5-2 妖精王スペイル
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何もない空気を抱きながら、アルロフは地面に広がった白い灰を見つめていた。もうチェリンは居ない。死んでしまった。
この事実に脳の処理が追い付かない。
かつて彼女だった灰をひとつまみ掌に乗せてみる。
「あ……」
その灰は初夏の薫風に連れ去られ空に舞った。
「これで自由だよ」
広い世界を見ておいで、そう言ってアルロフは地面の残りの灰を出来るだけ両掌に乗せ空に向かって腕を持ち上げた。そして、その全てが空へと還っていく。
地面には掬いきれなかったほんの僅かの灰が残っている。
「チェリン、最後まで俺の我儘に付き合わせてごめん」
ごめんよ、とアルロフはその灰を見つめることしかできなかった。
「別れは済みましたか?」
その声がしたのは、光の影響で荒れた店内を直し、やっとレプラホーンの店へと向かおうとした時だった。
「ルートル殿ですか」
気力を失った瞳でアルロフが見据えた先には妖精の森の宰相ルートル=ウィンディーネが何食わぬ顔で立っていた。
「我々の監督不行き届きでアナタのご友人を殺すことになってしまい、本当に申し訳ない」
そう言ったルートルは深く頭を下げ、謝罪した。
どうやら彼曰く、元々はアルロフの追跡、そしてその報告のみが警吏の仕事だったらしい。捕獲する事は命じていなかったそうだ。しかし怒りが増幅した一部の警吏が独断でアルロフを抹殺しようとし、チェリンがその犠牲になったとのことだ。
「で、その無能宰相は此処へ何しに来たと?」
私はいつでもアナタを殺して逃げることができます、とアルロフは睨む。一方ルートルは、アナタを捕まえに来たわけではありません、と苦笑する。アナタに勝てる妖精なんて、この妖精の森をひっくり返しても見つからないだろう、と。そして彼は申し訳なさそうに一通の手紙をアルロフに渡した。
「妖精王陛下がアナタにお会いしたいそうです。全てを話したいと」
しかし強制はしません、とルートルは続ける。
「聞きに王城へ向かうも良し、聞かずに人間界へと向かうのも良し。誰も、妖精王でさえもアナタを縛る者は居ません」
いわばアナタの自由です、と言う彼は本当にどちらでも良いと言わんばかりに手を後ろで組んでいる。
「さて、どちらにしますか?」
王城へ戻るなら私が責任を持って案内します、とルートルはアルロフの銀河の瞳を見つめる。
「私が王城に行く場合、エーリは……私が連れ出した人間はどうなりますか」
「もうこちらには十分な人数の人間がいますので、アナタの好きなようになさって構いません」
ここにはいないのでしょう? と聞くルートルは、まるで全てを知っているようだった。
その様子を見たアルロフは地面を見つめルートルに向き直る。
ここで知ることから逃げたらオベロンやティタニアだけじゃない、チェリンの思いを踏みにじってしまう気がした。
「受けましょう。その妖精王の申し出を」
そう返したアルロフの麦色の髪は昇ってきた朝日によって透き通るような煌めきを放っていた。
その言葉の通り、ルートルはアルロフのことを無事に王城の上層階にある妖精王の自室前まで連れてきた。
途中、多くの妖精達に避難の視線を浴びせられながらもアルロフは狼狽えることはなかった。
「この扉の先に妖精王陛下がいらっしゃいます」
私は扉の前で待機しているので用があればお呼びください、とルートルは一歩下がる。心なしか、彼の濃紺の髪が傷んでいるように感じたがアルロフは何も言わなかった。
「分かりました。ここまでありがとう」
そう言ってアルロフは扉のドアハンドルを引いた。
「やぁ、スペイル。五十年ぶりだね」
そう言ってアルロフが部屋に入った時、妖精王スペイルは深く部屋の中央に置かれたテーブルの前に置かれた一脚の椅子に深く腰掛けていた。
艶のある木の根のような深い茶の髪に、金の瞳をもった彼女は五十年前から姿形は変わらないものの、あどけない少女の顔とは違い大人の妖精の顔に変化していた。
頭にティタニア妃の形見だと思われる小さな真珠のティアラを乗せた彼女は、金の飾りが所々に縫い取りされているシルクのドレスを身に纏っていた。
「お久しぶりです。アルロフさん」
来てくださりありがとうございます、と微笑む彼女の表情はやつれていて何処か仄暗かった。
どうやら椅子から立つのもままならないほど、体調が悪いらしい。
「チェリンさんのことは……」
「いいよ。もうあいつは返ってこないんだから」
