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戦しか知らない将軍に一目惚れした私。彼が私に本気になったら、誰にも止められませんでした  作者: *ほたる*


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22話 泣いていいと言われた夜

 外門の戦いが落ち着いた頃には、すでに夜になっていた。


 歓声があがる。

 勝鬨の声。

 安堵の笑い。


 その中で、結花はひとり静かに立っていた。


「ユイカ」


 低い声が、すぐ側から響く。

 振り向けば、ヴァルガスだった。


「外門防衛への参戦、感謝する。よく紅を守ってくれた」


「将軍……」


 灯火に照らされたその顔が、なぜかひどく懐かしい。


 まだ一週間も経っていないはずなのに。

 胸の奥が、わずかに緩む。


 ――だめだ。

 まだ、伝えていないことがある。


「礼を言われるようなことはしていません。約束でしたから」


 ヴァルガスは目を細めた。


「そうか」


 短く笑う。


「だが、ガレスから聞いておる。主の働き、見過ごすわけにはいかぬ」


 一歩、距離を詰める。


「明日、大広間に皆を集める。その席に主も加われ」


 穏やかな声。

 だが、拒む余地はない。


「……わかりました」


 頷くと、ヴァルガスは背を向ける。

 その背中が、闇に溶けていった。


 館へ戻ると、結花は足早に自室へ向かった。


 戦の熱はまだ冷めていない。

 兵たちの笑い声。

 侍女たちの忙しない足音。


 だが今は、誰とも顔を合わせたくなかった。


 廊下を進み、部屋の前で足を止める。

 襖に手をかけた、そのとき。


 ――気配。


 感覚は、まだ切り替えたままだ。


 背後から近づく足音。

 静かで、迷いがない。


 入ってしまえばよかった。

 そう思うのに……手が動かない。


 振り向かなくても分かる。

 この気配は――


「ユイカ。……少しいいか」


 低く、抑えた声。

 ……ユーリスだった。


「なんですか、ユーリスさん」


 廊下では人目がある。

 二人は無言のまま、奥の中庭へと移った。


 灯りは遠く、虫の声だけが響く。

 風が水面を撫で、池の鯉が跳ねた。


 ユーリスは背を向けたまま、何も言わない。


「あの……?」


 呼びかけても、返事はない。

 困惑していると、ようやく彼が振り向いた。

 珍しく、視線が定まらない。


「ユイカ。その……そんなに強がるな」


「え?」


 思わず瞬きをする。


「強がってなんて……」


 首を傾げると、彼は真っ直ぐに言った。


「普通じゃない」


 一歩近づく。


「無理してる。

 ……あんな戦場で、怖くなかったわけがない」


 ぱきん、と。

 胸の奥で、何かが割れた。

 結花は目を見開く。

 ユーリスはわずかに笑った。


「俺の前でまで、強がらなくていい」


 少しだけ、声が柔らぐ。


「……泣け」


 その一言で。

 止めていたものが、決壊した。

 気づけば、頬が濡れている。


 怖かった。

 刀を振るうたび、人が倒れていく。


 血の匂い。

 断末魔。

 崩れていく身体。


 感情を閉じなければ、立っていられなかった。

 ただ、生き抜くことだけを考えていた。


「……ふっ……く……」


 嗚咽がこぼれる。

 一度決壊した涙は止まらない。

 頬を伝い、次から次へと落ちていく。


 みっともない。

 よりによって、ユーリスさんの前で。


「ごめ……なさっ、止まら……」


 言い終わる前に、腕を引かれた。

 次の瞬間。


 胸にぶつかる。

 硬い体温。


 抱きしめられていると気づいたときには、もう遅かった。


 血が一気に巡る。

 心臓の鼓動が早くなる。


 慌てて押し返そうとする。

 けど、背に回った腕は離さない。

 さらに強く抱き寄せられた。


「ひとりで戦わせて、悪かった」


 低い声が、すぐ耳元で落ちる。


「つらいなら、俺に言え。

 ……無理するな」


 その一言で。

 胸の奥が、また崩れた。

 さっきとは違う涙が、込み上げる。


 分かっている。

 これ以上望んではいけない。

 それでも。


 ……離れたくない。

 今だけは、この腕の中にいたい。



 腕の中で震える彼女を抱きしめながら、

 外門で見た、あの顔がよぎる。


 泣き出しそうに歪んだ表情。

 どうして離れなかったのか――

 今、ようやく分かった。


 ――護りたい。

 ユイカだけは、必ず。


 月明かりが、静かに二人を照らしていた。


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