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戦しか知らない将軍に一目惚れした私。彼が私に本気になったら、誰にも止められませんでした  作者: *ほたる*


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33話 気づかないまま、すれ違う

 障子越しに、人の気配。


 広間の前で、結花は落ち着かないまま立っていた。

 さっきから、胸の奥がざわついている。


 ――終わった、よね?


 中の声が途切れ、静寂が落ちる。

 次の瞬間。

 がらり、と襖が開いた。


「あれ。ユイカじゃん」


 いつもの調子。

 サイガがひらひらと手を振る。

 それだけで、少しだけ呼吸が戻る。


「ケルヴィンは大丈夫ですか?」


 間を置かず、問いがこぼれた。

 サイガは一瞬だけ、後ろを振り返る。


「死にはしないよ」


 あっさり。


「不法侵入はきっちり怒られたけどね」


 結花の肩から、力が抜ける。


「……よかった」


 小さな安堵がこぼれる。

 そのすぐ後ろで、衣擦れが鳴った。

 サイガは気にした様子もなく続ける。


「で、今夜は内々の席が設けられるらしいよ」


「席?」


「歓迎って建前。実際は様子見だね。

 ユイカも来いってさ。将軍が」


「私も?」


「理由は聞いてないけどね」


 軽い口調。


 そのとき、すっと横を抜ける気配。

 何も言わず、二人の脇を通り過ぎる。


 視線は落ちたまま。

 衣擦れだけを残して、その背は廊下の奥へ消えた。


 結花は、思わず目で追う。


「……ユーリスさん、でしたよね?」


 返事はない。

 足音だけが、遠ざかる。


 どうして、何も言わなかったんだろう。


 サイガは一瞬だけ目を細める。

 それから、いつもの調子で肩をすくめた。


「さあね」


 それきり、広間の襖が静かに閉じる。

 昼の光が、廊下に細く残った。


 いつもの夕方。

 結花は縁側に座っていた。


 盆の上には、冷えたプリンがふたつ。

 手もつけられないまま、並んでいる。


 ……来ない。


 どれだけ待っただろう。

 夕日は静かに沈みかけている。


 今まで一緒に食べられない日はあった。

 でも、何の連絡もないのは初めてだ。


「……忙しいのかな」


 小さくこぼした、そのとき。


 背後で足音が止まる。

 振り返ると、肩に鴉を乗せた赤茶の髪。

 橙の瞳が、まっすぐこちらを見ていた。


「……ケルヴィン?」


 思わず声が溢れる。


「大丈夫だったの? サイガから様子は聞いたけど」


「ああ。なんとかなった。

 好きに歩けってさ。逃げたら追う、ってよ」


 気負いなく言う。

 結花は、ほっと息をついた。


「何してんだ、こんなとこで」


 結花は答えない。

 視線が、盆へ落ちる。


「なんだそれ。甘味?」


 不意に、手が伸びる。


「だ、だめ!」


 慌てて盆を抱き寄せる。


「こ、これは……ユーリスさんのだから」


 言ってから、視線を逸らす。

 頬が熱い。


 ケルヴィンは橙の瞳をわずかに見開いた。

 一瞬の沈黙。


 やがて、呆れたように息を吐いた。


「……珍しいな。それ」


「プリンっていうの」


 結花は視線を落とす。

 少し迷ってから、ひとつ手に取った。

 そっと差し出す。


「さっき、だめだって」


「ユーリスさんのは、だめ。あとで届けるから。

 ……こっちは、いいよ」


 今は、食欲がない。

 ケルヴィンは困ったように笑う。


「……ありがとな」


 受け取る手が、静かに伸びる。


 そのとき。

 廊下の向こうで、足が止まった。

 赤い瞳が、こちらを一度だけ捉える。


 プリンを差し出す、その瞬間。

 視線はすぐに逸れた。


 踵を返す。

 衣擦れが、遠ざかる。


 結花は気づかない。

 縁側には、夕暮れの色だけが残った。


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