道の先に【崩壊】
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その日の朝、スペイルが自室から妖精の森を見下ろすと城下町はいつも通り賑やかで、専門店街では沢山の妖精達が行き来している様子を見ることが出来た。
「ふぅ」
大丈夫、まだ今日じゃない。今日は大丈夫だ。
そう思ってスペイルが部屋の中に引き返した時だった。
ゴゴゴォォォ――――、という地響きとともに王城が激しく揺れる。
「何事だ!」
自室の外に控えているであろう宰相ルートルにスペイルが聞くと彼は、急な地震のようです、と即座に返事をした。
「陛下は安全な場所に移動していてください!」
そうルートルは続けて下の階へと向かったようだ。
慌てて窓際に戻り、外の妖精の森の様子を確認する。
「?!」
そこには、いつもの妖精の森は無かった。
空は壁紙のように剥がれ落ち、地面は大きく割れている。街のあちこちから妖精達の悲鳴が聞こえた。
「遂に、来てしまったか……」
そう言って膝を折るスペイルはテーブルの上に乗っていた一通の手紙に目を向けた。
✥✥✥
その日の空は、妖精の森にしては珍しくどんよりとした雲で覆われていた。しかし梅雨の時期であるため別に気にするほどのことでもなかった。
「お母さん。今日はどこに行くの?」
隣から声を掛けられアウネは、そうね〜、とその声の主である少女の頭を優しく撫でた。娘のリアネである。
「今日はリアネの仕事道具に刻印をしてもらいに行くのよ」
すごいんだから、とアウネは自身が背負っている大きなシャベルを背負い直して言った。
「ふぅ〜ん。よく分かんないけど……」
刻印って何なの? とかつてのアウネのように聞くリアネの言葉に思わずアウネは笑った。
あれから三十年経った。アルロフは元気だろうか。そう思いながら、アウネはリアネと仲良く手をつなぎながら専門店街を歩いていく。結局、初めてシャベルに刻印をしてもらって以来、シャベルが中々壊れなかったためアルロフの所には行けていなかったのだ。
「刻印はね、とにかくすっごく大事なのよ」
「そんな大事な事を任せる店が専門店街の奥にいるとは思えないんだけど」
本当に大丈夫なの? と聞くリアネにアウネは自分の語彙力が母親のライネと同程度である事を思い出し、苦笑した。
「大丈夫よ、腕の良いエルフの刻印屋さんだから」
安心しなさい、と言いアウネはリアネの手を引き歩くスピードを速めた。
「お母さん、そんなに急がなくてもいいんじゃない?」
だいぶ距離を歩いて疲れたのかリアネは、疲れたぁ、と文句を言い始めている。
「あと五分くらいだから頑張って」
そう言うアウネの顔にも疲れが浮かんでいた。
アウネの言葉の通り、専門店街を約五分ほど歩いていくと開いている店の数がどんどん減っていく。
「ねぇ、こんな所にいるの?」
「あるわよ!」
大丈夫だから、と言ってアウネはリアネをの事をなだめる。
しかし、アウネも街の様子を見て心配になってきた。前回来た時以上に店の数が減っていた。
「確かここらへんだったはず……」
歩きながら一軒一軒店を確認してアウネが歩いていくと一軒の見慣れた小さな店があった。
「あった!」
「あったぁ〜?」
店はあったものの店内が暗い。お休みなのだろうか。
そんな違和感を胸に抱きながら、アウネとリアネは店のドアへと足を運ぶ。やはり店内のランタンに光が灯っていないようだった。
そして小さな張り紙がドアノブの上に貼られていた。
『いつもご来店いただきまして、誠にありがとうございます。当店は店主の事情で閉店することになりました。長らくご愛顧いただきまして、誠にありがとうございました。』
紙の古さを見るに、だいぶ前に貼られていたものらしい。
近頃、エルフの人間界への移住が増えている話は聞いていたが、まさかアルロフも店を閉じていたとは。
「ごめんね〜、リアネ」
お店なくなってたみたい、とアウネが笑うとリアネは、やっぱりそうだと思った。とため息をつく。
「ここまでの時間と体力を返して……」
そう呟くリアネの体力はどうやら限界だったらしい。
「そろそろ歩ける?」
「うん」
少しの間店の前で休ませて貰っていたアウネとリアネは、再び専門店街の別の刻印屋へ向かうべく歩き始めた。
「刻印屋さんって沢山いるの?」
行く当てなんてあるの? と生意気に言うリアネに対してライネは、え〜っと、と自身の記憶を掘り返す。
「確か専門店街に二十人くらいだったかしら」
よくは知らないけど、と左上を見上げながら続けるアウネは、だから刻印屋がいないことはないから大丈夫、とリアネに言い聞かせる。
しばらく歩いていくと段々と妖精通りが増えてきた。
「もうそろそろおばあちゃんが最初にお世話になってた刻印屋さんに着くわよ」
