2-2 エルフと召集状
少し真昼の日光が店内に差し込むことで象牙色の壁に反射して室内が一層明るくなった。
「人間界にいた頃は何も考えなくても、魔法で人助けしたら色々もらえて楽だったのに」
人間は魔法が使えなくなるし、面倒な時代になっちゃったよね、とチェリンはアルロフから貰った真っ赤に熟れた木イチゴをポンポンと口に放り込みどんどん咀嚼している。
「まぁ科学が発展して、魔法を捨てたからね」
人間は、とアルロフも棚の小瓶を並べ替える。
かつて妖精の森が作られる遥か昔。まだ文明が発達していなかった時代、人間界にも魔法を使う人々がいた。彼らは魔法使いと呼ばれ、天気を占ったり、星を詠んだりと人知を超えた力を操り人々の生活を支えていた。
アルロフもその時代は人間に紛れ込み、風の大魔法使いとして各都市を放浪する旅をしていた。その旅に使い魔として同行していたのがチュリンである。
「ねぇ、人間界に戻る気はないの?」
「まだ人間界には行けないかな」
チュリンの質問にアルロフは困ったように苦笑いをしながら頭を掻く。ここ数日は水浴びが出来ていなくて浄化魔法に頼りっきりだからなぁ、という思いを口には出さず、取り敢えずため息をついてみる。
「それってさぁ、あのコのせい?」
「まぁ、そうなんだけど……」
ガチャ――――。
アルロフが答えに言い淀んでいると、勢いよく店の引き戸がギーッという悲鳴を上げながら開かれた。
こんな昼下がりに妖精通りの少ないここらで、こんなことをする人物は大抵アルロフやチュリンと馴染みがある人物である。
「もう、今やっと一段落って時なのに」
誰だよ、とアルロフがドアに振り返ると。ドアの前には真珠のような光沢のある白髪を高く結い上げたアルロフよりも少し背が低いエルフの少女が立っていた。
「なんだノアじゃん。こんな時間にこんなところにいるなんで暇人だね」
何の用? 、と気の抜けた声でアルロフは店に入ってきた少女に声を掛ける。
「暇人ってアルに言われたくないよ」
今日は仕事、と言ってノアと呼ばれた少女は手に持っていた真っ白な封筒に赤い蠟で封蝋されている一通の手紙をアルロフに手渡した。
ノアことノアリーブ=エイシンは、専門店街の入り口で代筆屋と郵便屋を営むエルフである。彼女もまた妖精の森ができる前から生きるエルフであり、アルロフの百歳年下だ。
「珍しいな、俺に手紙なんて。しかも封蝋の印から見るに王家か」
「そうだよ。今日、他の刻印屋にも同じような封筒を配って回ったからたぶん仕事だよ」
まじまじと封筒を観察してるアルロフにノアは、仕事が出来てよかったねとニヤニヤと微笑む。
手紙を開けてみると、やはりと言うべきかアルロフへの仕事の依頼だった。
アルロフ=エイシン殿という文字の上に、召集状と大きく書かれている。
「珍しいね。スペイルちゃん直々の召集かしら」
「さぁ、どうだか。周りの煩い上級妖精達が騒ぎ立てて何かしてるのかもな」
そんな雑談をしている2人を見ながら、チェリンは絶え間なく木イチゴを頬張り続けている。しかし、その顔はどこか腑に落ちない様子だった。
「どうした、チェリン。まずいのが混じってた?」
高いやつを買ってきたはずなんだけど、と不機嫌気味な彼女にアルロフは恐る恐る問いかける。
「う〜ん。オベロンとティタニアの娘のスペイルが妖精王だなんて、まだ信じられないなぁって思っただけ」
不味くはないから大丈夫、と木イチゴの残りの量が少なくなったのかチェリンはちょびちょびと口に運んでいる。
アルロフ、ノア、そしてチェリンは妖精の森ができる前から先代の妖精王オベロンとティタニアとの間に友好関係を持っていた。そして、その娘スペイルとも少なからず面識がある。
「で、召集はいつなの?」
どうやら手紙を持ってきた手前、ノアは内容が気になるようだ。
「明日の正午だな。刻印の道具を持ってくるよう書いてあるから、仕事はやはり刻印関係らしい」
準備時間はまぁまぁ取れそうだな、とアルロフは手紙をカウンターの上に置きそっと息をつく。
「王城に行くのはあいつらが死んだ50年前以来だな」
「そうね。お花見繕っといてあげるから、明日持っていって」
「分かった」
そう応えると、ノアは仕事があるのだと言ってアルロフの小さな店を後にした。




