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46 部屋を間違えて、住んでいます

「では次に、お二人の魂のつながりの状態を拝見いたしましょう」


 シルヴァンは、テーブルの上に小さな水晶の器を置いた。中には、透明な液体が満たされている。


 彼が指先で術式を描くと、液体の中に、二筋の光が浮かび上がった。一方は金色、もう一方はうぐいす色。二つの光は、互いの周りを巡りながら、ところどころで絡み合っている。


 天井の窓から差し込む光が器に落ち、液体の中の二筋の光を、ゆらゆらと揺らしていた。離れてはまた寄り添い、指を絡めるように巻きついては、ほどけていく。その動きが、なぜか手をつないでいる二人のようにも見えて、ナナリーは慌てて目を逸らした。


 ただの魂の流れだ。そう分かっていても、自分とシノンのものだと思うと、じっと見ているのは妙に落ち着かなかった。


「こちらが、お二人の魂と身体をつなぐ流れでございます。本来であれば、金色は殿下の身体へ、うぐいす色はお嬢さんの身体へと、それぞれ真っすぐ伸びているべきものです。それが今、互いの身体へ伸び、さらに絡み合い始めております。そして、この絡み合いは、時間が経つにつれ、少しずつ強く、固くなっていく。魂というものは、器に馴染もうとする性質がございますので、長く同じ器に留まれば留まるほど、その器を自分の住まいと思い込むようになり、そうなると、引き剥がすのは容易ではなく、最悪の場合、二度と」


「待ってください」


 ナナリーは、思わず手を挙げた。シルヴァンの説明は、一文がとにかく長い。最初の方を噛み砕いているうちに、最後の方が始まってしまう。


 この辺で一度、自分の理解が追いついているのかどうか、確かめておきたかった。


「つまり、私と殿下は、お互いの部屋を間違えて使っているようなものですよね?」


「部屋、でございますか?」


「はい。最初は間違えただけだから、すぐに元の部屋へ戻れる。でも、ずっと住んでいたら、家具を置いたり、荷物を増やしたりして、だんだん自分の部屋になってしまうでしょう? そうなると、元の部屋へ戻るのも大変になるってことですよね?」


 シルヴァンは紫の瞳を何度か瞬かせた。それから、ゆっくりとシノンを見る。


「殿下。お嬢さんのおっしゃることは」


「おおむね、正しい」


 シノンが、ため息まじりに答えた。


「俺たちは、魂の流れが反対の身体へつながっていて、時間とともにその状態が固定されつつある。放っておけば、元に戻せなくなる危険がある。そういうことだな」


「左様でございます。殿下の方が、私よりずっと簡潔にまとめてくださいました」


 シルヴァンが感心したように頷いた。ナナリーは、自分の部屋のたとえが、少なくとも方向としては合っていたことに満足しかけて、ふと思い出した。


 家具を置いたり、荷物を増やしたり。王子の居室の、あの立派な書き物机の引き出し。勉強の合間にお腹が空いた時のために、先週、焼き菓子を二つほど、こっそりしまったばかりだった。三日前には、エルネットがくれたドロップの缶も一つ増えている。


「あの、殿下」


「何だ」


「一応ご報告しておくべきかと思って」


「何をだ」


「殿下のお部屋に、非常食を少し配置させて頂きました」


 シノンが、ゆっくりとこちらを向いた。自分の顔に、見たことのない種類の無表情が浮かんでいる。


「どこに」


「殿下の書き物机の、右の一番下の引き出しに」


「後で全部出しておいてくれ」


「え、全部ですか」


「全部だ。俺の部屋を、君の部屋にするな」


 自分のたとえが、思っていた以上に正しかったことを、身をもって証明してしまった。


 斜め向かいで、ジョルジュが静かに額を押さえている。


 シルヴァンだけが、なぜか興味深そうに頷いていた。


「たいへん分かりやすい実例でございます。そのように、魂が器を自分の住まいと思い込む過程というのは、まさに日々の小さな積み重ねによって」


「それで!」


 人の話を遮るのはいけないことだ。ただ、シルヴァンの場合、放っておくと、話がまた長くなりそうだったので仕方ない。


「いつまでに戻せばいいんですか」


 ナナリーが慌てて話を戻すと、シルヴァンは少しだけ残念そうな顔をした。


「絡み合いが最も緩むのは、事故が起きた夜と同じ形の月が昇る夜でございます。その夜に終了の術式を用いれば、最も負担なく、つながりを解くことができる」


 シルヴァンは、本棚から暦を取り出し、ページをめくった。指が、ある日付の上で止まる。


「次にその月が昇るのは、建国祭の夜でございますね」


 ナナリーとシノンは、顔を見合わせた。


 建国祭の夜。王妃が期限として示した、あの舞踏会の夜だった。元に戻れなければ、ナナリーが王子として、どこかの令嬢と最初の一曲を踊ることになる夜。そして今、元に戻るための最も良い夜にもなった。


 期限が、二つ重なった。ナナリーの胃が、焼き菓子一つ分の重さとは関係なく、きゅっと縮んだ。


 隣のシノンは、しばらくシルヴァンが広げた暦の日付を見つめていた。それから、手元の紅茶のカップを置き、顔を上げる。ナナリーの顔に浮かんでいたのは、先ほどまでの照れでも呆れでもなく、王子が謁見の場で見せるような、静かで硬い表情だった。


「一つ、伺ってもいいか」


「何なりと」


「あの夜、彼女が嗅いだ媚薬のことだ。瓶の中身は、規定をはるかに超えた濃度だった。君は、何か知っているか」


 シルヴァンの顔から、初めて穏やかな笑みが消えた。


 天井の窓から差し込む光が、ちょうど雲に遮られたのか、部屋の中がふっと暗くなる。紫の瞳が、一度だけ伏せられ、それから真っすぐにシノンを見返した。


「知っております」


 短い答えだった。シルヴァンがこれほど短く答えるのを、ナナリーは初めて聞いた。


「あれは、私が作ったものでございます」


 ジョルジュの右手が、外套の中で動いた。指先に、取り消しの術式の青白い光が、静かに灯った。

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