25 古本の行方
古本の購入経路が分かったのは、二日後だった。
ジョルジュは本と数枚の書類を抱え、王城の応接間へ戻ってきた。ナナリーはシノンの隣へ座り、兄がテーブルへ置く紙を見た。
「古書店の店主が、この写しを仕入れた相手を覚えていました。そこから帳簿を辿って、原本の所蔵先も確認できた」
「原本は、どこにあるの?」
ナナリーが身を乗り出すと、ジョルジュは一度、口を閉じた。
「それが、今は所蔵先にない」
「貸し出し中?」
「盗難に遭っている」
ナナリーは伸ばしかけた手を止めた。
ようやく必要な本が見つかったと思ったのに、誰かが持っていってしまったらしい。古い魔術書など、読みたがる人はそう多くないと思っていたが、困っている時に限って、ほかにも欲しい人がいるものだ。
「写しは、原本が盗まれる前に作られたものです。ただ、店に入るまでの間に傷み、最後の部分が失われたようですね。所蔵先にも、完全な写しは残っていませんでした」
ジョルジュは説明しながら、一枚の書類を手前へ引いた。
「それから、原本を持ち去ったと見られる人物ですが」
兄の指が、書類の一か所で止まった。ナナリーもそこへ目を落とし、記された名を読んだ。
「シルヴァンって、あの怪盗の?」
「ああ。最近、古い魔術書や魔道具を盗んでいる男だ」
ナナリーは、もう一度書類を覗き込んだ。
闇の魔術師シルヴァン。新聞で何度か見た名前だった。古い魔術に関わる品を狙い、捕まえに来た騎士や魔術師を煙に巻く。記事を読んだ時には、まるで推理小説に出てくる怪盗のようだと思った。
読む分には、面白かった。
しかし、盗まれた品が自分に必要な本だったとなると、話は別だ。逃げ方が鮮やかだとか、名乗りが格好いいとか、感心していた過去の自分へ、今すぐ訂正を申し入れたい。
「どうして、よりによって、その本を」
「古代魔術の資料だからだろう。ほかの盗難品も、伝説の魔術師ヤン・ミュラーにゆかりのある品ばかりだ」
シノンが書類へ目を落としたまま答えた。
ナナリーは、膝の上で手を握った。原本を見つければよいと思っていたのに、その前に、捕まらないことで有名な怪盗を探さなければならない。
「居場所は、分かっているの?」
「分かっていれば、魔術師団も苦労していない」
ジョルジュの返事には、少し疲れが滲んでいた。兄たちは、新聞の読者のように怪盗の活躍を楽しんでいるわけではないらしい。
「ただ、この原本の盗難も、シルヴァンに関わる事件として調べられている。担当者に話を聞いて、ほかの盗難品とのつながりも確認するつもりだ」
「では、次は、シルヴァンと原本の行方だな」
シノンの言葉に、ナナリーも頷いた。
やるべきことが分かるたび、次の仕事が増えていく。試験勉強を少し楽にしたかっただけなのに、いつの間にか、王都を騒がせる怪盗を追うところまで来てしまった。小説なら、ここから面白くなるところだろう。だが、ナナリーは自分が主人公になることまでは、望んでいなかった。
それでも、本が戻らなければ、自分たちも戻れない。
ナナリーは書類の端へ指を置き、盗難の日付から、もう一度読み始めた。知らない言葉がいくつかある。以前なら、難しそうだというだけで、その辺りを飛ばしていたかもしれない。
「お兄様。この盗難届、難しいところを教えてください。最初から、全部」
ジョルジュは一瞬だけこちらを見て、それから紙を二人の間へ寄せた。
ナナリーは渡された筆記用の紙へ、原本の所蔵先と、盗難のあった日付を書き始めた。丸くなった字の最後へ、いつもの癖で小さな花をつけかけて、慌ててペンを止める。
今日は、分からない箇所を書き留めるために、余白を残しておく必要があった。




