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戦しか知らない将軍に一目惚れした私。彼が私に本気になったら、誰にも止められませんでした  作者: *ほたる*


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14話 簪を贈られた日

「し、しんこん……!?」


 結花の顔が一瞬で真っ赤になる。


「違います! そういう関係じゃありません!」


 必死に否定する横で、ユーリスも動揺していた。


「誤解だ。彼女は将軍の客人だ」


 低く言い切るが、耳の先がうっすら赤い。

 マーサは「あらあら」と笑った。


「なんだ、まだ違うのかい。お似合いなのにねえ」


 その一言で、また空気が固まる。

 結花は慌てて視線を逸らした。

 心臓が、さっきから忙しすぎる。


「ユーリス様ってねえ、これまで浮いた話が一つもなかったんだよ」


 マーサは声をひそめる。


「町じゃ人気なのにさ、色恋の話だけはからっきしでねえ。みんな密かに気にしてたんだよ。

 それが今日、若い娘と並んで歩いてるって噂が立ってさ。

 将軍に春到来か、なんて言われてるんだよ」


「与太話だと思ってたけどねえ……まさか本当だったとは」


 言うだけ言って満足したのか、マーサは「ごゆっくり」と笑い、他の客のもとへ戻っていった。

 残されたのは、微妙な空気だけ。


 しばらくの沈黙のあと、口を開いたのはユーリスだった。


「……すまない。

 俺のせいで、誤解させた」


 結花は慌てて首を振る。


「ち、違います! ユーリスさんのせいじゃありません。今日連れてきてくれたこと、本当に嬉しいですし」


「だが」


 わずかに眉を寄せる。


「俺とそういうふうに見られて……嫌ではなかったか」


「全然」


 迷いなく、そう答える。


「驚きはしましたけど……

 嫌だなんて、思ってません」


 それだけは、はっきりしていた。


 心臓には悪かったけれど。

 ――少しだけ、嬉しかった。


 もし、本当にそうなれたら。

 そんな想像が、一瞬よぎる程度には。


「あの……もしよければ。また一緒に来てもいいですか」


 ユーリスは一瞬だけ目を見開き、それから僅かに微笑んだ。


「もちろんだ」


 迷いのない声。


「……また来よう」


 その一言に、また胸が大きく跳ねた。


 団子屋を後にし、二人は館へ戻る道を歩き出した。

 しばらくして、ユーリスがふと思い出したように口を開く。


「どこか寄りたい店があるんじゃなかったか?」


「あ、はい。えっと……たぶん、この先を曲がったところです」


 来るときから、ずっと気になっていた店がある。

 角を曲がった瞬間――


「……っ」


 隣で、息を呑む気配がした。


 店先に並ぶのは、簪や櫛、小物入れ。

 色とりどりの装飾品が陽に照らされ、きらきらと輝いている。


 どう見ても、女性向けの店だ。


「あの、私ちょっと時間かかるかもしれないので……ユーリスさん、どこか別のお店を見ていてください」


 さすがに気の毒だ。

 ユーリスは一瞬店先を見つめ、ほんのわずかに視線を逸らした。


「……分かった」


 ほっとした様子で踵を返す。


「近くの甘味屋に行ってくる。ゆっくり見ていてくれ」


 ――また甘味。


 結花は思わず小さく笑った。

 他にも店はあるだろうに、選択肢がぶれない。


 その背中を見送り、改めて店先へ目を向ける。

 色鮮やかな品々の中で、ひとつだけ目を引くものがあった。


 朱色を基調に、白と淡い桃色の小花が散りばめられた簪。

 思わず手に取る。


「……かわいい」


 小さく呟いた瞬間、店の奥から声が飛んだ。


「おや、見る目あるねえ!」


 顔を上げると、恰幅のいい女店主がにこにこと近づいてくる。


