〈番外編〉エズメの分析
フレッド・ジェームズ・ターナー氏がアーセン・ルブラン氏に伴われ、ヒルダとオシアンの結婚式に一時間ほど遅れてやって来たのは、二十年近く失踪していた関係で、様々な手続きを裁判所で行う必要があったからだった。
連合捜査局次長という肩書と人脈があり、猫型妖精の混血として妖精の輪を使えるアーセン氏がいなかったら、ターナー氏は今日の結婚式には参加出来なかったかもしれない。
「全く、あの判事ときたら。……いつか締め上げてやらねば」
そう言って鼻息を荒くしたアーセン氏に、ダイアナがホットワインのマグカップを差し出した。
「まあまあ。おめでたい席なんだし、これでも飲んで落ち着いてくださいよ、雪豹さん」
アーセン氏は何か言いかけたが、やがて毒気を抜かれたようにマグカップを受け取った。
そして一口飲んでから苦笑交じりにダイアナに言った。
「君さ、伯父上と伯母上の結婚式を計画するなら、まずは甥である私に一言あっても良かったはずじゃないか?」
二週間前に、聖騎士団第三隊長代行ダイアナ・スミス名義で招待状が送られて来たので、どうにか参加出来たものの、そういう計画があったなら、最初から一枚噛ませてほしかった。そうこぼすアーセン氏に対し、ダイアナは悪びれもせずに答えた。
「だって雪豹さんはとても偉い方で、ものすごくお忙しいじゃないですか。それに、今回の結婚式については、モリーさんにだって秘密にしてたんですよ。何といっても『サプライズ』ですからね」
得意顔のダイアナにそれ以上何も言えず、アーセン氏は爽やかな笑い声を上げると、ホットワインをもう一口飲み込んだ。
* *
ターナー氏は、エズメとブラック氏の座るピクニックブランケットの側に来ると、決まり悪そうに挨拶をした。
「二人とも、昨日はどうもお世話になりました」
ブラック氏は穏やかに、良いんだよと返したが、エズメの返事には少し棘があった。
「全く、貴方がハワード卿に『花婿への試練だ』などと言い出すとは思いませんでしたよ。三十数年前に、ニコラス卿からリディアとの結婚の許しを得ようとして、危うく殺されかけたのにね」
ターナー氏はそれを聞いて、気恥ずかしそうに笑った。
「今なら、お義父さんの気持ちも分かるような気がするよ。……俺は結局、認めてもらえないままだったけどさ」
ここで彼は、ホットワインを一口飲んでから続けた。
「それにしても、昨日はヒルダが『もし父上が生きていたら』と言っていたのが夢現で聞こえたけれど、もしお義父さんがお元気だったら、どうだったんだろうなぁ」
彼にとっては恐怖体験だったはずのその出来事も、今となっては懐かしいのだろう。しみじみとそう言うターナー氏に向かい、エズメはくすっと悪戯っぽく笑った。
「それでは、私の分析に基づく見立てを話してあげましょうか」
フォスター家の屋敷の玄関の前。
魔王のように佇むオシアン・マクユーアンの前で、無様に地に転がされるヒルダの父、ニコラス卿。二人の実力差は大きく、勝負は一瞬でついた。
「くっ……。いっそ殺せ。俺を殺して、娘を攫って行くが良い……!」
息も絶え絶えにそう叫ぶニコラス卿の前に跪き、手を差し出すオシアン。彼は真摯な眼差しをニコラス卿に向けて、こう言った。
「それはヒルダの望みではない。どうか、我を貴殿の娘婿として認めては頂けまいか。我は愛するヒルダだけではなく、ヒルダが愛するものもまた、大切にしたいのだ」
差し出された手を思わず取ってしまうニコラス卿。彼は娘の求婚者に、男として惚れ込んでしまうのだった。
「とまあ、こういう結果になるでしょうよ」
エズメがそう言うと、ターナー氏は信じられない、という目で、婚礼衣装のオシアンを見つめた。
「へぇ、マクユーアン先生。そんなに強かったんだな」
「並大抵の強さでは、とにかく無茶ばかりするヒルダを魔物討伐から五体満足で生かしたまま連れ帰るなんて、到底無理ですもの」
エズメがそう答えると、ターナー氏が目を輝かせてオシアンを見つめた。
「すごい方なんだなぁ、マクユーアン先生は」
ニコラス・フォスター卿が巨大魔魚との戦いで殉職したのは、ヒルダがオシアンと主従契約を結んだ日のことだ。だから残念ながら、ニコラス卿がオシアンに心服する日は来なかった。
しかしどうやらオシアンは、知らず知らずのうちに、崇拝者を一人、増やしてしまったらしかった。
「オシアン公も、そう簡単に、城の奥でヒルダを独り占めするという訳にはいかなそうね」
エズメはふふっと笑い、ホットワインで、ブラック氏とこの日何度目かの乾杯をしたのだった。
エズメは多分、ほろ酔いです。




