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5-1 暴走と記憶

読みに来てくださりありがとうございます。

 血肉が焼ける匂いに相反あいはんして、朝の空には水のように透き通る天色あまいろの青が広がっていた。明け方に広がっていた雲は流れ消え去り、空高く晴れ渡っていた。

 一方、朝日の影になった店の裏戸の内側には一人の風の妖精の身体からだが転がっていた。


「チェ……リン?」

 目の前の光景を理解しきれないアルロフは、ただ呆然と立ち尽くしていた。

「ッチ。外したか」

「別の奴に当たったぞ。エルフじゃない、妖精だ」

 そんな中、店の外、まさに光が飛んできた方向から妖精の気配と声が聞こえた。

「まぁ、好き好んでエルフなんかと一緒に居るんだ。ろくな妖精じゃねぇだろうよ」

「だな」

 逆に良かったか、という彼らの声にアルロフの耳はピクリと動かす。その耳はドアノブに手を掛けた時とは違い尖っていた。


『――何?』

 

 アルロフが放ったその一言は、大量の魔力を含み重く黒かった(・・・・・・)


「ッあ゙ぁ?!」

「なん、ぅ゙ぉ゙……?」

 その瞬間、店の周りの地面は沼と化した。

 道に停められていた荷車、並べ重ねられていた酒樽、脱ぎ捨てられた革靴、それら全てが地面へと沈んでいく。

 勿論、隠れていた警吏の妖精も。

 警吏とおもわれる複数の妖精は沼に腰辺りまで沈んだ状態で無意味に足掻あがいていた。

「助けてくれ!」

「クソッ! エルフの魔力暴走か」

 そして、その全てが厚かましく醜い姿で助けを求めていた。

『お前らに助けを乞う資格はない』

 アルロフが一言一言呟くたびに周囲に黒い靄が立ち込める。そして同時に周囲の空気の重みが増す。

「あ゙ぁ〜!! 沈む――!!」

「ぎゃぁぁぁぁ!」

 姿こそ見えないものの、あちこちから妖精の断末魔が聞こえてきた。

 そして少しもしない内にそれらの声は次第に小さくなっていった。


『害虫駆除は終わったか……』

 そう口にするアルロフの瞳は普段ではあり得ない程に細く細められギラギラと冷ややかに輝いていた。

 そして見たくない現実をその瞳に映した。

『チェリン……』

 呟いたアルロフは膝から崩れ落ちた。

『嘘だろ? なぁ!!』

 過呼吸になりながらチェリンの風穴が空いた腹部を押さえて肩を大きく揺すった。

 もう風穴の周辺は熱で炭化している。

「ぅ゙、ア、ル……?」

 アルロフが身体を揺すっていると、苦しげに呟く鈴の声が聞こえた。

『チェリン!?』

 今すぐこんな穴塞いでやるからな、と悲鳴混じりに叫ぶアルロフの視線とチェリンの瞳が一直線に繋がった。

「ア……ル。怖いよ、魔力を暴走させちゃって」

 らしくないよ、と顔を歪めながら笑うチェリンは力を振り絞り右手でアルロフの頰を撫でた。

「?! チェリン、駄目だ。諦めるな!」

 アルロフが抑えていたチェリンの身体は腹部からサラサラと光の粒と灰へと変化していっていた。灰は地面に流れ落ち、光の粒は空気へと溶けていく。


 妖精の最期である。


「ねぇ、アル。私、楽しかったよ。アルと一緒に過ごせて」

 

