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5-3 正しい道

読みに来てくださりありがとうございます。

 容態が急変してから数日後。

 私たち妖精は、人間達が衰弱していく様子を見ていることしかできなかった。


「こんにちは。妖精の王様」

 そんなどうしようもない状況で私の目の前に現れたのは黒髪に深紅の瞳を持った少年の妖精だった。

「アナタは誰?」

 突然夜の自室に現れた少年に私は動揺した様子を悟らせないように、無理やり口角を上げ微笑んだ。

「僕は……そうだね。妖精の森の救世主(・・・・・・・・)ってところかな」

 そう言って少年は、甲高い声でニコニコと答えだった。

「……救世主?」

「そう。救世主」

 僕の言う通りにすれば人間の親子を助けることができるよ、と少年はケラケラと笑う。あまりにも異様な彼は少年であるはずなのに、長い年月を生きてきたような計算高い目をしているように感じた。

 正直、信用するのは危ないと思ったし、騙されるだろうとも思った。

 だが、それに頼らざる得ないほど当時は危機迫っていた。なんせ人間の彼らが死んでしまったらまた妖精の森と人間の融合が始まってしまうと思っていたから。妖精の森と人間界が融合してしまったら、今妖精の森に住んでいる同胞達はきっと住処を無くし野垂れ死ぬことになるだろう。


 嘘でもいい。試す価値があるならば、やってみるしかなかった。

「何をすればいい?」

 妖精として、妖精の王としてこの問いを口にした時、私は道を踏み外したような気がした。

 口から出る声は震えている。

 一方、少年はその言葉を待ってましたとばかりにニヤニヤと血のような深紅の瞳を細めた。

「あの家族に妖精王家の刻印をすればいい」

 耳に残る少年の高い声が部屋に響いた。まるで私を諭すように彼は朗々と喋った。

 曰く、人間は妖精の森から拒絶されているため身体が滅んでいっているのだという。

 だからこそ、その身体に妖精王家の刻印を付けることで、その身体を妖精の森の所有物にして妖精の森の拒絶から脱する事が出来れば彼らを助ける事ができると言うのだ。 

「少年、もう一つ聞きたいことがある」

 いいか? と私が問うと少年は愉快そうに、なんだい? と笑みを深めた。しかしその瞳の奥は氷のように冷え切っているように感じた。

「なぜ、妖精の森は……私の存在は消えかかっているんだ?」

 今まで胸につっかえていた疑問を私は彼に投げかけた。すると少年は、なんだそんなことか、と笑う。

「簡単だよ。妖精という存在が人間達から忘れられ始めてるのさ」

 だから君たちは刻印で人間を妖精の森に繋ぎ止める必要があるんだよ、と少年は言った。

「まぁ、実際に行動するかは王様次第だよ」

 そう言い残した少年は一瞬のうちに部屋の中に現れた黒い靄の中に消えていった。


 その後、躊躇いはあったものの黒い少年の言う通り、彼らの首元に妖精王家の刻印を施した。

 すると彼らの容態は回復する事はないものの、これ以上悪くなることはなくなった。


 あの黒い少年の言葉は本当だった。


 しかし、全てが解決したわけではない。人間達が命の危機にひんしていることには変わらなかった。

 そこからは妖精達の人間に関する知識を総動員し、彼らの延命治療にあたった。

 身体を刃物で開き駄目になってしまってある臓器を取り出したり、腐敗している身体の一部をきり落としたり、あらゆる手を尽くした。が、それぞれを確実に助けることが出来ないと分かった。

