4 再覚醒
「英雄様、ご気分はいかがですか?」
以前も言われたような文言と共に、意識が浮上する。
まぶたを開けた先に広がるのは、無機質な白い内装と、鈍色のコールドスリープ装置と、それに付属する機械群と――それから、金髪の青年だ。
青年の背後にある壁には、文字と数字が空中浮遊するように浮かび上がっていて、「7:34 a.m. Thursday, June ☓☓, 27☓☓」と表示されていた。
「……ハーヴェイ?」
こちらを見つめる青年の面差しはヘルストの親友によく似ていたので、思わず名を呼んでしまったが、彼ではない。
目前にいる青年の頭には、獣のような金色の毛並みの「耳」があった。顔の横にある人間の耳とは別に。
ヘルストが時折ピクリと動くその三角形の耳をじっと見つめていると、青年が口を開いた。
「いいえ、私の名前はフェンリル・クラムにございます。人型戦闘兵器の大いなる発展に寄与したハーヴェイ・クロムの子孫です。
あなた様と会話ができることを光栄に思います。初めまして、英雄様」
「……その、『英雄様』とは何だ?」
コールドスリープ明けのはっきりとしない意識の中、ヘルストは何とか状況に適応するべく、気になった単語について問いかけた。
「英雄ですよ、あなた様は。300年前の獣人星の侵攻から人類を守りきった、神様みたいな人ですから」
(……そうだった)
ヘルストがコールドスリープ装置に入る前――フェンリル曰く300年前――、協定を破棄して地球再侵略をもくろんだ異星人たちを、ヘルストは確かに駆逐した。
390年前のファーストコンタクトとは違い、ヘルストたちは繰り返された戦闘で何度も彼らに圧勝した。戦いの度に異星人の生き残りを捕虜として捕らえた地球軍は、もう侵略をしないようにと交渉に持ち込んでいた。
ハーヴェイの子孫フェンリルには明らかに異星人の特徴がある。ヘルストが再び眠りに就いた後に、混血が進んだのだろう。
「もう、あれから300年経ったのか……」
冷凍睡眠状態のヘルストにとって時間経過は一瞬である。しかし獣人星の者たちとの戦争終結後300年の間に、「ヘルストの存在は伝説として語り継がれていた」とフェンリルは語る。
フェンリルの話を聞きながら、ヘルストは冷凍睡眠明けの自らの肉体に目をやった。
前回起きた直後は素っ裸だったが、今回は違う。ヘルストは局部を隠すように、冷凍睡眠に対応した素材のアンダーウェアを一枚履いている。
それは300年前、コールドスリープに入る前にユノからプレゼントされたものだ。
『私は小さな頃から教授の裸に見慣れて育ちましたが、それなりに衝撃もありましたので、私の子孫が驚かないように履いてください』
ウェアを贈ったユノは、ヘルストがコールドスリープ装置に入る直前までそばにいた。
それから最後の別れの時に、ユノは少しためらいがちにこう告げてきた。
『子供の頃からずっと、私は教授が好きでした。教授は私の初恋だったんですよ』
ヘルストもユノへの恋心はあった。初対面でこそ機械的な印象が強かったが、彼女の心根はとても優しく、細やかな気配りのできるところにも好感が持てたし、そもそも彼女の容姿はヘルストの好みそのままだった。
『俺も君を愛してるよ』
ヘルストは、ユノとは仲間や戦友といった距離感を崩さないままで終わりにしようと思っていた。
しかし装置に入るその直前、再び世界と離れなければならない感傷も手伝って、ヘルストは思わず、ユノに対して胸の内をさらけ出すように、「Like」ではなくて「Love」と伝えた。
その時ヘルストは、一度目のコールドスリープ前とは違う行動をしたことを、すぐに後悔した。
どんな時でも泣かないはずだと思っていたユノを泣かせてしまった罪悪感と、二度目の失恋と、託された未来の人類を守る使命を胸に、ヘルストはいつ目覚めるかわからない眠りに就いた。
ユノと別れた時の感傷を思い出しながら、ヘルストはフェンリルにユノのことを尋ねようとして――やめた。
あれから300年経っている。
300年前でも人類の限界寿命は150歳からさらに数年は伸びていたが、その当時でもこれ以上伸ばすのは限界だと言われていた。
ヘルストが眠っていた間に獣人星の科学力も吸収・発展して、寿命はもう少し伸びているだろうが、流石に300歳に到達することは不可能だろう。
「また異星人が攻めてきたのか?」
ヘルストは代わりにそう尋ねた。地球に危機が訪れた時がヘルストの出番だからだ。
「いいえ、大丈夫です」




