1-1 妖精の森の親子
母に連れられてやって来たのは、妖精王が治める妖精の森の中心部に位置する城下町だった。
普段、城下町ではなく郊外の春の郷に暮らすアウネにとって、そこは新しい見たことない物を敷き詰めた夢のような場所だった。
どれだけ見渡しても畑は全く見当たらず、レンガ造りの専門店ばかりが立ち並んでいて、それぞれの店先にはステンドグラスが施されたランタンが掛けられている。綺麗に舗装された道には木綿や麻、動物の毛でできた服ではなく蜘蛛の糸できめ細やかに織られた服を身に着けた上級妖精達が行き来していた。
「母さん、私達下級妖精には場違いだよ」
どうしてこんな場所にきたの、とアウネは多少悲鳴混じりに母-ライネの腕にピッタリとくっつく。
「仕方ないでしょ。あなたの仕事道具に刻印しなきゃいけないんだから」
じゃないと英霊祭に参加できないわよ、とライネはアウネの頭をポンポンと叩いた。
仕事道具というのは妖精としての仕事を果たすために必要なものである。妖精の森には、春の郷、夏の郷、秋の郷、冬の郷がある。それぞれに役割があり、その役割とは人間界に四季をもたらす事。花を開花させたり、青葉を繁らせたり、葉を色付かせ落とさせたりもすることだ。
妖精はその仕事を果たすために必要な道具を手に入れる事で1人の妖精として認められる。英霊祭とは、立派な妖精になれたことを先祖の妖精に報告する祭りで、毎年夏の始めに妖精の森の各郷で行なわれるのだ。
春の郷に暮らすアウネの一族は代々、植物が芽吹くのを助ける土の妖精である。下級妖精である彼女らは力が弱く出来ることが制限されているが、中級、上級と位が高くなるごとにその影響力は大きくなる。各郷の長や城周辺に暮らす貴族妖精などが上級妖精にあたり、妖精の森の自治も行っている。
一方、ものづくりに関わる妖精たちは城下町の専門店街に身を置いている。
「ねぇ、どこまで歩くの?」
三十分は歩いてると思うんだけど、と言いながらもアウネは足を棒にした状態で歩き続ける。
城下町まで自分の羽で飛んで来たものの、専門店街入り口からは歩きのみしか移動手段が無いらしく、仕方なく歩かされている。歩いた時間からどれだけこの専門店街が広いのか、考えただけで恐ろしい。
絶対一人だったら迷子になる、とさえ思えてくる。
「もうそろそろよ、母さんもお世話になってる刻印屋さんだから。きっとあなたも気に入るわ」
一方、ライネは足取りが軽く通い慣れている様子だ。そう言えば、年に一度、仕事が一段落する頃に道具の点検に出かけていた気がする。正直アウネには刻印屋がどんなものなのかさっぱり見当が付かない。名前を刻むだけなら郷でも出来るし、刻印する為だけにわざわざ城下町に来る必要もないと思うのだ。
「ねぇ、本当にこの辺りなの?」
段々と歩いて行くうちに、明かりが灯っていない店が増えてきて思わずアウネは声をあげた。
「大丈夫、いつもこうだから」
そう言ってライネはスタスタとアウネの手を引いて歩いて行く。どうやら目的の刻印屋というとは専門店街の中でも奥の奥にあるらしい。
そこから更に十分程歩いた頃。周りの店よりも少し小ぶりな一軒の店が並んでいた。
ライネはやっと着いたとばかりに、ここよ、と疲れ切ったアウネに声を掛ける。
そして二人は、少しくせっ毛の甘栗色の髪を揺らしながら店のドアノブに手を掛けた。