「使える身体の部分をそれぞれ繋ぎ合わせて、どうにか生きながらえさせられるかと」

 そう言った彼らの主治医の妖精は悲痛な面持ちで私に報告した。そして、いっそ殺して差し上げたほうが彼らのためだ、とも。

「何としてでも彼らを生かしてくれ。それが妖精の森を、更には同胞達を守るためならば仕方ない事だ」

 頼む、と私は主治医に頼み込んだ。それが彼ら人間を苦しめることだとしても、私は同胞を守らねばならない。


 私は妖精王(・・・)であるから。

 この言葉が、ここまで大きな足枷になるとは王の位を授かった時には考えすらしなかった。

 目の前には無理やり繋ぎ合わせられた人間の家族の体がベッドの上に置かれていた。

 目を閉じると元気だった頃に私に微笑みかけてくれた家族の顔が脳裏に浮かぶ。

「すまない。本当に、すまない……」

 もし、私が王でなければ。きっと直ぐに彼らを人間界に帰しただろう。

 その判断を下せなかった、弱い自分が憎らしい。

 涙が目尻に浮かぶ。だが流してはいけない。

 私に涙を流す権利はないのだ。この原因を作ってしまった私には。


 そして数十年。人間を無事に妖精の森に連れてきて、かつ生き延びさせる方法が一部の専門家の間で研究された。

 そしてつい一月ほど前、その確実な方法が確立した。


❉❉❉


「まぁ、事のあらましを伝えるとしたらこんな感じです」

 そう言ってスペイルは力なく笑う。

「お前、妖精の道を踏み外すどころの話じゃないぞ」

 そんな様子のスペイルにアルロフはすかさず苦言を投げつけた。

「分かってますよ」

 でも、そうでもしないと同胞達が助けられない、と彼女は泣きそうな顔をした。アルロフはこの表情をどこがで見たことがあった。妖精の森を創ると決心したオベロンとティタニアが同じような顔をしていた気がする。確か、彼らも同胞を助けると言っていた。

 子は親に似るというが……。

「もう、取り返しがつかないぞ」

「まだ分かりません」

 どうにかなるかもしれない、とか細い声で反論するスペイルの身体はとても小さく見えた。

 本当に何も知らないようだった。

「お前、両親から何も教えられていないのか……?」

「……? 何のことですか?」

「?!」

 まさかとは思っていたが、本当に何も彼女は教えられずに王になってしまったのか。

「はぁ……」

 アルロフの口からは深いため息しか出てこない。無知とは恐ろしいものだ。

「仕方ない。私が知っている全てを教えよう」

 人間が生まれる遥か古代から生きるエルフが教えよう、とアルロフは目の前のテーブルの上に肘を突き手を組んだ。


 妖精とは、人間の想像から生まれた存在なのだ。

 雨を降らせてほしい、実りのある季節にしてほしい、花を咲かせてほしい、そんな人間の些細な願いから生まれたのが妖精なのである。

 だからこそ、妖精が人間に干渉する事は許されなかった。それが自然の摂理に反してしまうことだから。

 摂理に反したものは自然と崩壊の一途を辿る定めにある。だからこそ、もう妖精の森は手遅れなのだ。アルロフやバンシーが視た未来はやはり妖精の森の光景だったらしい。


「嘘……、え、じゃあ私が同胞を守ろうとした事は――――」 

「あぁ、逆効果だったというわけだな」

 真実を知ったスペイルはショックのあまり手に持っていたティーカップを落としてしまった。

 ガシャン、という音が部屋に鳴り響く。その音はまるで妖精の森の崩壊を示しているようだった。

「だが、それをしたおかげで今も妖精の森が存続しているとも言えるだろうな」

 そんな中、アルロフはスペイルに真実を伝えることをめなかった。

「どういうことですか」

 先程までの説明をひっくり返すようなアルロフの言葉にスペイルは困惑する。

「大体は件の黒い少年の言っていた通りだ」

 そしてアルロフは、強いて解説するとしたら、と続ける。 

「オベロンとティタニアの死が最も大きな原因だな」

 そう言ってアルロフは自身の見解をスペイルに丁寧に話した。


 妖精の森が生まれる以前から、妖精王オベロンとその妻ティタニアは人間界でよく語り継がれていた存在だった。

 しかし、その彼らも年々工業化が進み妖精や精霊、神の存在意義が弱まっていく人間界では成すすべがなかった。

 ある時は人間の子供と醜い妖精を入れ替えてみたり、フェアリーリングを夜の人間の草原に作り出し一晩中踊り明かしてみたり。妖精の存在を伝えるような行動を起こしてもただの噂程度にしかならなかった。ただし、その噂で何とか妖精の森は支えられていたのだ。