謝罪しようとするスペイルをアルロフは止めた。彼女のせいでないことくらい、アルロフにも分かっていた。
「で、教えてくれるかな。今、この妖精の森で何が起こっているのかを」
そのために俺をここまで呼びつけたんだろう? と言うアルロフの瞳は笑っていない。
「えぇ、あの神殿奥の人間を見られてしまったのですから」
お教えしましょう、とスペイルは口を開く。
「全ての始まりは、父と母……。先代オベロン王とその妻ティタニアが人間界に視察に行っているときに不慮の事故で亡くなったことでした」
話が長くなるのでどうぞ椅子にお座りになって、というスペイルの勧めにアルロフは、それなら、とテーブルを挟んで彼女の目の前に位置する椅子に腰を掛けた。
「両親が人間界で亡くなったのはご存知ですよね」
「あぁ、もう二人とも見た目は若いが魔力は大分弱っていて、人間界の水害に巻き込まれてそのまま……」
逃げられずに死んでしまったんだよな、とアルロフは言った。
「そうです。妖精の森に異変が起き始めたのは、その後すぐでした」
❉❉❉
両親が事故で他界した数日後。
私は妖精の森と人間界の境界が薄くなっている事に、いち早く気付いた。
即ち、人間達が妖精の森に迷い込みやすくなってしまっているのだ。地方の郷の辺境だけでなく、中央の森と人間界の森が繋がってしまっている。
極めつけは当時の宰相の一言だった。
「陛下……、あの大丈夫ですか?」
その日、彼は本気で心配しながら自室から出た私に声を掛けた。
「どういうこと?」
「いえ、今は大丈夫なのですが先程一瞬、腕が透けているように見えたもので」
自分でも腕や指先を見て見るが透けている部位など無かった。
「見間違いじゃないの?」
「そうだと思います」
その時は、私も宰相もただの見間違いだと思っていた。しかし、それが見間違いでないと分かったのは、それから一週間経ったある晩だった。
「?!」
湯浴みを終えて自室に戻り書類に目を通していた時、書類も持っていない左手を見て私は声を失った。
手が透けて、テーブルの木目が見えるのだ。
そして、一瞬で元に戻る。
身体の部位が透ける頻度は段々と高くなっていった。そして、それに比例するかのように妖精の森と人間界の境が薄くなって行った。
そしてある日、三人の人間の親子が妖精の森に迷い込んだ。丁度、私が中央の森に視察に行っている時だった。
仕方なく保護した彼らはやはり繋がってしまった森から迷い込んでしまったらしい。もう夕方だったこともあり、その日は王城に泊めることになった。
その頃は常に身体が透けているような状態だったのだが、その日の夜の透けている体の部位はいつもより少なくなっていた。
「どういうこと?」
もしかしたら人間が妖精の森に来た事が良い影響をもたらしているのかもしれない。
そう思い、翌日、私は人間の家族を何らかの適当な理由を付けて妖精の森で手厚くもてなした。そして数日間滞在するように仕向けた。
するとどうであろうか。私の体は透けなくなった。そして人間界と妖精の森の境界は段々と修復されていった。
安直だが彼らが妖精の森に住み続ければ、私や妖精の森は消える可能性を消すことができると思った。
だから私は彼らに頼んだ。事情を説明して、妖精の森に住んでもらうよう頼み込んだ。
彼らも妖精の森の生活を気に入ったらしく、快く承諾してくれた。
それから数日間。妖精達と人間の家族は楽しく生活を送った。木の実を取りに行ったり、朝方まで踊り明かしたり、楽しく過ごしていた。
が、現実はそんなに甘くはなかった。
不穏な影が差したのは、彼らが妖精の森に迷い込んで一週間が経った頃だった。
人間の家族、全員の体調が急変したのだ。
「ッ痛いよ、痛いよ〜!」
最初に重症化したのは、大人二人ではなく子どもの方だった。
最初は嘔吐から始まり、吐血、治癒力の低下、体の腐敗へとどんどん症状は悪化していった。
同様に大人二人も同じ症状を辿った。
やがて三人とも体の所々が溶け落ち始め、寝たきりの生活を強いられた。
私を含め、沢山の妖精達が彼らを救うために奔走した。しかし、その頑張りもむくわれず三人の容態はどんどん悪くなるばかりだった。
妖精と人間とでは身体の作りが違うのだ。妖精の回復魔法も、人間に効く回復魔法も、人間の病気を取り除く妖精でさえ原因が分からずお手上げだった。
次回の更新は9日の21:00です。
お楽しみに。
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