4話 信じてくれた日
その視線を受け止めた瞬間、
結花の喉が、ひくりと鳴った。
――疑われている。
そう理解するより早く、ユーリスが即座に声を上げる。
「サイガ、ユイカに失礼だ」
「だってさ。
戦場に、普通の女の子が一人でいるなんておかしいでしょ?
誰かが近くにいるのを分かってて、わざと怯えたふりをしてた――
そう考える方が自然じゃない?」
サイガの焦げ茶の瞳が、鋭く結花を射抜く。
――殺気。
そんな言葉が、ふと頭をよぎる。
「やめろ、サイガ。
あれは演技じゃない。
それ以上やるなら、俺が止める」
ユーリスは一歩前に出て、結花を庇うように立った。
――あ。
胸が、どくんと跳ねる。
嬉しさと安心が一気に込み上げ、視界がじわりと滲む。
「……ユイカ?」
戸惑った声が、すぐ近くで聞こえる。
気づいたときには、涙がぽろぽろとこぼれていた。
「だ、大丈夫か?
いや、その……どこか痛むのか……?」
ユーリスはどうしていいのか分からない様子で、言葉を途切れさせた。
「ち、違うんです……」
結花は慌てて首を振り、涙を拭った。
「その人の言う通り、
私、自分でも……すごく怪しい立場だと思います。
でも、ユーリスさんは、
さっき会ったばかりの私を信じてくれました。
それが……すごく、嬉しくて……」
そう言って、深く頭を下げる。
「……ありがとうございます」
その瞬間、天幕の中に、豪快な笑い声が響いた。
「……素直な娘だな、ユイカは」
「将軍……?」
思わず、声が重なる。
全員が笑い声の主へと視線を向ける。
「ユーリス。
ユイカに馬を用意せよ。
半刻で、紅へ発つ」
「将軍!?
だから、この子は――」
言いかけたサイガの言葉を、ヴァルガスは静かに遮った。
「ユイカは、間者ではあるまい」
ヴァルガスの視線が、まっすぐ結花を捉える。
「この娘の瞳は、深く澄んでいる。
腹に一物ある者が、
そのような目をするものか」
その言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなった。
――この人は、ちゃんと人を見ている。
不意に、遠くにいる父の顔が脳裏をよぎる。
顔立ちはまったく違うのに、
どこか似た、包み込むような優しさを感じた。
サイガは小さく息を吐き、
結花に向けていた鋭い視線――
先ほどまでの殺気を、ようやく引っ込める。
「……まあ、将軍がそう言うなら。
俺は構いませんけどね」
ユーリスが、わずかに表情を緩める。
――心臓に、悪い。
顔が熱くなるのを自覚して、
結花は思わず視線を落とした。
ユーリスはヴァルガスに向き直る。
「では、馬を手配します」
一礼。
その後、視線を結花へ向けた。
「……少し待っていてくれ」
そう言って、足早に天幕を出ていった。
――しまった。
馬に乗れないこと、
言うタイミング、完全に逃したかもしれない。
ユーリスの後ろ姿を、呆然と見送っていると――
ぼそりと、横から声が落ちてきた。
「ねえ、ユイカ」
サイガが、面白がるように口角を上げる。
「もしかしてさ。
ユーリスに、惚れてる?」
「えっ!?」
一瞬で、顔に熱が集まった。
「ど、どどど、どうしてですか!?」
動揺しすぎて、舌が回らない。
完全に挙動不審だ。
「どうして、って……」
サイガは肩をすくめる。
「見りゃ、分かるでしょ」
そう言って、ちらりとヴァルガスの方を見る。
「……ですよね?」
「ははははは!」
豪快な笑い声が返ってきた。
「甘いな、サイガ。
わしは最初から気づいておったわ」
――将軍!?
そこ、笑うところじゃありません!
「そ、そんなに……分かります?!
まさか……ユーリスさんも、気づいて……」
「それはないね」
サイガが即答した。
「あいつが?気づく訳ないじゃん」
「そうじゃな」
ヴァルガスまで、あっさり頷く。
――即、否定。
嬉しいような、少しだけ切ないような。
なんとも言えない気分が胸に広がる。
「それにしても、物好きだよね」
サイガはにやにやと続けた。
「ユーリスを好きになるなんて。
……どこに惚れたの?」
「ど、どこって言われても……」
結花は視線を泳がせる。
「ま、まだ会ったばかりですし……」
自覚している分、余計に気まずい。
どうしていいか分からず、無駄に手を動かしてしまう。
「はは、ごめんごめん」
「ちょっとやりすぎたね。
あ、まだ名乗ってなかったか」
軽く手を上げて、笑う。
「サイガ。
よろしく、ユイカ」
――さっきまでの空気が、嘘みたいだった。
結花は、少しだけ息を吐く。
「武藤結花です。よろしくお願いします、サイガさん」
「さん付けいらないって。サイガでいいよ」
……距離、近くない?
思わず口をつぐむ。
ほんとに、ユーリスさんとは正反対だ。
「……じゃあ、サイガ。
さっきとずいぶん態度が違いますけど、どうしてですか?」
「ん?
あいつを見る目に嘘はなかったし。
……将軍もああ言ったしさ。
敵じゃないなら、警戒する必要ないでしょ?」
どこか含みのある笑み。
――今つっこんでも、はぐらかされるだけだ。
「だが、ユーリスが娘を連れて戻るとはな。
正直、自分の目を疑ったぞ」
ヴァルガスの言葉に、サイガは軽く頷いた。
「そっちの方がよっぽど事件じゃないですか。
外もざわついててさ、何事かと思ったら――」
……ざわついてた?
あの視線は、ただの警戒だと思っていた。
まさか、そんな理由だったなんて。
そのとき、外で馬が短く鳴いた。
続いて足音が響く。
「将軍。
馬の準備が整いました」
――やばい。
結局、馬に乗れないこと、言いそびれたままだ。




