1-12 女神が、僕の手を握ってくれた
◇ソーダの視点
梅雨が明けてすぐ、夏本番になった。
僕は、東京に来た。
新幹線の扉が開くと、ムッとした熱気が容赦なく襲ってくる。明らかに地元よりも暑い。
階段を降りて地下に入る。
冷房のおかげか熱気はなくなったけど、とにかく人が多くて、汗の臭いがこもっている。
おこめさんは、改札の前で待っていた。
つばの広い白い帽子を手に持っている。
今日は薄青のリブニットに、ハイウエストの白いフレアパンツ姿だ。
なぜか前回よりも、さらに綺麗に見える。
不思議に思って見ていると、自然と腰の細さに目がいく。
分かった。今まで厚着だったから良く分からなかったけど、スタイルも姿勢も良いんだ。夏らしく薄着だからこそ、女性らしくメリハリのついたボディラインがはっきり分かる。
おこめさんがこちらを見つけた。にこりと微笑んで手を振ってくれる。
その仕草が妙に可愛い。
細いゴールドのサンダルに包まれた白い素足が目に入り、ドキッとした。
直接会うのは3回目だけど、まだまだ慣れない。
「お待たせ!」
「全然! 来てくれてありがとうございます」
明日、おこめさんに告白する。
そう思うとワクワク半分、ドキドキ半分だった。
並んで歩き始めた。
おこめさんは慣れた様子で人を避け、迷路みたいな地下をすいすい歩く。都会の人だ。
僕は人の波をかき分けながら必死についていった。
東京駅地下にあるお店で早めのランチにする。
二人とも冷麺を食べた。美味しかった。
会計のとき、おこめさんがカードを出して、イタズラっぽく微笑んだ。
「今日は東京に来てもらっているので、私に払わせてください」
「うーん……」
デートなのに女性に払ってもらうのは抵抗感がある。
僕が高校生の時、お姉ちゃんから「女性はオシャレ代払ってるから!」と口酸っぱく言われたし、男の甲斐性も気になる。
「いや、僕が払うよ。僕が勝手に来てるだけだし」
「でも新潟では、2回ともソーダさんが全部払ってくれましたし。悪いですよ」
軽く押し問答したけど、おこめさんの意思は固かった。
結局、明日の魔法使いの城のチケットだけは折半にする。
それ以外のデート代は、今日は僕が、明日はおこめさんが払うことで落ち着いた。
「明日は私が払いますけど、新潟に行ったとき、またお願いしますね」
と笑顔で言われたら断れない。
お店を出た後、地下鉄で東京タワーに向かった。
最寄り駅から地上に出ると、強い日差しが降り注ぐ。
「うわ、あっつー」
思わず声が出た。
「本当に、暑いですね……」
そう言うおこめさんはというと、扇風機付きのハイテク日傘をさしていた。
なんとか辿り着いて東京タワーの館内に入る。
冷えた空気が気持ち良い。
「暑かったね」
「ええ。私が学生の頃より、確実に暑くなってます……」
二人とも、ドリンクを飲んでしっかり水分補給してから、展望台に登った。
ガラスの床を見つけた。はるか下に地面が見える。展望台とはまた違った面白さがある。
ジャンプしちゃ駄目とは書いてない。
よし。
ガラス床の上でジャンプすると、おこめさんから『信じられない……』という目で見られた。
「ソーダさん、怖くないんですか?」
「うん。僕は作ってくれた人を信じてる」
「ソーダさんらしいというか、すごいですね」
おこめさんは微笑んだ。
東京タワーを満喫した後はお台場だ。
タクシーとモノレールを乗り継いで向かう。
ショッピングモールの前に立つゴンダム像が見えた。
一昨年建て直されたばかりらしい。
近くに来るとでっかい。本当にでっかい。
ゴンダムファンとしては、テンションが上がる。
「でっけー! カッコイー!!」
おこめさんの前ということも少し忘れて、大きな声が出た。変身シーンも、最初から最後まで見た。炎天下でも動けなかった。
