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6-2 悪魔

読みに来てくださりありがとうございます。

 店の裏路地に出たアルロフとエーリは、妖精が一人も居ない道を専門店街のメインストリートに向かって歩み出した。店の正規の入り口からならば直接メインストリートに出れるのだが、多くの妖精の往来があるため諦めた。

 いくら追われていないとはいえ、人間のエーリを連れているところを妖精達に見られたくないのだ。

 店を出て専門店街の入り口の方角に三軒ほど歩くと、メインストリートに繫がる路地に出る。それまでは誰かに出会うことはないだろう。

 そう高を括っていた。


 その瞬間、路地の間を吹き抜ける爽やかな風がピタリと止んだ。

「久しぶり、アルロフ」

 丁度三軒目の店を曲がろうとした所で後ろから女性に声を掛けられた。

「?!」

 森の木々の間を通り抜けるような優しく凛とした聞き覚えのある声にアルロフは驚き振り返る。

「エアリエルか」

 久しぶりだな、とアルロフが見据えた先には一人のアルロフと同じくらい高身長で腰まである千草色の髪を持つ女性が立っていた。

 異様に長く薄い色素の透明な長い羽、そして一輪の薔薇のような華奢な体つき。彼女は妖精王やチェリンと同じ最上級妖精であった。

 エアリエルは風と空気を司る妖精である。彼女もまた妖精の森が誕生する前から生きる妖精だ。

「ここ六百年くらい見ないと思ったが、一体どこにいたんだ?」

 人間界にでも居たのか? とアルロフが聞くとエアリエルは、そうなの、とニッコリと微笑んだ。

「人間界で良い男見つけちゃったのよ〜」

 プロスペロっていう超男前な良い人間だったわ、とエアリエルはアルロフに返す。

「でも、四百年くらい前にぽっくり死んじゃって……」

 だから二百年前くらいに戻ってきたの、と続けるエアリエルはどこが諦めたような表情をしていた。

「人間界に居てもつまらなくなっちゃったから」

「妖精や精霊が見える人間が減っているからな」

 どうしようもない事だ、とアルロフは続ける。

「……あの」

 二人の会話に追いつけず困惑しているエーリがアルロフの服の裾をくいっと掴んだ。

「あぁ、ごめん。エーリ、こちらはエアリエル」

 味方だから大丈夫だよ、とアルロフが伝えるとエーリは、よろしくお願いします、と小さな声でエアリエルに挨拶をした。

「よろしくね、君はチェリンが言っていた人間の少女かしら」

 そう口角を上げるエアリエルの瞳は細められているものの決して笑ってはいなかった。

「……チェリンが何か連絡してたのか?」

 チェリンの名を口にするのを多少躊躇いながらアルロフはエアリエルに聞く。

「えぇ、彼女が死ぬ直前に風魔法で連絡を飛ばしたきたよ。アルが人間の女の子連れて逃げてるから手助けしてあげて、って。その後、チェリンの魔力が途絶えたから……」

 死んじゃたんでしょ、と言うエアリエルは後ろに組んだ手を爪が食い込み跡ができるほど拳を握っていた。

「……そう、だったのか」

 最後までアイツには助けてもらってばかりだな、と苦笑するアルロフのエーリの手を掴む手に力が入る。

 その力加減にエーリは一瞬顔を歪めるものの、何も言わない。

「まぁ、そういう事でチェリンとの約束を果たしに来たってわけ」

 無事に二人とも人間界に送り届けるから付いてきて、とエアリエルは言い歩き出す。

「わ、分かった」

 ここまで言われたらアルロフ達はついて行くしかない。人間界と妖精の森を頻繁に行き来する彼女ほど、信頼が置ける妖精はきっといないだろう。

 そう思い、エーリの手を引いてアルロフはエアリエルに付いていった。


「私が案内出来るのはここまでよ」

 そう言ってエアリエルが足を止めたのは、王城と城下町の間にある中央の森の中の一本道に出た開けた場所だった。

 道には日光が差し込んでいて明るいものの、大半の光が木々の葉によって遮断されているため初夏であるにも関わらず、空気は少しひんやりとしていた。

「ここからは、この一本道を真っ直ぐ行けば人間界に出るわ」

ここが丁度妖精の森の綻びの部分になってるの、とエアリエルはアルロフ達を振り返って言った。

「ありがとう、エアリエル」

「あ、ありがとうございます」

 アルロフが申し訳ないと苦笑しながら感謝するのに対し、エーリは緊張で声を上ずらせながら感謝を述べた。

「いいんのよ、こっちは旧友に頼まれただけなんだから」

 気にしないで、と笑うエアリエルはどこか全てを見通したような表情をしていた。

「次に会うとしたら、人間界でだな」

「えぇ、そうね」

 無事会えることを祈って、とアルロフはエアリエルと固い握手を交わした。

 

