2-3 王城の大木
朝特有の澄んだ青葉と雨の匂いが混じった初夏の匂いが鼻腔をくすぐった。紺碧の空には既にある程度まで昇ってきている太陽が妖精の森を見下ろしている。
今、アルロフは王城の目の前に立っていた。
厳密に言うと王城とは名ばかりで、実際は妖精達が千人で手を繋いでも一周出来ないほど太い幹を持つ大木である。木の高さはてっぺんが雲に隠れてしまう程高く、目視では正確な高さが分からない。
アルロフは、右手に今朝ノアから渡された二輪の紅い薔薇を持ち、背中には仕事道具をめいいっぱい詰め込んでパンパンになっている革の鞄を背負っていた。
なぜ二輪の薔薇なのかというと、実はノアがアルロフの店に持ってきたのは彼が持ちきれないサイズの豪華な花束だった。
流石に場違い過ぎるそれを、持っていく持っていかないの論争の末に、結局花束の中でも、かつてオベロンとティタニアが好んでいた紅い薔薇をそれぞれに一輪ずつ墓前に供えるために選んだのだ。
「約……五十年ぶりか」
アルロフが王城を最期に訪れたのは先代の妖精王夫婦が崩御した時。それまでは毎年足を運んでいたのだか彼らが死んでからは自然と足が遠のいてしまった。
王城周辺をみて回っていると、王城の警備が以前よりも厳重になっていることが分かる。
「召集を受けた刻印屋の方でしょうか?」
感慨深く思いながら城の周りを見て歩いていると、門番らしき上級妖精の青年がアルロフに声を掛けてきた。
「そうです。召集状は必要ですか?」
「助かります、確認しますね」
どうやら必要らしい。昔は顔パスで通れたんだけどなぁ、と思いながらアルロフは召集状を確認している門番の青年の様子を眺める。昔は頻繁に訪れていたため、門番と顔見知りだったのだ。
「あの、なにか?」
流石に不審に思ったのだろう、青年は召集状から顔を上げてアルロフの様子を伺う。
「いえ、何でもありません」
気にしないで、とアルロフは営業スタイルをニコニコと顔に貼り付けて当たり障りなく応える。
その応えに青年はまだ不信感が拭えないのか少しアルロフから距離を取り、それではご案内します、とアルロフを連れ王城の中へと向かった。
城の内部は五十年前のままだった。大木をくり抜いて城にしているため、壁は木目が見えてあまり城らしさは感じられない。
だが、整えられた回廊や階段、そして並べられた調度品の美しさからは毎度ながら目の保養になりそうなほど美しい。
久しぶりの王城内に懐かしさを覚えながらアルロフが案内された先は大体大木の中間位置あたりにあると思われる大部屋だった。サイズ的には大広間程のサイズがありそうだ。
しかし大広間程のサイズはあるもののダンスパーティーや式典をするような雰囲気ではなく、主に官僚の妖精が作業をするような空間のようである。
床には深緑のカーペット、天井にはランタンがいくつも吊り下げられていた。部屋を見渡すと、何人か妖精が暇を持て余すかのように部屋の中や窓の外を見ている妖精がいた。
どうやら既に他の刻印屋も何人か集まってきているようだ。
「アルロフ殿、暫くここでお待ち下さい」
もう暫くしたら宰相の方から説明があると思うので、と言うとそそくさと案内してくれた青年は大部屋から出て行った。




