5 おはよう
「実は十年ほど前に一度、獣人星とは別の異星人の襲来がありましたが、英雄様のお手を煩わせることなく、私たちだけで撃破することができました」
ヘルストのシンクロ率は99.99%だが、西暦27☓☓年の現在は、訓練を受けたパイロットたちのほとんどが80%後半から90%台の値が出せるようになり、中には110%台や130%越えの逸材や、「最強人型戦闘兵器シンクロ率地球最高記録149%」という驚異の値を持つ、とんでもない化け物までいるという話だ。
つまり今回のヘルストの目覚めは、「お役御免」を通知するためでもある。
急に「お前いらん」と言われたような気がして、ヘルストの全身を虚無感が襲う。人類が力をつけたのは良いことだが、ヘルストはこれまで、「使命」のためにすべてを投げうってきたのに――
「英雄様を解雇とかそういうことではないのです! 英雄様が以前の戦争で地球を守り切ってくださったからこそ、『今』があるわけで、私たちが誕生できたのは偉大なる先人である英雄様たちのおかげなのです!
私たちは英雄様を最大限敬い奉り、これからは英雄様の人生を自由に謳歌して生きていただきたく、最大限の感謝と共にと最高級の栄誉を惜しまないのであります!」
沈んだ様子のヘルストを見かねて、慌てた様子のフェンリルがまくし立てているが、口調はともかくその勢いがハーヴェイにそっくりで、懐かしさを覚えたヘルストの気分が少し持ち直す。
「何か望みはありますか?」
フェンリル――見た目は若者だが実年齢は二十代のヘルストのさらに倍あって、実は地球軍のトップでもあるという彼――の差配により、新しい衣服が運ばれたりメディカルチェックがその場で行われる中、やはりどうにも偉い人には見えないフェンリルが、獣耳をピクピクと動かしながら尋ねてくる。
「今は何も思い浮かばないが…… とにかく、この地球が俺の知る世界からどう発展したのか――俺にとっての未来を知りたい」
「承知いたしました。そうでございますね。まずは現状把握が必要かもしれません。望みはゆっくりと、落ち着かれてからで構いません。もう一人の『女神様』も起床段階に入られたので――」
「女神様?」
ヘルストはフェンリルの言葉の途中で、遮るような鋭い言葉を投げた。
「はい、女神様です。英雄様と同様に今隣室で解凍処置をしております。300年前の宇宙戦争で英雄様と同じ戦場で戦われた、美しき黒髪の戦女神の……」
そこまで聞いたヘルストは立ち上がり、「女神様」の名前も聞かずに部屋を飛び出した。
隣室では、ヘルストと同じコールドスリープ装置の中で液に浸されて眠る、あの時と変わらない姿のユノがいた。
ユノがきちんと女性としての尊厳が守られる形でウェアを着ていたので、ホッとする。ヘルストにパンツを贈ったわけだから、彼女自身も何もまとわずに眠りに就くわけがなかった。
「ユノ……」
泣きそうになった。いや泣いた。コールドスリープによってハーヴェイたちと同様に永遠の別れになるかと思っていたが、そうではなかった。
感極まって装置に近づくヘルストを、ユノを起こすために室内にいた者たちは邪魔をせずに見守ってくれた。
コールドスリープ装置はユノの脈拍や呼吸数を表示している。
ユノの心臓はきちんと鼓動を再開していた。コールドスリープは失敗の危険性もあったから、「目覚め」が成功したことにヘルストは心底安堵した。
ヘルストを追いかけるように、ユノもすべてを投げうって、危険を顧みずにコールドスリープ装置で時を越えることを選び、そして蘇ろうとしている。
ヘルストは打ち震える手で眠るユノの両頬に触れた。
――あたたかい。
触れた拍子にユノのまぶたが僅かに反応して、そしてゆっくりとその青色の瞳を現す。
ヘルストはあふれるような喜びと共に微笑んで、ありったけの愛をこめて告げた。
「おはよう、ユノ」




