3話 将軍と対面した日
そこには、布を張った天幕がいくつも並び、兵士たちがそれぞれ休息を取っていた。
ここが、紅の國の本陣らしい。
ユーリスは迷いなくその間を進み、一際大きな天幕へと向かっていく。
結花は必死にその背を追った。
――視線を、感じる。
好奇と警戒が入り混じったような視線が、あちこちから向けられていた。
戦場に、見慣れない女が連れられてきたのだ。
不審に思われて当然だろう。
胸の奥が、きゅっと縮む。
この先にいるのは、この國を率いる将軍。
紅の國の総大将――ヴァルガス。
そんな人物に会う心の準備なんて、できているはずがなかった。
下手をすれば、その場で捕らえられてもおかしくない。
けれど、そんな結花の不安など意に介さず、ユーリスは天幕の前で立ち止まると、ためらいなく中へ声をかけた。
「将軍。ただいま戻りました」
「……入れ」
低く、落ち着いた声が返ってくる。
天幕の中には、一人の男がどっしりと腰を下ろしていた。
赤みを帯びた癖のある髪を後ろで束ねている。
まとめているはずなのに、抑えきれない癖毛が跳ね、
そのせいか、どこか野性味を感じさせた。
――この人が、将軍。
派手な動作はない。
けれど、目を向けられただけで、背筋が自然と伸びた。
静かな威圧感と、揺るがない存在感。
紅の國を束ねる者としての貫禄が、そこにはあった。
その視線が、ゆっくりと結花へと向けられる。
「ユーリス。その後ろにいる娘は?」
低く、落ち着いた声が天幕の中に響いた。
「戦場で、敵兵に襲われていたところを保護しました。
名は、ユイカと申します」
紹介され、結花は小さく息を吸う。
――第一印象が大事。
震える足を心の中で叱咤し、前に出た。
「はじめまして、将軍。
武藤結花といいます。
先ほど、刀を持った男に殺されかけたところを、
ユーリス将軍に助けていただきました」
「……ムトウ?」
ヴァルガスは、わずかに眉を寄せた。
「聞いたことのない家名じゃな」
――しまった。
つい癖で、フルネームを名乗ってしまった。
けれど、目の前の人物に嘘をつく気にはなれなかった。
「私は、どこかの家の姫ではありません。
ただの一般人……平民です」
ヴァルガスの茶色の瞳が、静かに結花を捉える。
値踏みするようでもなく、ただ真っ直ぐに。
「平民、とな?」
ヴァルガスの視線が、改めて結花を捉える。
「なぜ、そのような娘が戦場に?」
「それは……。
自分でも信じられなくて……少し長くなります」
ヴァルガスは、しばし黙り込んだ。
その沈黙が、結花にはやけに長く感じられる。
やがて――
ふっと、口元が緩んだ。
「今は戦を終えたばかりだ。
兵も疲れ切っておる」
ヴァルガスは、静かに続ける。
「詳しい話は、紅へ戻ってから聞こう」
「……え?」
思わず、間の抜けた声が漏れた。
捕らえられるか、最悪その場で斬られるか――
そう思っていたからだ。
それだけに、拍子抜けしてしまう。
「ユーリス。この娘――ユイカといったな。
馬を用意せよ」
「はっ」
「あ……」
――馬。乗ったこと、ないんだけど。
そう言い出す前に、横から軽い調子の声が割り込む。
「ちょっと待った、将軍。
それ、さすがに甘すぎない?
この子、間者かもしれないでしょ」
いつの間に現れたのか。
結花の視界に、見慣れない男が立っていた。
短く切り揃えられた金髪に、焦げ茶色の瞳。
軽装で、どこか周囲と溶け込むような雰囲気をまとっている。
その男は、結花を――
疑うような眼差しで見つめていた。
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