4-6 夜の店、朝の裏戸
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久しぶりに足を着いた地上は罠だと思わされる程、静寂に包まれていた。
道を薄っすらと照らすのは、空に浮かぶ青白く光った満月だった。所々雲で隠れてしまったそれは、光源としては中々に心許ない。
「取り敢えず、店に入るか……」
誰も居ない店の裏道にアルロフの呟きだけがゆっくりと響いた。
「ただいま、チェリン……」
そう言って裏戸から入った店はシン――と静まり返っていた。警吏が入ってくるのを防ぐためにアルロフはすかさず鍵をかける。
ガタッ、ゴトッ――――。
一拍の間を置いて店内の方から物が動き落ちる音がした。
「ムニャ……。おかえり、アル」
その鈴のような声がしたと同時に、白緑の髪がサラッと華奢な肩から流れ落ちた。
「もしかして寝てた?」
「まぁ、そんなところ」
でも熟睡ではないから気にしないで、そう言ってチェリンは寝起きの動かしづらい表情筋を無理やり動かして微笑んだ。
「もう朝方だけど、まだまだ暗いからもう一眠りしてきなさい」
「はぁ〜い」
素直に回れ右をして自身の寝床へと向かうチュリンは、あ、とアルロフに振り返る。
「アルもちゃんと寝て。目の下の隈、酷いよ」
まるで人間界にいた時みたいだ、とチュリンは心配そうにアルロフを見つめた。しかしアルロフの顔には隈など一切見られない。
「分かった、早々に寝るよ」
「そうしてね」
チェリンには隠しきれないか、と言ったアルロフが右手をパチンと鳴らすとおしろいを叩いたような色白の彼の目の下からくっきりと黒い隈が現れた。
「無理しすぎると、いつも隠すんだから」
そう言って、チェリンは今度こそ寝床へと戻っていった。
「寝るか……」
心配させてしまったしな、明日説明しよう、そう思いアルロフも自身の寝室へとあまり音を立てないように気をつけながら向かった。
アルロフの目が覚めたのは、まだ雲の間から見える空が白み始めたばかりの時分だった。
大体眠っていたのは1時間弱くらいだろうか。そう思いアルロフは窓際のベッドから上半身を起き上げた。
チェリンを起こして説明しなければ。
今、妖精の森で何が起きているのか。そして、これからの事を。
アルロフが着替えようと思い、床に足を着くとギーッという鈍い音が鳴った。
「ここに住んで、二千年くらいか……」
最初は、オベロンとティタニアに誘われて軽い気持ちで人間界から移住したのがきっかけだった。随分と長い間、居着いてしまったものだ。
そして、そんな長い時間をチェリンに付き合わせてしまった。すでに従魔契約は妖精の森に来た時に反故にしたはずだ。
それなのに未だにアルロフの側にいる辺り、彼女も物好きである。こんな魔力だけ強い怠けエルフのどこがいいのやら。
そんな事を考えながらアルロフは水魔法で出した水で顔を洗い、着替えを始める。
着替えるとはいっても、昨日来ていた服と種類は同じである。違いはというと、汚れがあるか無いかの差だろうか。
「アル、おはよう」
丁度アルロフが着替え終わった時、チェリンは明るい表情でアルロフの部屋に入ってきた。
「あぁ、おはよう」
支度終わったから朝食にしようか、とアルロフが言うと、チェリンの明るい表情は更にぱぁっと明るくなった。
「「ごちそうさまでした」」
二人で空の食器を目の前にし、手を合わせる。
「「……」」
一瞬の沈黙を直ぐに破ったのは、チェリンの方だった。
「アルロフ」
「何?」
説明しなければならないと頭では分かっていながら、どうしてもためらってしまう。
「私に話さなきゃいけない事、あるでしょ?」
分かってるよ、と言うチェリンの顔はどこか影の差した表情をしていた。
「分かった……」
そんな顔をされたらアルロフは話さざる得ない。
そしてアルロフは昨日自分が見たもの、妖精達が何をしているか、そして現在どんな状況なのかを手短にチェリンに話した。
「じゃぁ、今から人間の女の子を迎えに行って妖精の森から逃がしてあげるわけか」
なるほどね、と話を聞き終わったチュリンは頷いた。
「人間を攫ってきて刻印をするだなんて、スペイルが望んでやってることなのかな」
「さぁ、そこまでは俺も分からないよ」
大きなため息を付きながらアルロフは頭を抱える。アルロフとて、そんな事は考えたくないのだ。彼女の本意でないことを祈るばかりである。
「そっか、じゃあ妖精の森が崩壊するのなら、私達は妖精の森から人間界に戻るってことでしょ? あのコの事はどうするの?」
ずっと気に掛けてきたのに……、と言うチェリンは、本当にそれでいいのか、と言わんばかりの表情をした。
「あぁ、ここまで来たら俺にもどうしょうもないよ」
俺は彼女を迎えに行って来るから店で待ってて、とアルロフが言うとチェリンは何も言わずに頷いた。
「俺は彼女の事を迎えに行ってくるから」
大事な物は全てまとめて、いつでも出れるようにしておいて、とアルロフは裏戸のドアノブに手を掛ける。
彼の耳はとがっておらず、瞳は綺麗な緑。既に変装魔法は施してある。加えてローブのフードを被れば完璧だ。
「行ってきます」
そう言って、アルロフがドアを開いた時だった。
ッビュン――――。
「アル!! 危ない!!」
チェリンの声と同時にアルロフは強い力で後ろに引っ張られた。
一瞬だがアルロフの目の前をすれすれで店の中に向けて強い光が通っていった気がした。
「え?」
そして、肉の焼ける匂いがした。
「う……嘘だろ」
目の前には腹部に風穴が空いた、チェリンが倒れていた。
【第4章 追手 • 終】
次回の投稿は7日の21:00です。
お楽しみに。
引き続き、作品評価&コメントお待ちしています。




