013_08_最後は笑顔で迎えたい
「ミライ! ツバサ! 二人とも、無事で良かった!」
地上に出ると、協会前の広場にミライとツバサが飛竜の傍に佇んでいた。彼女が伝えたように、二人以外に人影は無かった。けれどそんな事よりも、二人の元気な姿を見られたのが嬉しくて、わたしは大声で叫び、駆け寄った。
「良かった! ここに来たけれど黒雲達が誰もいなかったから、もう消えてしまったのかと思ったわ!」
ミライがほっと胸を撫でおろした。
「でもミライ、その血……ホントに大丈夫なの?」
「血? ああ、これ。あら、貴女気づいてなかったのね。何度も騙されるなんて、全く、本当に単純なのね!」
ミライがクスリと、ちょっと馬鹿にしたように笑った。といって、別に嫌な感じではなくて、まあいつもの彼女だった。でも気づいてなかった……何度も騙された……ってどういうこと?
「あ、もしかして前にいたずらに使ってた、あの実? じゃあ、ホントに撃たれた訳じゃなくて、銃声に合わせてタイミングよくその実の汁を胸のあたりにつけただけ、ってこと?」
ピンと閃いて、答え合わせをしようとミライをじっと見つめる。彼女は当然、とでも言うようにうなずいた。
「なんだ、そっか、良かった。でもツバサはよく、すぐに気づいたね?」
ツバサは大丈夫だって、自信たっぷりにすぐに駆け出していったっけ。あの時はなんとしても助けるから、ってことかと思ってたんだけど、そうじゃなくて演技だって気づいてたみたいだ。
「臭いが違うからすぐに気づく。それに昔、散々騙されたからな。流石にもう騙されん。ついでに……淀んだ黒雲が幸福な未来を傷つけるとは考えにくい。敵対していた時の私にすら、そうしなかったのだから」
ツバサは苦笑交じりに答え、わたしの後ろの方に視線を送った。つられて振り返ると、カンがようやく追いついてきたところだった。
「ごめんね、カン。わたしはもしかしたらって疑っちゃった」
「いや、疑われるように仕向けたんだから、そう思ってくれないと逆に困る」
わたしが謝ると、彼は首を振りあっさりとそう言った。そして眉根を寄せて、険しい顔付きで二人を睨む。
「……って、そんな事はどうでも良かった。二人ともどうしてこんなところに! 終わったら島から早く避難しろって言っただろ! 噴火しないとは言い切れないんだ! 危険――」
「危険はあるかもしれないわね。無いかもしれないけど。とにかく不確かなことでしょう? でも、貴方達が消えてしまうっていうのは、確かなことよ。もう一度会う前に消えてしまうなんて、嫌よ。絶対に嫌」
カンが強い調子できつく非難するのを遮り、ミライが毅然とした態度できっぱりと答えた。カンは「でも」、と言いかけたけれど、ミライの顔を見て諦めたようにため息をつき、結局それ以上何も言わなかった。
「ミライ……! ありがとう、来てくれて! 最後に会えたらなって思ってた! でも会えないかもって……だからホントに嬉しいよ!!」
危険を押して会いに来てくれたことに嬉しくなって、わたしはついぎゅうっとミライを抱きしめた。
「うるさい黒雲……。って、ちょっと、何抱きついているのよ、苦しいわ! はなしなさいよ! 会いに来たのは、別に……その……そうだわ、ほら、首飾りを預けたままだもの。母の形見だし、大切なものなのよ。返して貰わなかったら、困るわ」
ミライは少ししてはっと我に返り、慌ててわたしの腕を振りほどいた。そしてぎゅっと眉根を寄せてわたしを見上げ、催促するように手を差し出した。その彼女らしい様子に、わたしは思わずぷっと噴き出してしまった。
「あ、そうだった。借りパクしちゃうとこだった。大切なものだもんね。はい」
わたしは彼女から預かっていたペンダントを彼女の手のひらに乗せた。彼女はそれを握りしめると、ツバサに向き直り、じっと見上げた。
「これ、貴方に渡すわ。今度は絶対に、無くさないで。絶対よ」
「ああ、二度と無くさないと誓おう。お前達が証人になってくれ」
ツバサはミライのペンダントを受け取ると、首にかけ、そしてわたし達を見た。そっか、このペンダントの意味って……。うんうん、良かったね、二人とも! わたしは笑顔でうなずいた。
「うるさい黒雲、淀んだ黒雲、お前達のお陰で、破壊神の復活も防げた。彼女とももう一度やり直せる。お前達には、感謝しかない」
ツバサが柔らかに微笑み、深々と頭を下げた。
