6-1 同胞への手記
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王城に入る時には昇り始めたばかりだった太陽が、今にも天頂に達しそうになっている時分。
アルロフは王城を後にした。
歩くたびに、少し皺の寄った緑のローブが瑞々《みずみず》しい風によって靡く。各郷の英霊祭を控えた城下町では沢山の露店が軒を連ね、妖精の子ども達は大人になる期待を胸に追いかけっこをしている。
雲一つない蒼穹の空は、まるで全ての妖精に笑いかけているようだった。
「っ……」
皮肉なものだ、そうアルロフは口にしかけた。
こんなに幸せに満ち溢れた空間が何年か、何十年か先に必ず崩壊してしまうという事実が信じられない。
そんな事を考えながらアルロフはレプラホーンの店へ急ぎ足で向かう。スペイルの話が真実ならば、人間は約一週間で体調を崩し始める。
エーリは現在何日目だ? 少なくとも三日は妖精の森に居る。
もし、それよりも長いとしたら……。
彼女が危険である。
「レプラホーン、居るか?」
エーリを引き取りに来た、とアルロフがレプラホーンの店のドアを開けても店内には誰も居らず、シン――と静まり返っていた。
この時間は営業時間のはずだ。
「……」
嫌な予感がした。
急いで物がごった返したカウンター奥へとは足を踏み入れる。
少し埃っぽい空気であるものの、足を止めずにアルロフが地下への階段を下っていると咳き込む少女の声が聞こえた。
「エーリ!!」
息を切らしながら勢いよく地下室のドアを開くと中にはベッドに腰を掛けているエーリと彼女に飲み物を渡しているレプラホーンがいた。
「やっと来たか」
遅かったな、とアルロフの方を見てレプラホーンは笑う。
その言葉にアルロフは、笑っている場合じゃない、と切羽詰まった口調で言った。
「妖精の森を出るぞ」
今日中に、と言うアルロフに二人は状況が理解しきれていない様子できょとんとしている。
「エーリ、その咳きはいつから?」
急に名前を呼ばれて、エーリはビクッと体を跳ねさせたもののしっかりとアルロフの問いに答える。
「……今朝からです」
「じゃあ、大体五日くらいか」
「どういう事だ、アルロフ」
大体の日数を推測するアルロフに対し、レプラホーンは本当に意味が分からないと言わんばかりの表情をする。
「どうやら、人間は妖精の森では異物と判断されて一週間ほど経つと体が腐敗していくらしい」
「「?!」」
アルロフの言葉に、一気に部屋の温度が下がっていく。
「だから、今すぐここを出る必要がある」
分かったか? と言うアルロフの声掛けにエーリは、大きく頷く。
その様子に取り敢えず一息付いたアルロフは、それと、とレプラホーンに向き直る。
「俺、妖精の森追放されたから。多分、お前と会うのもこれで最後だ」
今までありがとな、と冗談のようにアルロフは笑った。
「は? どういう事だ!」
「すまん、レプラホーン。人間界に向かう前に寄らなきゃならない所があるんだ」
レプラホーンの言葉を無視し、アルロフはエーリに自分のローブを着させ、店の入り口へと向かう。
「おい!」
流石に教えろ、とレプラホーンがアルロフの肩を掴んだ。
「詳しい事はノアに聞いてくれ!」
その手を外しながらアルロフはレプラホーンに叫ぶ。
「彼女に今から会いに行くんだ」
そう言って、アルロフにエーリが手を引かれるという状態で二人はレプラホーンの店を後にした。
「あの、どこへ向かっているんですか?」
レプラホーンの店を出て数分。歩き続けるアルロフに不安になったエーリは声を掛けた。
「私の店に向かっているんだ」
そこにノアというエルフを呼んでいるからね、とアルロフはエーリの手を握り直しながら言う。
太陽が高く上がり、ローブを着るのにはあまり適していないくらいに外は暑い。
エーリも少し暑そうであるが、専門店街に沢山の妖精が行き来している。いくら警吏に追われていないとはいえ、彼女の服は目立ってしまう。
「暑いと思うけど、もう少し頑張って」
そう言うアルロフの首筋に、一筋の汗が流れた。
「ただいま、チェ……っ」
店の裏戸から入り、いつもの癖でチェリンの名を呼びそうになったアルロフは慌てて口を閉じる。
「?」
一方、アルロフの様子を不思議に思いながらもエーリは黙ってローブを脱いだ。
「おかえりなさい、アルロフ」
「?! びっくりした〜」
入り口で二人が立ち止まっていると、店内から店の奥へと続く通路を通って白い髪のエルフ歩いてきた。
「ノアかよ。本当に心臓に悪い……」
「それ、人のことをチェリンに呼び出させておいて、失礼じゃない?」
チェリン、という名前にアルロフの動きが一瞬止まる。しかし直ぐにアルロフはエーリが持っていたローブを受け取り、入り口近くにあるコートフックに引っ掛ける。
今朝の朝食を終えた後、アルロフはチェリンに荷物の整理と共にノアへの風魔法での連絡を頼んでいたのだ。
