1-3 刻印とは
刻印とは、妖精の所有物であることを示すもの。その言葉から始まったアルロフの説明は想像以上に長かった。
刻印とは一人の妖精につき、たった一つのみ。刻印が刻まれていれば、どこへ行こうと所有主の妖精はすぐにどこにあるか分かる。そもそも刻印とは刻印屋が所有主の魔力を組み込むことで刻まれる為、そのようなことが可能なのである。また所有主の魔力を組み込んでいる為、所有主が死ぬと刻印としての効力を失ってしまう。
「刻印がどんなものかは分かったんですけど、刻印と仕事道具って何が関係あるんですか?」
確かに仕事道具は無くしたらまずいけど別の物に変えたりもできるのに、とアウネはどこか腑に落ちない様子で疑問を口にする。
「それはね、刻印を入れるとすっごく使いやすいのよ!」
「それ、やってて恥ずかしくないの?」
年甲斐もなくウィンクで星を飛ばすライネに向かってアウネは即座にツッコミを入れる。
「まぁ、大方間違ってはいませんよ」
仕事道具に刻印をした場合、所有主の力を最大限引き出すんです、とアルロフはフォローを入れて金属製の親指程の太さがあるペンを取り出した。
「それにしてもライネさん。よく娘さんの刻印をウチみたいな小さい店に頼もうと思いましたよね」
「それはアルロフさんの腕を見込んでですよ」
アルロフさんのお店ぐらいですよこんなに凝った刻印掘ってくれるのは、とアウネの刻印候補を更にまじまじと見つめる。
「刻印屋さんによって刻印って全然違うのよ。私もアルロフさんの作った刻印が良かったわぁ〜」
「母さんのはどんな刻印なんだっけ?」
「そういえば、ちゃんとアウネに見せたことなかったわね」
ライネは慣れた手つきで懐のポケットから彼女の仕事道具である皮グローブを取り出した。このグローブで魔力を注ぎながら植物の根元の土を押し固めるのだ。
「私のとは全然違うね」
ライネのグローブの両手の甲には円の中に花を模したような幾何学模様とアウネの名が刻まれているだけだった。
「こんな感じで刻印屋ごとにデザインする刻印が全然違うから、見る人が見ると誰がデザインして彫ったのか分かるんですよ」
生憎、私はそこまで詳しくありませんが、とアルロフは付け加えて着々と見知らぬ道具を並べていく。
「さて、改めて確認ですが」
アウネさん、とアルロフに真剣な声で呼ばれアウネは、はい、と反射的に背筋を伸ばす。それまでのポヤポヤした雰囲気がまるで嘘であったかのように、アルロフはその穏やかな目を更に細めた。
外の風が街を吹き抜ける音が聞こえる程その間はとても静かだった。
「本当に私が考えた刻印で大丈夫ですか?」
まだ別の店にも行けますよ、とアルロフはアウネの瞳を見つめた。
ここまで気が付かなかったが、彼の瞳は夜空を流れるような天の川を映したような瞳だった。
「大丈夫です。私はアルロフさんの刻印がいい!」
ライネのグローブの刻印を見て、この気持ちは一段と強まった。
「絶対にアルロフさんの刻印がいいです」
そう言い切って、アウネは少し息切れ気味に肩で呼吸する。
「では、アウネさん。これから使う刻印をこの3つの候補の中から選んでください」
アウネの気持ちを受け取ったアルロフは再び花の蕾が開いたようなホワホワとした雰囲気を纏う。
「じゃあ、真ん中の植物の芽と妖精が描かれた刻印にしてください」
一目見た時からこれが一番気に入っているんです、とアウネは箱の中央に置かれた羊皮紙を指す。
「なるほど、植物と戯れる妖精……。アウネさんにぴったりですね」
かしこまりました、と微笑んだアルロフはアウネが選んだ羊皮紙を取り出し、残った箱はカウンター下に片付けた。
「では始めましょうか」
刻印を、と言ったアルロフはどこか目をキラキラとさせて1つの透明に近い黄金色の液体が入った小瓶をアウネの前に置いた。




