7話 異世界と繋がった日
『この大馬鹿野郎!!』
「っ!?」
突然の大音量に、耳がきんと鳴る。
これ……皆にも聞こえてるよね?
『今まで連絡も寄越さず、何してた!?』
「し、深兄、声大きい! ちょっと下げて!」
鼓膜が破れそう。
一瞬、音が遠のく。
『……無事なんだな。怪我はないのか』
声の調子が、わずかに変わった。
「うん。大丈夫。心配かけてごめん。
それより……電話が繋がったことのほうがびっくりなんだけど」
『……! お前、今どこにいる?』
……分かったみたいだ。
「えっと、紅の國。
ヴァルガス将軍と、ユーリスさん、それからサイガと一緒」
『なるほど。“界渡り”か。……戦の時代に近い世界か?』
「うん」
やっぱり、全部分かってる。
少しの沈黙のあと、兄は言った。
『ヴァルガス将軍に代わってくれ』
「えっ!? わ、分かった」
恐る恐る事情を伝えると、ヴァルガスは一瞬目を見開き――
すぐに、面白そうに笑った。
「ほう。異界の兄君か」
スマホを受け取る。
横でサイガが感心したように呟く。
「本当に会話できるんだね、それ」
さっきまでの緊張は、どこかへ消えていた。
「向こうでは、ほとんどの人が持ってます」
「……便利だな」
ユーリスが静かに言う。
その横顔に、また心臓が危うく跳ねそうになる。
サイガがくすりと笑った。
「にしても、ずいぶん大事にされてるみたいだね」
「え?」
「怒鳴るくらい心配してたってことでしょ?」
ユーリスも頷く。
「……あれは、本気で焦っていた」
思わず頬が熱くなる。
「兄ですから。心配くらい、してくれないと困ります」
そう言いながら、少しだけ胸の奥が温かくなった。
深兄――深夜お兄ちゃんは二十二歳。私より四つ上だ。
忙しい親に代わって、私を育ててくれたのはほとんど兄だった。
年齢差を思えば、普通は無理なはずなのに。
それでも成立していたのは――
兄が前世の記憶を持っていたからだ。
武藤家の中で、私がまっすぐ育つように。
兄がどれだけ気を配ってくれていたか、分かっている。
……分かっているけど、素直に言うのは恥ずかしい。
だからつい、ぶっきらぼうになる。
気づけば、ヴァルガスとの会話は終わっていた。
スマホが手元に戻ってくる。
「もしもし?」
『話はつけた。しばらく預かってもらえ』
「はあ!? なんで勝手に決めるの!?」
思わず声が裏返る。
『お前じゃ遠慮して言い出せないだろう。学校のことは気にするな。適当に処理する』
「適当にって何!?」
『“界渡り”は初例じゃない。帰還した事例もあるらしい。
少し、こちらでも調べてみる』
「だいたい、なんでスマホ使えるの? ここ異世界だよ?」
『細工してある。
義郎叔父に頼んでおいた』
……ああ。
それなら納得だ。
『体調には気をつけろよ。時々連絡する』
「ちょ、待っ――」
通話は切れた。
ほんと、言いたいことだけ言って。
「……兄が、失礼しました」
ヴァルガスは豪快に笑った。
「構わぬ。面白い男だ」
どうやら、本当に受け入れてくれたらしい。
「ユイカを、客人として迎えよう。部屋を用意させる」
「……ありがとうございます」
サイガが肩をすくめる。
「……まあ、これで一応は落ち着いたね」
ユーリスが、静かに頷く。
その横顔は、どこか穏やかだった。
「これから、よろしくお願いします」
こうして――
結花の紅の國での生活が始まった。