「ねぇ、そう言えばチェリンは?」
出かけてるの? と続けるノアにアルロフは口角を下げ口をギュッと結んだ。
「え、何。その反応……」
その様子にノアはただならぬ空気を感じ取った。
「……チェリンは、死んだよ」
その小さな一言が店の奥の一室に響いた。
「は? どういう……」
「ッだから、死んだんだよ!」
アルロフの言っている意味が分からず、だって昨日あんなに元気だったのに、と続けるノアにアルロフは怒鳴った。
幸い、エーリは店の別室に待たせているので今この場に居るのはアルロフとノアの二人きりである。
アルロフの怒鳴り声がこだます部屋に一瞬ビリビリと火花が散った。
「アルロフ、ここは屋内よ」
感情を抑えて、と言うノアにアルロフは口をつぐんだ。
「その、チェリンが死んだって……」
「本当だよ」
アルロフのその言葉は、重くノアに振り注ぐ。
「……そう」
やっと友人の死を理解したノアは、ガタッと床に膝を付いた。
「彼女、最期に何て言ってた?」
「楽しかった、愛してくれてありがとう、って」
「そう、なのね」
それなら良かった、と呟き立ち上がるノアの目尻には涙が溜まっている。
「原因はあの人間の女の子かしら」
「まぁ、そんなところだな」
その言葉に、なるほど、深くため息を付くノアは詳しい事を聞こうとはしなかった。
「で、なぜ私を呼んだの?」
何か用があって読んだのでしょ? と聞くノアにアルロフは、勿論、と答えて棚から何も書かれていない本を取り出した。
そしてその本の表紙に右手を当て、目を閉じる。
「……ふぅ」
約十秒くらいで目を開けたアルロフは息をついた。
「送念魔法?」
「そうだ」
大体この本の半分くらいだな、と言うアルロフにノアは少し引き気味に彼を見た。
「え、その文量を十秒で……」
信じられない、と言わんばかりの顔でノアは彼の手にある本を見る。
送念魔法とは、頭で考えた事、考えていた事を念にして本や紙に魔力で転写する魔法の事である。ノアはこの送念魔法を使って代筆屋と郵便屋を運営しており、基本的には紙一面に文字を転写するのに3秒程度時間を使う。
一方アルロフは半分でも百ページもあると思われる革張りの本に、たったの十秒でしたのだ。
「流石ね」
たったの百歳違いとは思えないわ、と言うノアにアルロフは、用があるのはこの本だ、と彼女に本を突き出した。
「俺、スペイルに妖精の森追放されちゃったから」
「うそ、あのコに?」
暫くはお前とも会えなくなる、と言うアルロフは言葉を失っているノアの手に本を握らせた。
「出ていく前に、この手記を君に託すよ」
そう言って、アルロフはそっと目を伏せる。
「ここに全て書いてある」
昨日、今日で何が起きたのか、今の妖精の森で何が起きているのか、その全てが書いてある、とアルロフは静かに言った。
「え、どういう……」
ノアはアルロフの言っている意味が理解しきれず、本を持つ手に力が入る。
「この本は全て古代エルフ語で書いてある」
エルフしか読めないように、と付け加えるアルロフはどこか冷静だった。
「え、待って。それって――」
事態の深刻さを悟っとノアはアルロフの服の裾を掴む。
「あぁ、妖精には知られてはいけない事だ」
「ッ!」
ノアの反応にアルロフは苦笑し、部屋を出るためにドアノブに手を掛け、あ、と呟きノアに振り返った。
「伝えなきゃいけない事、言い忘れてた」
「何?」
振り返ったアルロフの表情は今までになく真剣で、彼の言葉にノアも身構える。
「早めに妖精の森からは出たほうが良い」
「どういう事?」
「それは読めば分かることだよ」
そう言ってアルロフは百歳年下の同族に微笑んだ。
「どうか、己がエルフである事を忘れるなよ」
そう言い残し部屋から出るアルロフを追いかけ、ノアも部屋を出た。
「ねぇ、それって――」
「ごめん、時間がないんだ」
そう言って、アルロフは悲しげな表情でポンポンとノアの頭を撫でアルロフはエーリが待っている部屋へと向かう。
「エーリ、待たせたね」
体調は大丈夫? と聞くアルロフは先程までの暗い表情から打って変わりいつもの営業スマイルである。
「もう出るよ」
と言うアルロフの声にエーリは、はい、と頷き裏戸へと向かう。
「ノア、きっと君と次に会うのは人間界かな」
それまで元気でね、と笑いアルロフはエーリを連れて店を出た。
「ッえ……」
嵐が去ったように静かな店内に、一人残されたノアは二人が出て行ったドアを見つめ立ち尽くしていた。
とにかくアルロフ達はどうやら人間界に向かうらしい。
深刻な事態なのは分かったが、結局何があったのかはノアにはさっぱり分からなかった。
「どういう事……」
そう言って、ノアがアルロフに渡された本の表紙をめくると一ページ目に古代エルフ語でこう書かれていた。
『妖精の森の秘密』
と。
次回の更新は11日の21:00です。
お楽しみに。
引き続き、作品評価&コメントお待ちしています。