 そして、そんななんとか(・・・・)をどうにか続け、更に自身の言い伝えを残していっていた二人が死に、妖精の森は崩壊の一途を辿る羽目になった。

 そこに現れたのが、くだんの人間の家族である。

 彼らが妖精の森を認知したことにより、妖精の森は安定したのだ。そして、人間を無理やり延命したのも妖精の森の存続という観点のみでいえば最善であったと言える。それがたとえ妖精の森の崩壊を決定づける事だったとしても。

「だから正解であって正解でないんだよ。俺は、これが正しい道だとは思わないけどね」

 と続けるアルロフは一息ついた。

「妖精は人間の変化に合わせて滅びるか、自身の在り方を見直すべきだったんだ」 

 と嘆くアルロフにスペイルは、違う! と反論した。

「私は貴方の考える正しい道(・・・・)は間違っていると思う。それでは同胞達を救えない!」

「いいや、間違っている。たかが人間に生み出された存在には人間を上回ることは出来ない。必ず、この世界はいつか崩れる。いつかは分からない。でも必ずだ」

 スペイルの反論にアルロフは口調を強くした。

「分かっている。だが、私にも妖精王であるからには同胞を守る義務がある。例えそれが、世界の……、自然の摂理に叶ったものでなくても」

 話は、堂々巡りである。

「それでもやはり間違っている! 妖精とは意味を見出して生きるべきだ! ッ……」 

 その言葉を口にした時、アルロフの脳裏にチェリンの花が咲いたような笑顔が浮かんだ。

「チェリンはちゃんと線引きをしていたよ」

 アルロフの目尻に薄っすらと涙が浮かんだ。2つの拳は爪が食い込む程強く握られていて血がにじんでいる。

「っ! でも私は同胞を守る。そのためには、どんな犠牲でも払うつもりだ!」

 貴方には絶対に分からないわ! とスペイルはドンッとテーブルを叩く。

「あぁ、俺は分かりたくないよ!」

 売り言葉に買い言葉。アルロフとスペイルは一つのテーブルを挟んで睨み合っていた。

「もう……、出ていって!」 

 もうこれしか手がないの、と呟くスペイルの口元は酷く歪んでいる。

「あぁ、こんな世界こっちから願い下げだ!」

 そう言ってアルロフは勢いよく立ち上がった。

 そして、部屋の扉に向かってスタスタと歩いていきドアハンドルに手を掛けた。

「アルロフ殿、二度と貴方がこの妖精の森に足を踏み入れることを禁止します」

 直ぐに人間の少女を連れて出ていきなさい、と言ったスペイルは下を向きわなわなと肩を震えさせている。

「……当たり前だ」

 一方アルロフは、先程までとは打って変わり今にも空気中に溶けてしまうような声で呟き部屋を後にした。


「陛下、入りますよ」

 少しの間の後に、廊下で待機していた宰相ルートルがスペイルの自室に足を踏み入れた。

 スペイルは部屋の隅で膝を抱えて泣いていた。

「ルートル?」

 その声は、泣きつかれてガラガラだった。

「えぇ、そうですよ」

 そう優しく応えてやると、スペイルは糸がプツンと切りたように泣き出した。

「ルートル、ごめんね。私が、何も知らないばかりに。辛いこと押しつけて……」

 そう言ってスペイルはボロボロと真珠のような大粒の涙を流した。

「そんな私の事はどうでもいいのです」

 ルートルは、それよりも良かったのですか? と続ける。

「アルロフ殿、本当に出て行っちゃいますよ?」

「いいの。私、嫌われちゃったみたいだから……」

 そう言うスペイルは、大人の顔ではなくまだまだ幼い少女の顔をしていた。


お兄ちゃん(・・・・・)……」


 今にも消えそうなスペイルの声は部屋の一角に消えていった。


【第5章 対話 • 終】

次回の更新は10日の21:00です。

お楽しみに。


引き続き、作品評価&コメントお待ちしています。

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