31話 誤解でもいい
マーサの甘味屋が見えてきた。
前よりも、明らかに人が多い。
店先には列ができていた。
期間限定の団子は、やはり評判らしい。
「……混んでるな」
ユーリスが小さく呟く。
「ですね……」
結花も頷き、ふたりで列の最後尾に並んだ。
しばらくして。
ふと、前に並んでいた客の視線がこちらへ向く。
一瞬きょとんとした顔になり、次の瞬間、ぱっと表情が明るくなった。
「あら、ユーリス様! お久しぶりです」
髪を一つにまとめた、愛嬌のある女性だ。
「やっぱり来られると思ってましたよ。ここの期間限定、美味しいですよね。うちの夫も子供も大好きで――」
楽しそうに話しながら、ふと視線が結花に向く。
「あら? そちらは……」
「こ、こんにちは」
慌てて頭を下げると、女性は目を丸くした。
「あっ。あんた、前に噂になったユーリス様の……」
「も、もうその話はいいですから!」
結花は真っ赤になって遮る。
「ユーリスさんも、ちゃんと否定してください!」
思わず振り向く。
だが――
ユーリスは、わずかに視線を逸らしたまま、何も言わない。
……え?
心臓が、どくりと鳴る。
女性はそれを見て、にんまりと笑った。
「おやおや」
口元を隠しながら、小さく頷く。
「余計なこと言っちまったね。まぁ、ゆっくり楽しんでおいで」
ちょうど順番が来たらしく、女性は団子の包みを受け取ると、手を振って去っていった。
どうやら土産を買いに来ていただけらしい。
結花は、しばらくその場で固まったままだ。
頭が、まったく働かない。
「次の方、奥までどうぞー!」
店員の明るい声が響く。
結花は混乱したまま、隣のユーリスを見上げる。
彼は何事もなかったように、静かな顔をしていた。
そのまま、ふたりで店の中へと足を踏み入れた。
席に着くと、ユーリスが慣れた様子で団子を注文した。
ふと、沈黙が落ちる。
店内は賑わっている。
だが、そのざわめきの中に、明らかに別の熱が混じっていた。
「あれ、ユーリス様の……」
「例のあの子じゃない?」
全部は聞き取れない。
けれど、視線が集まっているのは分かる。
――ダメだ。心臓がもたない。
「……ユーリスさん」
思わず、小さく呼ぶ。
「気にならないんですか?」
ユーリスが、わずかにこちらへ向いた。
「何の話だ?」
「なんか……見られてません?」
視線が痛い。
直接何かを言われるわけではない。
だが、好奇の目が、じわじわと降りかかる。
ユーリスは一瞬だけ周囲を見渡し、淡々と答えた。
「……別に。いいんじゃないか」
「え?」
「そう思いたいなら、思わせておけばいい」
あまりに静かな声音に、結花は言葉を失う。
「でも……誤解なのに……」
前は、ユーリスも否定していた。
それなのに、どうして今日は――。
「ユイカ」
低く、名を呼ばれる。
「誤解されるのは……嫌か?」
息が止まる。
赤い瞳が、まっすぐにこちらを見ている。
そこにある熱から、目が逸らせない。
しばらく固まったまま動けずにいると、明るい声が飛び込んできた。
「まあ、ユーリス様! いらっしゃい。今日も彼女と一緒なんだねぇ」
にこにこと笑いながら、マーサが皿を卓に置く。
「はい、期間限定の焼き団子だよ。今日は忙しくてね、ゆっくり話せなくて悪いけど……どうぞ、楽しんでいっておくれ」
それだけ言うと、マーサはくるりと身を翻し、店の奥へと戻っていった。
湯気が、ふわりと立ちのぼる。
焼き目のついた団子に、黄金色の蜂蜜がとろりとかかっていた。
甘い香りが、鼻先をくすぐる。
結花はそっと串を持ち上げた。
「……美味しそう」
ひと口。
外はほんのり香ばしく、中はもっちりと柔らかい。
蜂蜜のやさしい甘さが、じゅわりと広がった。
「……っ、甘い」
思わず頬が緩む。
その様子を、向かいから静かな視線が向けられていた。
「気に入ったか」
「はい……すごく」
もう一口、かじる。
そのとき――
とろり、と蜂蜜が少しだけ指先へ垂れた。
「あ……」
慌てて拭おうとする前に、白い布が差し出される。
「……使え」
顔を上げると、ユーリスが視線を逸らしたまま、こちらへ手を伸ばしていた。
「す、すみません」
受け取る指が、ほんの一瞬だけ触れる。
びくり、と小さく跳ねたのは、どちらだったか。
周囲のざわめきが、やけに遠い。
「……」
ユーリスも団子をひと口かじる。
蜂蜜が光を受けて、赤い瞳の奥に揺れた。
「……甘いな」
ぽつりと漏らす。
「はい」
答えながら、結花は思う。
――甘いのは、団子のせいだけじゃない。
ふと視線を外へ向ける。
子どもたちの笑い声が、通りを駆け抜けていく。
さっきまで胸を締めつけていた緊張が、ほんの少しだけほどけた。
向かいでは、ユーリスが静かに団子を口に運んでいる。
何も言わない。
けれど。
ただ甘味を食べているだけなのに。
その沈黙は、嫌ではなかった。
串を持つ指先が、ほんの少しだけ震える。
気づかないふりをして、もう一口。
甘さが、ゆっくりと広がる。
夕の光が、店の中にやわらかく差し込んでいた。




