6-3 想い
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「っ嘘だろ。そしたら……」
妖精の森から出て来たのは、インプの狙いにまんまとハマったってことか……。
自分がやってしまった事の重大さにアルロフは頭を抑えおぼつかない足でなんとか地面に立つ。
『そうだね、強いて言うのなら君の判断が妖精の森の崩壊を決定付けたと言っても過言じゃないね』
一方、インプはコロコロと笑いアルロフにとどめの一言を放った。
「ッ!」
分かっている事を改めてインプに言われ、アルロフは俯く。その口元では唇が噛まれている。
『可哀想に。妖精王の事を愛していたのに、逆に傷つけてる事に気付かなかったなんて』
あのコ、君が出て行った後に泣いてたよ。そう言うインプはこれまでになく歓喜の笑みを浮かべていた。
「っそれ以上言うな!」
言い返すアルロフの肩はわなわなと震え、瞳はギラギラと輝いていた。
アルロフの周りにも、インプとはまた違う黒い靄が広がった。
真っ白な入道雲が近づいてくる。嵐の音がした。
それに気付いたインプは、おっと、と言いアルロフに向き直る。
『もうじき、嵐が来るよ』
そう言ってインプは、エーリの体から抜け出た。その反動で気を失ったエーリの体が前に傾く。
「あっ!!」
それに反応してアルロフは
黒い羽と髪に血の赤の瞳を持った少年がそこには飛んでいた。それはまさしく、スペイルが言っていた黒い少年そのものだった。
『じゃあね、哀れなエルフ君』
そう言ってインプは黒い靄に紛れ空気へと溶けていった。
「……」
黒い靄が霞んでいく様子をアルロフはただ眺めることしかできない。
腕の中ではエーリがすやすやと眠っていた。
「こんな顔見せられたら……」
そう呟いてアルロフは口を閉じる。
決してエーリのせいではない。それは頭では分かっていた。でも、彼女に会いさえしなければ、とどうしても考えてしまう。
アルロフが幼い頃のエーリに会わなければ、王城で彼女のことに気づかなければ。そんな考えられるもしがアルロフの体に重くのしかかる。
「チェリン……」
いつもなら隣にいてアルロフに笑顔をくれた彼女の名前を呟く。でもその声は、入道雲の影が落ちた妖精の森へと消えていった。
「……うぅ、ん?」
少しの間、アルロフが気持ちを落ち着けようと掌を閉じたり開いたりしていると、地面で寝かされていたエーリが目を覚ました。
「目を覚ましたかい?」
歩ける? と彼女に声を掛けるアルロフの目尻は少し赤くなっていた。
「あ、はい」
もう大丈夫です、と言うエーリは自分が眠っていたことを不思議に思っている様子で立ち上がった。
「ちなみに、どこからか意識が無かった?」
「えっと森の開けた場所……? に出る直前ですかね」
歩いてたら急に眠くなっちゃって、と少し照れ気味に笑うエーリを見てアルロフの眉はピクリと動いた。
「アルロフさん、このあと貴方はどうするんですか?」
行く当てはあるんですか? とエーリは心配した様子で歩きながらアルロフに聞いた。
「いや、ないかな」
これから決める予定だよ、とエーリからそっと目を逸らしたアルロフの表情はどこか弱々しかった。一方、その言葉を聞いたエーリは、ぱぁぁっと表情を明るくする。
「じゃあ、私の住んでる町に来ませんか?」
あの変装魔法使えば大丈夫だと思うんです、と笑うエーリにアルロフは気付かれないように口元を一瞬歪めた。
そうだ、この娘は何も知らないんだ。妖精の森の崩壊もチェリンの死も。
「なんなら、家に住みませ……」
「結構だよ」
エーリの提案にアルロフは縁を断ち切るかのように答える。
「え……。あの……」
「ごめんね、自分の行き先は自分で決めるよ」
自分で納得出来る道を進みたいんだ、と呟くアルロフの瞳はとても冷ややかだった。
アルロフとエーリはいつの間にか分かれ道に来ていた。
「じゃあね、エーリ」
