽の視点


お盆の午後。

都心近くのタワーマンションに彩夏の実家がある。


「彩夏は今年も帰ってこないのかい」

彩夏の父親、高伸は窓の外を見ながらポツリと言った。


春芽は、夫の質問に静かに答えた。

「仕事が忙しいって」


「……そうか」

夫は残念そうだった。


この12年で実家に戻ったのは3回だけ。

家の外で会うこともない。



「彩夏も33歳か。結婚とか、大丈夫なのかな」


夫の呟きに、思わずため息が出た。

「こないだ電話したとき、彼氏の影も見えなかったわ」


「忙しそうだもんね」

「ええ。デートする時間とかも無いんじゃないかしら」


彩夏がシンガポールで会社を作り、どんどん成長しているのは知っている。


仕事が忙しいのは分かるけど、もう少しプライベートの時間も作って欲しい。

今は、それが母親としての願いだ。



「せめて帰ってきてくれれば良いのに。やっぱり起業に反対したのがいけなかったのかなあ……」

夫がぼやいた。


「そうね……」


彩夏は、大学生のとき、起業すると言いだした。

日本で一番難しい医学部という席を放り出してまでやることに夫は大反対したし、春芽も賛成じゃなかった。

こんなに成功するなんて思っても見なかった。


でもそれだけで、愛情を持って育ててくれた親を避けるんだろうか。

素直で頑張り屋の、良い娘だったのに。



春芽は窓の外を見た。

そろそろ洗濯物を取り込まないと。


彩夏の部屋に入る。

私の誇り。自慢の娘。


滅多に帰ってこないけど、彩夏の部屋は、ちゃんと残して、綺麗に整えている。

大きな本棚には、たくさんのトロフィーと参考書。あと、幼稚な少女漫画が1冊。ベッドの下に隠されていたものだ。


ベランダに出た。もうすぐ夕方になる。

遠くからヒグラシの音がかすかに聞こえた。



ため息が出た。


今も、彩夏は仕事をしているはずだ。

帰ってこないのは淋しいけれど、愛する娘を心から応援している。


   ◆◆◆


◎おこめの視点


南国にお盆は関係ない。

朝から目がまわるような忙しさだった。


夜の11時、やっと作業が一段落した。

オフィスの窓の外をフルーツバットが飛び上がっていく。


ソーダさんはお盆で体調を崩しちゃうと言ってたけど、大丈夫かな……。

本当はおしゃべりしたいけど、もう夜遅いし日曜の定例まで我慢しよう。


かけていたスマートグラスを外して立ち上がる。

ずっと座っていたから体が強張っている。

肩の力を抜いて背筋を伸ばす。



チーフデザイナーのリンが、デスクにやってきた。

リンは若いけど発想が斬新で、センスも良い。


長く伸ばした盛り髪をピカピカ虹色に光らせている。特殊脱色した髪の中に発光ダイオードを仕込んでいるらしい。


そして、アヤカと同じメガネをかけている。

アヤカ達が開発中の製品だ。


「ボス、最近ご機嫌だね!」

「そんなに出てる?」

正直、驚きだった。


「うん。良い感じに。ピリピリしてるよりずっと良いよ。彼氏でもできた?」


素直に頷くのも恥ずかしくて、別の話題にする。


「そういえば、このあいだはきつく言い過ぎてごめんなさい」


リンがまたニヤッと笑った。

「そういうのも、変わった」


思わず、首をかしげた。

心当たりがない。


「謝るようになった。昔は言わなかったじゃないですか」


少し考えた。そうだったかな。

自分では気づかなかった。


「良いことだと思う。皆、生き生きしてる」

「そう。ならよかった」


相談を終えたリンが戻っていく。

その背中を見送りながら、ふと思った。

謝るようになった、か。


何がきっかけか考えると、ソーダさんのことが思い浮かんだ。

弱いのに、安心感をくれる人のことを。


自然と頬が緩んでしまう。

次のデートも楽しみだ。


ただ、東京の部屋の準備が間に合わないことが気がかりだった。


前回が新潟だったから、ソーダさんは東京に来たいと思うはず。


でも私の『自宅』にソーダさんを呼べないし、呼べない本当の理由も説明できない。

がっかりさせちゃいそうだ。


本当は、私もソーダさんと一緒に朝ごはんを食べたいのに。


かといって、また新潟デートにしようと無理に説得するのも嫌だ。


恋愛の正解が分からなくて困る。

次の定例で、どう伝えればいいんだろう。


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