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戦しか知らない将軍に一目惚れした私。彼が私に本気になったら、誰にも止められませんでした  作者: *ほたる*


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29話 近すぎだと言われました

 翌朝。

 昨夜の雨が嘘のように、空は澄んでいた。


 乾いた土を踏みしめる音が、稽古場に響く。

 ユーリスの太刀筋は、いつもと変わらない。

 速く、正確で、無駄がない。


 ――だが。


「……」


 サイガは腕を組んだまま、黙って見ている。


 一太刀ごとの間が、ほんのわずかに違う。

 迷いはない。

 何かを決めた人間の太刀だ。


 あー……。


 口元がわずかに歪む。


 やっと腹くくったか。


 その太刀が向かう先を、サイガは知っている。


 その日の夕方。

 ユイカは砂糖菓子を盆に乗せ、縁側へ向かっていた。


 マリナからのお裾分けだ。


 ――寒天、とても美味しかったです。


 そう言って、少し照れたように差し出してくれた。

 思ったよりたくさんもらったので、今日のお茶請けに使わせてもらうことにした。


 作る時間が浮いたせいで、いつもより少し早く来てしまった。

 ふと顔を上げると、前からサイガが歩いてくる。


「あれ? ユイカじゃん」


 ひらひらと手を振る、いつもの調子。

 それだけで、胸の奥が少しだけ軽くなる。


 二人は並んで縁側に腰を下ろした。


「珍しいね。今日は手作りじゃないんだ」


「マリナさんがくれたんです」


「ふーん」


 気のない相槌。

 サイガは盆からひとつ摘まむと、そのまま口に放り込んだ。


 一瞬の静寂のあと、ユイカがぽつりと漏らす。


「……最近、ユーリスさん、変じゃないですか?」


 サイガの焦げ茶の瞳が、わずかに瞬いた。


「変?」


「変ですよ!」


 思わず声が大きくなる。


「だって……」


 ぎゅっと、膝の上の着物を握る。


「言葉も、いつもより少ないし。

 距離も……近いし」


「――心臓がもちません。

 私、いつ倒れてもおかしくないと思ってます」


 サイガは一瞬、黙った。


「サイガ、ユーリスさんと仲良いじゃないですか?

 どうにかしてください!」


 サイガは苦笑し、砂糖菓子をひとつ摘まむ。


「……とんだ無茶振りだなあ」


 砂糖菓子を口に放り込みながら、肩をすくめた。


「……別に。おかしくはないと思うけど」


 どこが!?

 思わず声に出しかけた、そのとき――


「何の話だ?」


 背後から、低い声。


「ユ、ユーリスさん?!」


 結花は思わず声を裏返した。

 まさか、このタイミングで来るなんて。


「ちょっと今さ、ユーリスの話を――」


「サイガ!」


 慌ててサイガの口を手で塞ぐ。


「余計なこと言わないでください!」


 必死に睨む。

 その瞬間――


 ぬっ、と腕が伸びてきた。

 後ろから、ぐい、と引かれる。


 サイガの口元を覆っていた手が、するりと外れた。


「……近すぎだ」


 低い声。

 眉間に皺を寄せたまま、ユーリスが結花を抱き寄せていた。


 何が起きたのか、分からない。


 固まった結花を一瞥すると、ユーリスは静かに手を離す。

 そのまま、彼女の隣に腰を下ろした。


 ――どくん。

 心臓が、大きく跳ねる。


「砂糖菓子か?」


 結花が固まったまま動けずにいると、サイガが代わりに答えた。


「侍女のマリナにもらったんだって。仲いいみたいだよね、ユイカ」


「……そうか」


 ユーリスは視線を落とし、砂糖菓子をひとつ摘まむ。

 口に入れると、静かに噛みしめた。


「……美味い」


 ぽつりと漏れる。


「たまにはいいんじゃない? こういうのも」


 軽く笑って、サイガはすっと立ち上がった。


「じゃあ俺、そろそろ行くね」


「ま、待って!」


 結花が思わず声を上げる。


「行かないでサイガ! 二人きりにしないで!!」


 ――しん、と空気が凍る。

 ユーリスの眉間に、深い皺が刻まれた。


「……どういうことだ?」


「俺に聞かないでよ!?」


 珍しく焦るサイガ。

 だが助け舟は、どこからも出ない。


 中庭の草花だけが、何事もないように風に揺れていた。



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