30話 それはデートなんじゃないのかい?
ドン――ッ!! キィンッ!!
鋭い金属音と衝撃が、朝の静寂を裂いた。
目を開ける。
……久しぶりに聞いた気がする。
結花はむくりと身を起こした。
寝巻きを脱ぎ、袴に着替える。
髪をまとめ、朱の簪を差す。
磨き上げられた鏡に、どこか落ち着かない自分が映る。
……私も、朝の鍛錬しなきゃ。
小さく息を吸い、部屋を出る。
館の裏手にある、小さな練習場。
兵たちの邪魔にならぬよう、結花が選んだ場所だ。
光が、ひと筋。
左手の腕輪が淡く輝き、刃が現れる。
朝の空気を裂くように、一太刀。
足運び。
重心。
呼吸。
二太刀、三太刀。
振るうたびに、身体の芯が澄んでいく。
速くはない。
だが、迷いもない。
やがて、一連の型をすべて終える。
最後の一振りを止めたまま、静止。
ふう、と息を吐く
まだ胸が熱い。額の汗を拭う。
刃を見つめ、意識を腕輪へと戻す。
桜は光となり、すうっと左手へ吸い込まれた。
腕輪だけが、何事もなかったように静まる。
深く息を整え、練習場を後にする。
裏手の小道を抜け、館の渡り廊下へ足を踏み入れた、そのとき――
「……ユイカ」
低い声。
心臓が跳ねた。
そこに立っていたのは、ユーリスだった。
「……おはよう」
彼も、稽古を終えたばかりなのだろう。
息がわずかに上がっている。
茶色の髪が朝の風に揺れ、赤い瞳がまっすぐこちらを見ていた。
一瞬、見惚れる。
「お、おはようございます、ユーリスさん。
稽古、終わったんですか?」
「ああ。さっき将軍と別れたところだ」
そう言って、目を細める。
結花は頬に集まる熱を誤魔化すように視線を逸らした。
昨日のことが、まだ残っている。
気まずい。
なのに――嬉しい。
「……そういえば」
ふと思い出したように、ユーリスが続ける。
「マーサの甘味屋で、期間限定の焼き団子が出たらしい」
「……行ってみないか?」
結花は、黒い瞳を丸くした。
城下町は相変わらず賑わっている。
子どもたちの笑い声。
屋台から立ちのぼる煙。
戦前と変わらぬ風景。
ついこの間来たばかりなのに。
――なんだか、ずっと前のことみたいだ。
そんなふうに見回していると、ふいに声が飛んだ。
「あ! あの時のお嬢ちゃん!」
振り向けば、小物屋の女店主が手を振っている。
「簪、差してくれてるんだね。似合うじゃないか」
にこにこと気さくな笑み。
「あ、あの時はありがとうございました」
「いいんだよ。こっちも商売だからね」
店主はにやりと口角を上げる。
「今日もユーリス様と一緒なんだね。デートかい?」
「で、でででデートじゃないです!!」
真っ赤になって否定する結花。
隣でユーリスが一瞬、固まる。
「なんだい、違うのかい。
じゃあ何しに来たんだい?」
「ち、ちょっとマーサさんの甘味屋に!
期間限定の焼き団子が出たって聞いて、ユーリスさんに誘われて、食べに来ただけです!」
ぴたり、と空気が止まる。
女店主がゆっくり瞬きをした。
「……それが、デートなんじゃないのかい?」
結花の顔がさらに赤くなる。
店主はちらりとユーリスを見る。
ユーリスは赤い瞳をわずかに細め、それから結花に視線を戻した。
「……行こう、ユイカ。
マーサの甘味屋も混む」
「は、はい!」
結花は慌ててユーリスの隣に並ぶ。
二人は足早にその場を離れた。
店主は肩をすくめて笑う。
「……ああ、あれはもう、逃す気ないねぇ」
その呟きは、街の喧騒に溶けて消えた。