見かねたおこめさんがハイテク日傘を半分くらい僕に貸してくれる。
肩がほとんど触れるくらいの距離だ。
だいぶ暑さが和らいだ。
「ありがと」
「いえいえ。ソーダさん、楽しんでますね」
さっきから、おこめさんは騒ぐ僕を見ながら隣でニコニコ笑っていた。
「うん。ゴンダム、好きなの!」
「ソーダさん、本当に好きですよね。全シリーズ全話を2回も観た人、初めて聞きましたよ」
僕は深く頷いた。
「格好良いだけじゃなくて、深いのが良いんだ。人生の勉強になるなーって」
「火星の魔女も、そんな感じでしたね」
おこめさんが微笑んだ。
見終わった後、ショッピングモールのひんやりとした館内に入る。
冷たい空気が気持ち良い。
おこめさんが化粧室に行った。
僕は近くでスポーツドリンクを飲みながら、ぼんやりと待った。
人気スポットだけあって、館内は人が多い。
右から来る人、左から来る人。おしゃべりしながら歩く人。汗臭いし、騒々しい。
田舎暮らしに慣れた体には、東京の夏の人混みがこたえる。
強めの冷房で身体が冷えてくるにつれ、今度は気分が悪くなってきた。
立っているのが辛い。
ちょうど近くのベンチが空いたので座り込む。
しばらくして、おこめさんが戻ってきた。
「お待たせしまっ……! ソーダさん、顔色が……。大丈夫ですか?」
「ごめん、人混みに酔っちゃったみたい。熱中症じゃないと思うけど……」
スポーツドリンクは、こまめに飲んでた。
おこめさんは、しゃがむと僕の手をとって爪を押した。
柔らかくて滑らかな手。
今まで気づかなかったけど、パールピンクのマニキュアが可愛い。
「……うん、脱水じゃなさそう」
確認するように小さく呟いてから、心配そうな顔でのぞき込まれる。
顔が近い! 近い!
そんな場合じゃないのに、ドキドキする。
僕のおでこに手を当てられた。
「熱もなさそうですね。良かった」
おこめさんは、ホッとした顔になる。
心配かけちゃった……。
「人の少ないところで、休憩しましょう。歩けそうですか?」
「うん。なんとか、頑張ってみる」
おこめさんの顔が遠くなった。
僕は、まだドキドキしてる。
「レストランフロアなら空いていると思います。無理しないで、ゆっくり行きましょう」
支えてもらいながら、立ち上がる。
ふと、おこめさんから良い香りがするのに気づいた。
レモンのように爽やかで、ジャスミンのようにさりげなく甘い。おこめさんらしい匂いだ。
気分が少し良くなった。
エスカレーターで上の階に来た。
レストランフロアはランチの時間帯が終わり、殆ど人がいない。静かで落ち着いた雰囲気に一息ついた。
空いているレストランに入って座る。
冷たいオレンジジュースを一口飲むと、頭の重さが徐々に引いていった。
このあと、おこめさんの友達とも会う予定だ。
それまでには、ちゃんと元気になっておきたい。
「ごめんね。はしゃぎすぎた……」
「大丈夫ですよ」
おこめさんは、優しく笑ってくれた。
「今日は暑いですし、混んでいますから。慣れない場所で大変でしたよね。ゆっくりしましょう」
そう言うと、僕の手を優しく握った。
「元気パワー送りますね」
「ありがと。効いてる気がする」
「では、追加します」
握る手に、少し力がこもった。
「お、増えた」
おこめさんがくすっと笑った。
「満タンになるまで、もう少し休みましょう」
店内でゆっくりおしゃべりしていると、だんだん復活してくる。
握られた手は、店を出るまでそのままだった。
でも、次の予定が迫ってる。残念ながらゴンダムショップはお預けになった。
これから銀座のお店に移動しないといけない。
そこで、おこめさんのお友達と一緒に飲む予定だ。
告白の前日に。
これ、面接みたいなものだよね……。
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