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2-5 女神は、僕と先に進みたかった

◇ソーダの視点


祭りのメインイベントに合わせて、大通りに戻った。もう人の波で溢れている。

恋人つなぎで歩いていたけど、すごい人混みに少しずつ押される。


自然に、おこめさんとの距離がだんだん近づく。そのうち腕を組んでるみたいになった。


目の前を揃いの華やかな衣装を着た踊り手の列が歩いていく。老若男女、様々だ。


唄も流れる。

♪ さあさ踊ろや 日が暮れぬうちに……


揃いの手の動き。

足元の草履が石畳を滑るように進んでいく。


「こんな祭り、初めて見ました」

おこめさんが立ち止まり、踊り手の列を目で追った。


「何千人も踊るらしくて」

「皆さん、華やかですね」



民謡の節が、波のように通りを流れていく。

踊り手の列がゆっくりと進む。


僕たちも、おこめさんのホテルに向かって少しずつ歩く。



薄い浴衣の生地越しに、おこめさんの温もりを感じる。爽やかでさりげなく甘い、おこめさんの良い匂いが漂う。


提灯の橙色が揺れるたびに、おこめさんの顔がオレンジ色に染まった。

この素敵な女性は、僕の彼女だ。



僕は、高校のときから、恋人と一緒に祭りの大通りを歩くのが夢だった。


夢がかなった。いや、夢かもしれない。

僕は頬をつねった。痛かった。


「ソーダさん!?」

おこめさんがビックリして僕を見た。


「いや、これが夢じゃないかなって。こんなに素敵な人が、僕と手をつないで祭りを歩いてくれてるから」


「もう、ソーダさん。夢じゃないですよ」

おこめさんが笑った。


そして、急に顔を近づけてきた。

頬に柔らかい感触。キスしてくれた。頬が熱い。


「ね、夢じゃないでしょ」


おこめさんは自分でしておきながら、恥ずかしそうだ。


僕は、これが夢だと確信した。

夢なら覚めないでほしい。



大通りを抜けて人が減ってきた。

だけど、おこめさんと僕の距離は近いままだ。


カランコロン、とおこめさんの下駄が楽器のように鳴る。僕のゴム底の下駄とは違う。


もうすぐ、おこめさんのホテルに着いてしまう。


下駄の音が止まった。

おこめさんが、僕を見つめている。


「ソーダさん」

「うん?」


「ありがとう……」

「え、何が?」


「こんなに素敵な一日をプレゼントしてくれて」

おこめさんが最高の笑顔を見せてくれた。


「こちらこそ、楽しかった。ありがとう」

「ソーダさん、好きです」

「僕も、好きだよ」


おこめさんが、僕の手をぎゅっと強く握った。

どちらからともなく、顔が近くなる。


優しく唇にキスをした。これで2回目だ。

やわらかかった。


顔を離したとき、おこめさんの目が少し潤んで、提灯の光でキラキラ輝いていた。

泣いているわけじゃない。でも、そういう顔だった。


提灯の光の下、また、ゆっくり歩きだした。

ホテルのエントランスについた。


おこめさんが立ち止まる。


「……ホテルに、着いちゃいましたね」

「そうだね……」


少し間があった。



おこめさんの少し潤んだ目が、僕に何かを訴えかける。

ショートボブの下から浴衣の襟元へと続く真っ白なうなじが艶めかしい。


明日も会えるのに、別れるのが嫌だった。

たぶん、おこめさんも同じ気持ちだ。


おこめさんは、何かを言いかけて止めた。

僕も、舌が絡まって何も言えない。


もっと一緒にいたいとか、離れたくないとか、本当は言いたかった。


だけど、彼女になってから初めてのデートだ。

大切に進みたい。



口から出たのは、別の言葉だった。


「明日、10時に迎えに来るよ」

「はい! 明日も楽しみです」


おこめさんは残念そうでもあり、安堵したようでもあった。


「おやすみなさい」

「おやすみ」


自動ドアが閉まると、下駄の音が消えた。

おこめさんがロビーの奥に消えていく。


僕は駅に向かって歩き出した。

明日のデートは、今日よりもイチャイチャしたい。


カバンからペットボトルのお茶を取り出して飲んだ。カバンの奥では、薬局で買った袋が潰れていた。



   ◆◆◆


◎おこめの視点


チェックインして自室に入った。

外の祭りの音はスイートルームの分厚い窓ガラスに隔てられ、かすかに聞こえるだけだ。


窓の外に新潟の夜景が広がる。

ソーダさんと歩いた大通りの提灯が、オレンジに輝く道のように見えた。

西の海の向こうで三日月より少し太い月が沈みかけている。



本当に素敵な一日だった。


デフォルメされた白鳥のぬいぐるみ。

恋人つなぎで歩いた大通り。

肩が触れるたびに感じた体温。

ソーダさんとのキス。


どんな瞬間も、ソーダさんの愛情を感じた。

こんなデートは初めてだ。


ちゃんと愛してくれる彼氏ができたんだ、という実感が湧く。

もっと一緒にいたかった。



バスルームで浴衣を脱いだ。

サテンのスリップが滑らかなピンク色にきらめいている。さらに脱ぐ。

可愛らしいレースの入ったパールピンクのブラレットと、同色のショーツ。


脱いだ下着を眺める。


百貨店では和装下着も勧められたけど、あえてこだわった。

ソーダさんに見せる機会が、万一あるかもしれないと思って。


付き合ってから初めてのデートだし、この結果に驚きはない。

だけど、ソーダさんの誠実さに安堵する気持ちと、残念な気持ちの両方がある。



浴室でシャワーを浴びながら、ソーダさんのことを考える。


ソーダさんは、経験がない人だ。

ゲームの中でも半ば公言していたし、リアルで会っても、そんな雰囲気だ。


かといって、自分がどう進めれば良いのか分からない。


自分に経験がないわけではないけど、少ない。


起業したばかりで世間知らずだった自分を手懐けて、なし崩しにした『アレ』が憎かった。

『アレ』は、細川彩夏のことを手のひらで転がせる小娘だとしか思っていなかった。


そして、まさにその通りだった昔の自分も許せない。ソーダさんのことを考えると、いっそう憎しみが増す。

ゆきさんに助けてもらってなかったら、どうなってたことか。



体を拭く。

トランクに化けていた多腕ケアロボットのタコちゃんが動き出した。たくさんの手で化粧水とボディクリームを素早くなじませてくれる。


大好きなソーダさんに、今できる最高の自分をプレゼントしたい。

ソーダさんが私を気に入ってくれると良いけど。

思わず、ため息が出た。



服を着てベッドルームに戻った。


まだ11時だ。そろそろ仕事に戻らないといけない。

ストレッチと軽いボディメイクをしながら、徐々に頭を切り替える。


パソコンを開く前、ソーダさんが買ってくれた白鳥のぬいぐるみと目が合った。


1分だけ、と自分に言い訳する。

白鳥のぬいぐるみを大切に手に取って、ギュッと抱きしめた。


ソーダさんが「夢じゃないかな」と頬をつねったときの顔。

照れている顔。緊張してる顔。

優しく気遣ってくれた顔。人混みを抜けて路地にスッとリードする顔。


全部、好きだった。

ソーダさんの彼女になってから、もっと好きになった気がする。


私は、ソーダさんと先に進みたい。

明日のデートでも、もっとソーダさんと。


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