「それ、昨日入ったばかりの新作だよ。色は明るいけど、あんたの髪に映えそうだ。どうだい?少し安くしとくよ」


 店主の言葉に、結花は苦笑した。

 今の彼女は、正真正銘の無一文だ。


 侍女の手伝いを始めてから、ヴァルガスが給金を出すと言い出した。

 最初は辞退したが、「働いている者に報酬を払わぬのは筋が通らぬ」と押し切られ、渋々受け取ることになったのだ。


 とはいえ、まだ月末前。

 手元には一銭もない。


 今日の団子代だけは特別に前借りしてもらったが、それももう使ってしまった。


 欲しいのは山々だ。

 けれど――諦めるしかない。


「すみません、実は……」


 断ろうとした、その時。


「ユイカ」


 振り向くと、ユーリスが戻ってきた。


「土産を買ってきた。後で食べよう」


 そう言いながら、視線が自然と彼女の手元へ落ちる。


「……それは?」


「あ、これは――」


「おやおやユーリス様!」


 店主がぱっと声を上げた。


「あんた、噂の連れかい?甘味屋帰りの客がさっき騒いでてね。

 “ユーリス様に春が来た”って」


「ち、違います! 全部誤解ですから!」


 慌てて否定すると、店主は豪快に笑った。


「分かってるよ。尾ひれはつくもんさ。でもねえ——。

 あのユーリス様が、だよ?」


 ――紅の國のおばさん情報網、恐るべし。


 半ば呆れつつ顔を上げると、ユーリスが簪を見ていた。


 結花の手の中の、朱色の簪。


「気に入ったのか?」


「えっ、いえ、その……かわいいなとは思ったんですけど、私いまお金なくて……」


 気まずくなって視線を落とす。


 手に取るんじゃなかった。

 そう思いながら戻そうとした瞬間――

 す、と。

 ユーリスが簪に手を伸ばした。


 朱色の地に、白と淡い桃色の花。

 彼はしばらくそれを見つめ、静かに言う。


「……綺麗だな」


 そして、店主に視線を向けた。


「いくらだ?」


「ちょ、ちょっとユーリスさん!?」


 止める間もなく、支払いは済まされてしまった。


 差し出された簪。

 結花は、呆然とそれを見つめる。


「受け取ってくれ」


「そんな……いただけません!」


 思わず声が強くなる。


 ただでさえ世話になっている身だ。

 これ以上、何かをもらうなんて――。


「俺は簪なんて使わない」


 さらりと言う。


「買ったまま使われない方が、もったいない」


「館には他の侍女さんもいますし……」


 必死に断ろうとする結花を、ユーリスはしばらく黙って見つめていた。


 それから、ゆっくりと瞬きをひとつ。

 真面目な顔になる。


「ユイカ」


 名前を呼ばれ、胸が跳ねる。


「……俺も、感謝している」


「……え?」


「毎日持ってきてくれる甘味。あれに、何度救われたか分からない」


 静かな声だった。

 けれど、その言葉はまっすぐだった。


「でも、あれは私が好きで――」


「俺も好きで渡す」


 きっぱりと遮られる。


「……受け取ってくれ」


 ――ずるい。


 そんな言い方、断れるわけがない。


 胸の奥が、ふわりとあたたかくなる。


 どうしよう。


 ……すごく、うれしい。


 震える手で、簪を受け取る。


「……ありがとうございます。大切にします」


 掠れた声で、なんとか言えた。


 ユーリスは小さく息をつき、表情を緩める。


「そろそろ日が落ちる。送る」


 それだけ言って、前を向いて歩き出した。


 結花も一歩遅れてついていく。


 ――この人はきっと知らない。


 今、自分が泣きたくなるほど嬉しいことを。


 胸の鼓動を抱えたまま、

 二人は夕暮れの道を並んで歩いた。


 館の灯りが、ゆっくりと近づいていく。


 朱に染まる空の下、

 結花の胸の鼓動だけが、やけに鮮やかだった。


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