 そう言ってチェリンはアルロフの肩に手を置き、無理やり起き上がる。と同時に崩れゆく身体で彼のことを出来る限りの力を込めてギュッと抱きしめた。

「?!」

 その瞬間、アルロフの脳内にチェリンの記憶が流れ込んできた。


❉❉❉


 私がこの世に生を受けたのは人間達が皆まだ魔法を使える時代だった。


 私が生まれたのは、小さなオークの木の葉っぱの上。丁度、初夏の薫風が葉の間を通り過ぎた瞬間。

 その時、私という存在が人間の世界に生まれた。

 ただ自分が何者か分からないまま、時間は過ぎていき人間を観察しているだけだった。

 そんな存在すら曖昧な自分を見つけてくれたエルフの青年がいた。アルロフ=エイシンである。

 彼は行く当てのない私を従魔にし、チェリンという名をくれた。そして、大事にしてくれた。

 私も彼の事を、あるじ、と呼び付き従っていた。

 彼は魔法がエルフの中でも抜きん出て得意で私を従えていたこともあり、人間達から風の大魔法使いと呼ばれていた。


 しかし、私が好きだったのはそんな膨大な魔力ではなく、彼が吹く横笛だった。

 その笛の音は私が生まれた初夏の夏の朝を思い出させるように爽やかで、でも心安らぐ温もりを持っていて。

 そんな彼の笛の音が私は堪らなく好きだった。


 そんな彼との生活の中でも特に忘れられないものがある。

 それは、まだ寒さが残る春の昼下がり。

 アルロフが休憩がてらに寄った川辺で、気の向くままに横笛を吹いていた。

 その時の笛の音が、まるでスノードロップのように雪の中でも気高く生きる凛とした音で辺りに響いていたことを今でも覚えている。

「あの、主……」

「何? チェリン」

 ちゃんと休憩は出来たかい? と演奏中に声を掛けられたにも関わらず柔らかな笑みで彼は笑った。

「その横笛、どなたに教えを乞うたのですか?」

 十分休憩は出来ました、と答えるチェリンにアルロフはどこが嬉しそうに、それなら良かった、と返す。

「この笛はね、俺が初めて旅で訪れた集落で貰って、吹き方も教えて貰ったんだ」

 俺の宝物なんだ、と言うアルロフの表情はどこが寂しげで今にも泣きそうだった。

「宝物なのに……。なんでそんなに辛そうな顔をするんですか?」

 そんな考え無しな質問をしまったことを、当時の私は知る由もなかった。


「そうだね、みんな俺よりも先に死んじゃうからかな」


「?!」

 あまりにも予想外の答えだった。

 よくよく考えれば当たり前だ。人間とエルフの生きる時間はあまりにも違いすぎる。

 きっと彼と親しかった者たちは、寿命を全うして死んだのだろう。しかし、それは彼の人生の一日にも満たなかったはずだ。

 身近な親しい人が死ぬ度に、アルロフは、主は、孤独を感じたのだろう。

「すいません。辛いことを思い出させてしまって」

 彼の答えから全てを察した私はすかさず謝った。

「大丈夫、もう割り切ってるよ」

 仕方のないことだから、と空笑からわらいする彼の顔はずっとずっと寂しそうだった。

「主……」

 呟くものの、私は川の流れを眺めるながら横笛を吹くアルロフのことをじっと見ていることしかできない。

「ねぇ、チェリン」

 そんな少し気まずい空気が流れる中、アルロフは寂しげなメロディーを奏でる横笛から急に口を離し、チェリンに振り返る。

「なんでしょうか」

 そして私も反射的に彼の言葉に応えた。

「君はずっと俺といてくれるかい?」

 そう言った彼はどこか縋るような、祈るような瞳でチェリンの事を見つめた。

「ッ当たり前です。私も一端の妖精なんですから、軟弱な人間なんかより、ずっと長く貴方の側に入れますよ」

 だから安心してください、と私が胸張って言うと彼は泣きそうな、でも幸せそうな顔で笑った。

 そして私は、あぁ、このエルフ()は私がいないと駄目だな、とも思った。

「じゃあさ、チェリン。その()って呼び方をやめようか」

「え、どういうことですか?」

「だって、主だなんてそんな堅苦しい呼び方ずっとされるのはごめんだからね」

 堅苦しすぎて肩こりしちゃうよ、とアルロフは笑う。

「は、はぁ……」

「アルロフだから……、アルって呼んでよ」

 敬語もやめようか、その方が互いにやりやすいだろう、と続けるアルロフに私は目を剥いた。

 まさかここまで従魔に気を許すなんて。人間だったたら絶対にあり得ない。

 アルロフのその能天気さは、エルフの長い寿命から来るのか、はたまたその膨大な魔力から来るのか。そんな恥じらいもなく言っているように見えるアルロフの長い耳の先が少し赤らんでいたのはここだけの内緒である。

 しかし、そんなアルロフの態度は私にとってとても心地が良かった。

 

 そして、私は彼の心の拠り所という存在意義を手に入れた。


❉❉❉


 チェリンの記憶が途切れ、意識が現在へと帰ってきた。

 抱えていたチェリンの身体は今にも崩れそうなほど灰と光の粒に侵食されている。

「チェリン、駄目だ。逝くな!」

 頼むからお前まで居なくならないでくれ、とアルロフはチェリンにされたように彼女を抱きしめ返す。

「アル……」

「もう喋るな!」

 体に障るから、と懇願するように怒鳴るアルロフの銀河の瞳からはボロボロと大粒の涙が溢れた。

「最期に……、言いたいことがあるの」

 ちゃんと聞いて、とチェリンはアルロフの耳元に今にも消え入りそうな声で囁いた。

「分かった」

 聞くよ、とアルロフはチェリンを抱きしめ腕に力を込める。

 チェリンの身体は既に下半身は灰と化していて、上半身も胸元辺りまではもう崩れ落ちていた。


「私に生きる意味をくれて……、私のことを愛してくれて……ありがとう(・・・・・)


 その瞬間、チェリンの水晶の瞳から透明な雫が流れ落ちると同時に彼女の身体は砂の城のように崩れた。ほんの一瞬の出来事だった。


「俺の方こそ……俺のことを愛してくれてありがとう(・・・・・)……」


 アルロフの瞳から落ちた涙は、チェリンの身体を構成していたであろう灰の上へと一粒、また一粒と静かに落ちて跡を残していった。

次回の更新は8日の21:00です。

お楽しみに。


引き続き、作品評価&コメントお待ちしています。

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