店と店を行き来する妖精の数が増え、専門店街は城下町と同様に賑やかだった。中にはリアネと同じように英霊祭の準備で親と共に専門店街を歩く妖精の子どももよく見かける。
一方、空の天気は次第に悪くなっていった。雲は見る見る厚くなり、昼間にも関わらず日の光がかろうじで届くか届かないかと思われるほど辺りは暗くなっていた。
こんな天気をアウネは生まれてから今まで見たことがない。
異様な天気に気を取られながらアウネとリアネが歩き続けるとアルロフの店より大きい立派な店がメインストリートの左手に見えた。
「ここよ。ここのお店が――」
そう言いかけた時だった。
ゴゴゴォォォ――――――。
「え?!」
「なにこれ!?」
地響きが聞こえたかと思った時、急に地面が大きく揺れ、それに耐えきれず二人は道に倒れた。同様に道を行き来していた多くの妖精が倒れている。
「何が起こってるの!」
急いでリアネが起き上がるのを手伝ってアウネは一緒に立ち上がる。
「?!」
立ち上がって見た空はガラスが割れたかのようにパラパラと降ってきていた。妖精の森のどこからでも見ることが出来る王城の大木はヒビが入って傾き、今にも倒れそうである。
まさに崩壊だった。
専門店街に軒を連ねる店々は積み木の家のように崩れ、あちこちから火の手が上がっていた。
「お母さん、早く!」
「……っえぇ」
妖精の森の崩壊を呆然と見つめているアウネにリアネは、急いでと彼女の袖を強く引っ張る。
地鳴りはずっと続いていた。
リアネの声にアウネが一拍置いて答えた時だった。
ゴゴゴォォォ――――――。
再び、激しい揺れが専門店街を襲い地面がメキメキと割れる音がした。
「え?」
アウネとリアネが気づいた時には、そこに地面は無かった。
どうやらメインストリートの真ん中に大きな溝が出来ていた。
「ぎぁぁぁぁぁ――――!!」
「助けてくれぇ〜!!」
二人と同様に多くの妖精達がその溝に落ちたらしい。底無しと思われるその溝はアウネがこれまで見てきたどんな暗闇よりも暗かった。
「ッく……」
そんな中、アウネとリアネは地上から妖精二人分程の位置にある出っ張りにかろうじで足を乗せていた。
なんとか二人で立つことが出来るその出っ張りは、時間を追うごとに少しずつ亀裂が入っていってる。
「お母さん、どうしよう」
このままじゃ二人とも死んじゃうよ、とリアネは半泣きになってアウネの服の裾を破れてしまうほどに強く掴んだ。
「……」
娘の不安そうな顔をアウネはただじっと見ていることしか出来なかった。
始めは飛んで地上に上がれるだろう、と思っていたがいくら羽を動かしても体が浮く気配がない。
専門店街で飛ぶのが禁止、とライネが言っていたのは禁止ではなく飛ぶことが出来ないということだったらしい。
地上とここはあまり落差がはない。私の上にリアネが乗っかり、ジャンプすれば地上に行けるだろう。さらにリアネに誰か呼んできてもらえれば、私も引き上げてもらえる……。
これならどうにか二人とも助かるだろう。
「リアネ! お母さんの肩に登って地上へ!」
「え。でも、それだとお母さんが……」
「地上に上がったら、お母さんを引き上げて!」
そうすれば大丈夫だから、とアウネがリアネに言っているこの瞬間も出っ張りの部分の亀裂が大きくなっていく。
「……分かった」
そこからは早かった。仕事の見習いで身に付けた身軽な動きでリアネは直ぐに地上にたどり着いた。
「お母さん!」
そう言ってリアネがアウネに手を伸ばす。
ガタン――――。
その時だった。
「ッ嘘……」
リアネが呟いたと同時にアウネを支えていた出っ張りが音を立てて崩れていく。そしてアウネの身体も瓦礫とともに落下していく。
もう、リアネの手にアウネの手は届かなかった。
「待って、お母さん――――!!!!」
「逃げて!!」
リアネが身を乗り出すのを見て、アウネは落下しながら怒鳴る。
「――生きて!!」
母親が暗闇に飲まれ、姿が見えなくなってからそんな声がリアネには聞こえた。
「……お母さん。お母さん!!」
やだよ、やだよ! と叫ぶリアネの声がメインストリートに響く。他の取り残された妖精たちも落ちていった妖精達を嘆き泣いている。
「君、危ないから溝から離れて」
そう言ってリアネを安全な場所へと連れて行こうとする大人の妖精が彼女の手を引っ張っても、リアネはその場から動こうとしなかった。
生きて。
その言葉がリアネの耳にこびりついて取れなかった。
その日をもって、妖精の森から過去の楽園のような姿は消えた。
残るのはただの混沌。叫び。そして後悔。
そして、ほんの小さな未来への希望だった。
次回の更新は14日の21:00です。
お楽しみに。
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