13話 新婚に見えた日
縁側で甘味をつつきながら、他愛のない話をしていた日のことだった。
「そんなに美味しいお店なんですか?」
結花が首をかしげると、ユーリスは静かに頷いた。
「甘味処はいくつか回ったが、あそこの団子が一番だ」
真剣な顔をしている。本当に好きなのだろう。
「へえ……それは気になります」
思わず身を乗り出す。
すると、ユーリスは少しだけ視線を逸らしてから言った。
「……行くか?」
「え?」
「今日はもう遅い。明日なら、案内できる」
一瞬、意味を理解するのに時間がかかった。
「い、いいんですか?」
「嫌なら言わない」
「嫌じゃないです!」
思わず即答してしまい、結花は慌てて口を押さえた。
ユーリスの口元が、ふっと緩む。
⸻
翌日。
屋敷の門前で待っていると、背後から声がかかった。
「あれ、ユイカ?」
振り向けば、軽装のサイガが立っている。
「サイガ、こんにちは」
「珍しいね、こんなところで。どこか出かけるの?」
「はい。ユーリスさんに、美味しい甘味処へ連れて行ってもらうんです」
サイガが一瞬だけ目を見開く。
「……は?ユーリスが?」
口元が、にやりと歪む。
「へえ。珍しいじゃん」
「あの……?」
結花が首をかしげると、サイガは肩をすくめた。
「いや、ちょっと驚いただけ。あいつと二人で下町か」
「それって、ほら……逢引きってやつ?」
一瞬、意味が分からなかった。
……逢引き?
「な、なに言ってるんですか!? 今は昼間ですよ!? それにユーリスさんは、ただ案内してくれるだけで……!」
顔が一気に熱くなる。
サイガは堪えきれない様子で肩を震わせた。
「はは……ごめんごめん。でもさ。
ユーリスが誰か連れて下町歩くとか、
前じゃありえなかったよね」
にやり、と意味ありげに笑う。
「せっかくだし、楽しんできなよ」
「ちょっと待っ――」
言い終わる前に、サイガはひらりと手を振り、人の流れの向こうへ消えてしまった。
結花はその場で立ち尽くす。
改めて考えてみる。
ユーリスさんと、二人きりで出かける。
これまで屋敷の中で顔を合わせることはあっても、外へ出るのは初めてだ。
もしかして。
「……これって」
「ユイカ」
門の方から、低い声が届く。
「は、はいっ!」
勢いよく振り返ると、ユーリスがこちらへ歩いてくる。
その姿を見ただけで、また心臓が跳ねた。
――落ち着け。落ち着け、私。
ただの下町巡りだ。
ただの。
……たぶん。
「今日はよろしくお願いします」
ユーリスが頷く。
「行こう」
その一言で、胸がまた騒ぎ出す。
――さっきサイガが言っていたことは、今は考えない。
結花は小さく息を整えた。
そうして二人は、紅の國の下町へ向かった。
⸻
町は活気に満ちていた。
通りには人があふれ、店先では威勢のいい呼び込みの声が飛び交う。
織物、饅頭、簪、干物、染物――
時代劇でしか見たことのない風景が、目の前に広がっていた。
「わあ……すごい人ですね」
思わず声が漏れる。
紅の國の町を、こうしてゆっくり歩くのは初めてかもしれない。
その様子に気づいたのか、ユーリスがわずかに視線を落とす。
「下町を見るのは初めてか?」
「はい。最初に来たときは、周りを見る余裕なんて全然なくて」
一瞬、あの戦場の記憶がよぎる。
ユーリスは小さく眉を寄せた。
「……そうか。すまない」
「えっ、どうしてユーリスさんが謝るんですか?」
結花は思わず手を振った。
「今、こうして案内してもらってるんですから。それで十分です」
むしろ嬉しいくらいだ。
「いろんなお店があるんですね。みんな生き生きしてるし……まるでお祭りみたい」