「?!」

「っう……」

 エアリエルと別れ、一本道を歩き出したアルロフとエーリは急な目眩に襲われた。

「大丈夫かい?」

 アルロフがエーリの肩を支えて聞くと、エーリは、平気です、と静かに答えた。

「なら、ゆっくりでもいいから進もう」

 きつかったら言って、と続けるアルロフの足元も大分おぼつかないのだがどうにか耐える。

 きっとこの一本道が人間界と妖精の森との狭間である関係から磁場か魔力が変な流れになっているのだろう。

 咳をする頻度が高くなったエーリも危険である。一刻も早くこの一本道を抜けなければならない。

 そう思い、アルロフはエーリの肩を支え足を動かした。


 十五分程歩き続けて、木々が途絶え視界が開けた場所に出た。

「ここ……」

 アルロフから一歩遅れて森を出たエーリは目の前の光景に声を漏らした。


「……妖精の森(・・・・)だ」


「何?」

 エーリの呟きに耳を疑うアルロフは辺りを見回した。

 目の前には、対岸の木が親指の爪くらいにしか見えないだだっ広い湖。紺碧の空には天空の城を隠しているかのような巨大で真っ白な入道雲が一つ浮かんでいた。

「!?」

 そして後ろを振り向くと先程通ってきたと思われる道は無く、変わりに一本のオークの巨大な老木が堂々と立っていた。 

「エーリ、妖精の森っていうのは?」

 いくら見回してもエーリの言っている意味が分からない。こんな場所はアルロフが知る妖精の森には無いのだ。

「あ……、ごめんなさい。妖精の森って言って、この森に入った人はみんな妖精に攫われると言われているんです」

 それに妖精の木と呼ばれているオークの大森林があるので……、とエーリはモジモジしながら続ける。

「なるほど」

 だから妖精の森(・・・・)なのか。

 どうやら妖精の森と呼ばれる場所が人間界にも存在するらしい。

 いつも魔力で指定した場所に転移することで人間界と妖精の森を行き来していたアルロフにとって、徒歩で境界線を越えるのは初めてだったのだ。

「この森の出口は分かるかい?」

「まぁ、なんとなくは」

 昔、友達とこっそり探検したことがあるで、と続けるエーリの目はどこか異様に笑っていた。


 しばらく湖畔沿に歩いていくと、人間によって舗装されたと思われる道に出た。

 雨の匂いがする。いや、雨どころではない。嵐の匂いがした。

 アルロフがそんな違和感を覚え始めた頃、突然エーリは後ろを歩いていたアルロフに振り返った。

「アルロフさん、これからどうするんですか?」

 首をコテンと傾けて彼女はアルロフを見上げ。

 おかしい。彼女はこんな事をする娘ではなかった。妖精の森にいた時と別人のようである。


「……お前は()だ?」

 