もう会うことはないと思うけど、そう言ってアルロフは左の民家が少ない道へと歩みを進めようとした時だった。
「待って!!」
そんなアルロフを引き留めたのは、エーリの悲痛な声だった。
「アルロフさん。昔、街で一人迷子になっていた小さな女の子を助けた記憶はありますか?」
そう言うエーリの空色の瞳には雨粒のように大量の涙が溜まっていた。
「あぁ、覚えてるよ」
それがどうしたんだい? と振り向かずに言うアルロフの声は冷え切っていた。その声を聞いたエーリはこれまで聞いた事がないアルロフの冷たい声に怯みながらも言葉を紡いだ。
「私は……、私、貴方の事が幼い頃に出会った時から好きでした!!」
服の胸元をギュッと握りしめてアルロフに大声で叫んだエーリの顔は真っ赤だった。しかし、それに対してアルロフは、そうか、とあっさりと答える。
「……?」
その答えにエーリは、ただアルロフの背中を見つめることしかできない。
「ごめんね、君に出会う遥か昔から僕には将来を約束した人がいるんだよ」
だから君を僕の特別にすることは出来ない、と静かに返すとアルロフは言い放ち、歩みを進める。
一方、分かれ道に残されたエーリはその場にしゃがみこんで、静かに泣くことしかできなかった。
「ゔ、うぅ……」
その場には彼女の嗚咽だけが響いていた。
「自分が納得出来る道を選ぶ、か……」
エーリと別れ、一人暗い林道を進むアルロフは力なく呟いた。
結局、全てを投げ打って助けたエーリの事を最終的には憎むことしかできなかった。
こんな自分が納得することが出来る道なんてあるのだろうか。
「……どうしたらいいんだよ」
そう言って空を見上げると、木々の間から昇り始めたばかりの仄かに黄色い月が顔を出していた。もう夜の時分である。
自分は取り返しのつかないことをしてしまったのだ。謝りたくても、謝りたい人物達はもう自分の手の届かない所にしかいない。
「ごめんな」
そっと呟いたその声は森の中に霧散していく。
そう思われていた。
「?!」
声が消え入るその瞬間、アルロフに向かって爽やかな初夏の夜の風が吹いた。
辺りは急に明るくなっている。月の光ではない。光源はアルロフの目の前に浮いている。
そこにあったのは、三つの白い光の靄だった。
「まさか……」
その靄はアルロフが王城の神殿で見た白い靄と同一のものだった。
しかもそれが三体。
「チェリンなのか……?」
そう言ってアルロフが手を伸ばすと、三体の靄のうちの一体がアルロフの周りをふよふよと回った。
そして、頰にキスをするかのようにそっと触れる。
「あ……あ゙ぁ」
その瞬間、アルロフは耐えきれなくなった涙を抑えるために右手を両目に被せる。
そんなアルロフの周りを残りの二体の靄もアルロフの頭を撫ででもするかのように彼の頭の上を回った。
「三人とも、俺の事を見ててくれたんだな」
そう言ってアルロフが涙を流しながら三体の靄を見ると彼らは嬉しそうに飛び回る。
「そうだよな、俺にしか出来ない事……あるよな」
あのコのために、と呟くアルロフの脳裏には、二千年前、自分をアルロフのお嫁さんにして、と笑った気高いオークの木のような茶の髪に月のような金の瞳を持った少女の姿があった。
「三人ともありがとう」
もう大丈夫、そう三体の靄に言ってやるとうち二体の靄は妖精の森の方向へと飛んでいった。
残った白い靄もアルロフの周りを再び一周回ったかと思ったら、彼のズボンの左のポッケへと消えていった。
アルロフはそのポッケとそっと手を当てると、白い靄が宿ったそこはまるで初夏の太陽のようにとても暖かかった。
「ふぅ」
再び月の明かりだけになった静かな林道にアルロフの息を吐く音が広がった。
「決まったよ。俺の道」
そう言って歩き出したアルロフの銀河の瞳は、蝋燭の火が灯ったかのようにキラキラと輝いていた。
【第6章 違えた道 • 終】
次回の投稿は13日の21:00です。
お楽しみに。
引き続き、作品評価&コメントお待ちしています。