「別に感謝なんて要らないよ。俺は自分の好奇心を満たすためにやってただけで、二人を助けようなんて気はさらさら無かった。寧ろなるべく関わらないようにしていたくらいだし。そういうわけだから、感謝するならリンさんだけで良いんだよ」
カンが短く息をついて、困ったような曖昧な笑いを浮かべた。すると、ツバサは首を横に振った。
「お前の意図がどうあれ、私達は助かったのだから感謝くらいはさせろ。超越者達の事が分かったのはお前の働きによるところが大きいのだし、幸福な未来や私を傷つけまいとしてくれただろう」
「黎明の翼、多分淀んだ黒雲はこういうのに慣れていないから照れているだけよ。むしろ、言えば言うほど逆効果だわ。本当に、淀んでいるわね。素直じゃないのよ」
ミライはツバサを小突いてそう解説すると、にやにやと見透かしたような笑みをカンに浴びせた。カンはちょっと肩をすくめて、はっと短く笑った。
「素直じゃないなんてミライさんに言われるとは思わなかった。……まあ、じゃあ有難く受け取っておくよ。
でも、本当はお礼を言わなきゃいけないのは俺の方だよ。二人――いや、リンさんも含めてだね――のお陰で、見つけられた事ばかりだから。俺一人じゃ出来なかったよ。楽しかった。ありがとう。
……おっと、そろそろ時間みたいだ、それじゃ」
カンはいつものような皮肉でも自嘲でもなしに、純粋に楽しそうな笑顔を浮かべてそれだけ言うと、ちょっとはにかんだ様子で手を振り、そそくさとログアウトしてしまった。それがなんだか、やっぱり彼らしいなあ、なんてわたしも笑ってしまった。
「まったく、相変わらずだな。いや、あいつにしては素直だった方か」
ツバサがまだカンのいた辺りに残るキラキラとした黒い粒を見ながら、ふふ、とおかしそうに笑った。
「ま、そうね。でもあいつ、可愛げがないし面倒臭いけど、悪い奴じゃないわよ」
ミライが何か意味ありげに微笑んで、わたしをじっと見上げた。
「うん、知ってるよ。結構イラっとすることばっかりだったし、色々すごく分かりにくいけど、でもやっぱり、そんなに悪い奴じゃなかったよ。
そうそう、わたしもカンと一緒で、ただ自分がそうしたかった、ってだけだから気にしないでね。ううん……むしろ何にもできないのにおせっかいばっかり言っちゃって、余計なお世話、って二人に嫌な思いさせたこともあったと思う。でも……今二人が一緒にいるのが見られて嬉しいし、そう言ってくれたのもとっても嬉しいよ。
こっちの世界のことも、二人のことも、たくさん知れてよかった。一緒にいられて楽しかったよ。ホントに、ありがとう!!」
「時折お前の考え方が分からないことはあったが、それでも私と幸福な未来の事を想ってくれていることだけは確かだった。我々のために他の黒雲に働きかけてくれたことも、決して得意ではないであろう戦いに身を投じてくれたことも、感謝している」
ツバサが優しい眼差しで、力強くそう言ってくれた。そんな風に言ってくれる事が、ただただ嬉しい。そう思っていたら、ふいに何か暖かいものが体に触れた。ミライがぎゅっと、わたしを抱きしめていた。
「本当に……余計な事ばっかり、うるさい奴って思っていたわ。でもずっと……私がどんなに突き放しても、ずっと一緒にいてくれた。そんな人は黎明の翼くらいだったから――その彼にも裏切られたと思っていたから――嬉しかった。貴女を見ていたら、意地を張っているのも馬鹿らしくなってきたわ。お陰で、もう一度やり直せそう。私を止めてくれて、ありがとう」
「ミライ……ううん、いいよ。わたしもミライ達と一緒にいて、色んな事を経験して、おかげでちょっとは変われたかなって思うんだ。こんなに自分で何かしようって思ったこと、無かったから。
せっかく一緒にいられるようになったんだから、ツバサと幸せにね!」
そう言ってミライの肩に手を伸ばそうとしたのだけど、体が動かなかった。動かない手に目をやると、何だかぼんやりして、形がはっきり見えなかった。
「貴女もね! ちゃんと幸せにならなかったら、許さないわ」
「うん、大丈夫。お互い、頑張ろうね! それじゃ――」
わたしは別れの言葉を笑顔で言ったつもりだったけれど、ホントはどんな顔をしていたんだろう?
本話で13章終了です。話自体はもう少し続きます。エピローグもお楽しみ頂ければと思います。
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