 思わずそんな言葉がアルロフの口から漏れて出た。エーリは眉を潜めて困惑していた。

「あ。ごめん、今のは……」

 忘れて、そうアルロフが口にしようと思ったときだった。

『ッアハハハハ――――!!』

 エーリのものとは到底考えられないような、頭に響く金切り声が彼女の口から笑い声として発せられた。

「?!」

 慌ててアルロフは彼女から距離を取る。

 エーリの笑顔は酷く歪んでおり、綺麗な空色だった瞳は血で染めたように真っ赤だった。

『最後まで騙せると思ったんだけどなぁ〜』

 そう言うエーリはアルロフの事を見下したように、キャハハハ! と笑う。

「――どういう事だ」

 お前はエーリじゃないな、とアルロフが再度問うとエーリは体の周りに黒い靄を纏いながら、そうだよ、と笑った。

『多分、エルフの君なら()が何者か分かるんじゃないかな?』

 そこまでバカじゃないでしょ? と少年のような口調で聞くエーリの姿をしたそれは、まるでアルロフを試しているようだった。

「……悪魔(・・)だな」

 人間界にいた時、聞いたことがある、とアルロフは続けた。

 悪魔、それは神に仇なし人間界に混沌をもたらす存在。確か古くから忌み嫌われる種族である。

『せいかぁ〜い』

 博識だね、と悪魔はケラケラと笑った。

『強いて言うならば、僕はインプ。妖精に近い悪魔だよ』

 今はこの少女の体を借りているのさ、と言うインプの顔はニヤニヤとしている。

「スペイルが会ったという黒い少年(・・・・)はお前のことか?」

 もしそうだとしたら、これまでの事全てに理由が付く。

『いかにも、その通りさ』

 加えて言うと、この少女を妖精の森に連れて行かれるようにしたり、君の相棒の妖精を殺すよう仕向けたのも僕だね、とインプの赤い瞳はアルロフの銀河の瞳を真っ直ぐ見つめた。

「ッ!」

『とはいえ、僕は大したことはしていない』

 ただ聞かれた事に答えただけなのだから、とインプは続ける。

『“幼い頃に出会ったエルフの青年に会いたい”と言う少女には“妖精の森にあるオークの大木を思いっきり蹴れ”、“人間達を救いたい”と願った妖精王には“人間に刻印をすればいい”とそれぞれに教えただけさ。君の相棒の件に関しては、ただ警吏の怒りを膨らましてやっただけ』

 そう言うインプは、手を上に向けてやれやれと苦笑した。

『ねぇ、僕の何が悪いの?』

 ただ僕は聞かれた事に答えただけだよ、と言うインプは本当に意味が分からないとばかりに笑う。

「それは……!」

 インプの言葉に言い返せずアルロフは言葉を飲み込んだ。

 拳を強く握ることでここ数日中々手入れ出来ていなかった長い爪がてのひらに食い込む。

「お前の目的はなんなんだ……」

 インプに怒鳴り散らしたい気持ちを押しとどめ、アルロフはインプに言った。

『目的って……そんなの人間を苦しめる事に決まってるじゃん』

 人間の歪んだ顔ってとっても綺麗だからね、と満面の笑みでアルロフの問いにインプは明るい声で答えた。

「妖精は人間じゃないぞ」

『当たり前じゃん』

 何を言っているんだ、とインプはアルロフのツッコミに明らかに顔を歪めた。

『まだ分からないの?』

「?」

 バカだね、と笑うインプにアルロフは困惑する。

『妖精は人間界に四季をもたらす存在だ。もし、その存在が妖精が居なくなったら人間界はどうなると思う?』

「っ!」

 インプの言葉に全てを察した、アルロフは思わず目を剥いた。

 四季をもたらす妖精が居なくなったら、人間界から四季がなくなる。四季が無くなれば、これまでの得られていた食料などが得られなくなるだろう。それだけでない。気候が狂い、きっと人間界は人間が生活出来ない世界になるだろう。

 もしそんな世界になったら何が起こる?

 ……きっと絶えることがない争いが起こるだろう。

 それは即ち、悪魔インプが望む状況というわけだ。

『ふふ、やっと分かったみたいだね』

「っ――あぁ」

 アルロフは、ただインプの弾む声に頷くことしか出来ない。


『ねぇ、君。妖精王の事好きだったんでしょ?』


「!」

 予想外のインプの声にアルロフは思わず声が出た。

『あんなに厳重に妖精王の周りを取り囲むように厚い結界張られてたら妖精以外は彼女に近づく事が難しいからね。あれは君の結界でしょ?』

 結界の魔法式がエルフ特有のものだったよ、と言うインプは面白いものを見れて嬉しい、とでも言うようにアルロフに微笑む。

『今回、君を人間界に追放するように仕組んだのは妖精王と切離すためだったんだよ』

 君がいると妖精の森の崩壊が止められちゃいそうだったからね、とインプはため息を付く。

 その様子にアルロフは言葉を失った。

次回の更新は12日の21:00です。

お楽しみに。


引き続き、作品評価&コメントお待ちしています。

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