結花が目を輝かせると、ユーリスは口元を緩めた。
「そうだろう。将軍が治める国だからな」
その声には、誇りがにじんでいる。
「民が慕い、将が応える。それがこの国の形だ」
町の様子を見れば、それが本当だと分かる。
行き交う人々の表情は明るく、店先の声も活気に満ちている。
どこか張りつめた空気や、疲れきった気配はない。
――国の姿は、民の姿に出る。
そんな言葉を、元の世界の授業で聞いたことがあった。
そう考えると、この紅の國はきっと豊かなのだろう。
ユーリスの話を聞きながら、結花は周囲に視線を走らせる。
布屋、細工物屋、甘味処――
目移りしてしまうほど賑やかだ。
その様子に気づいたのか、ユーリスの目がやわらかく細められる。
「気になる店があるなら、帰りに寄るか?」
「え? 本当ですか?」
思わず声が弾む。
てっきり団子を食べたら、そのまま戻るのだと思っていた。
「……ゆっくり見ればいい」
その言葉に、胸がふわりと軽くなる。
……優しい。
結花はこっそりそう思いながら、気になる店をいくつか心の中に印をつけた。
そうこうしているうちに、目的の甘味屋が見えてくる。
香ばしい匂いが、風に乗って漂っていた。
「あそこだ」
ユーリスが顎で示す。
看板の下には、すでに数人の客が並んでいた。
結花は思わず足を速める。
店に入ると、明るい声が飛んできた。
「あら、ユーリス様! 久しぶりだねえ。元気にしてたかい?」
出迎えたのは、ふくよかな中年の女性だった。
人懐っこい笑顔だ。
……なんだか、ずいぶん親しげだ。
「変わりない。マーサも元気そうだな」
落ち着いた声で返す。
「見ての通りさ。今日はどうする? いつものにしとくかい?」
やっぱり常連だ。
「いや、今日は二人分頼む」
その言葉に、マーサの視線が結花へ向く。
一瞬、目を丸くして固まった。
けれどすぐに、にこりと笑う。
「はいよ。ちょっと待ってな」
そう言って店の奥へ引っ込んでいった。
勧められて席に腰を下ろしながら、結花は小声で尋ねる。
「……あの方、私を見て驚いてましたよね?」
「さあ。俺もよく分からない」
ユーリスは首を傾ける。
少し引っかかりを覚えつつも、深くは考えないことにした。
やがてマーサが盆を持って戻ってくる。
「はい、お待たせ。みたらしに餡子、ずんだだよ」
皿の上で、団子からほのかに湯気が立っている。
「わあ……おいしそう」
思わず声が漏れる。
出来立ての団子を食べるのは、初めてかもしれない。
隣で、ユーリスの赤い瞳が、ほんのわずかに輝いた。
「ここの団子はうまい。食べてみてくれ」
そう言われて、結花は素直に頷いた。
「はい。じゃあ、いただきます」
みたらし団子を一本手に取る。
まだほんのり温かい。
そっと口に運んだ瞬間――
「……!」
思わず息をのむ。
とろりとした甘辛いタレが、柔らかな団子に絡む。
香ばしさと甘みが一気に広がった。
「す、すごい……! こんなおいしい団子、初めてです!」
目を輝かせる結花を見て、ユーリスはわずかに口元を緩めた。
「そうか。……よかった」
二人の様子を見て、店主の女性――マーサがくすりと笑った。
「まあまあ、そんな褒めても何も出ないよ。……それにしても」
意味ありげな視線が二人を往復する。
「ユーリス様、いつの間にお嫁さんなんてもらったんだい?」
ぶっ。
結花は思わずむせた。
ユーリスも団子を持ったまま固まる。
「は?」
「え?」
二人の声がきれいに重なった。
マーサは楽しそうに続ける。
「だってまあ、仲いいじゃないかい。まだ新婚さんってとこかい?」
結花の顔が一瞬で真っ赤になる。
――新婚?




