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『大樹の下の魔女』4

「……本当?」

「うん」


 お姉さんは笑った。


「君が欲しいならね」

「欲しい!」


 迷う理由なんてなかった。

 お姉さんは少しだけ目を細める。


「即答なんだね」

「だって強くなりたいから」

「そうか」


 お姉さんは僕の胸元へ手を伸ばした。


「じゃあ、この力の代わりに――」


 そこでお姉さんは一度、言葉を切った。

 僕は首を傾げる。木の葉ひとつ動かなかった。


「君は何をくれる?」

「……何を?」

「そう」


 お姉さんの指先が、僕の胸に触れた。


「私は力を君にあげられる。君は私に、何をくれるのかな?」


 意味がよく分からなかった。

 何かを貰ったら、何かを返す。それは分かる。父さんにも母さんにも、そう教わった。でも目の前のこの人に、僕が返せるものなんて……。


「僕まだ子どもだし、宝物もないし……」


 考えて、考えて、考えて。


「あっ、花の冠なら作ってあげられるよ。僕上手いんだ」


 お姉さんは、ふっと吹き出すように笑った。


「それじゃあ、ちょっと割に合わないかなぁ」

「でも僕には他に何も……」


 俯いて悩んでいると、お姉さんはまた笑った。


「なら、いつかくれればいい」

「いつか?」

「そう。君が大きくなった時にでも。それでいいかい?」

「うん」


 とても嬉しい気持ちだった。これから僕は、もっともっと強くなれる。いつかリディアを守ってあげられる。

 そのことで頭が一杯で、僕は自分の手の平ばかり見ていた。だからお姉さんがどんな顔をしていたのかは、見ていなかった。


「さぁ。もう一度使ってみな」


 お姉さんの手が離れる

 僕は頷いて、手を前へ出す。魔力を集める。

 すると今までとは比べものにならないほど、簡単に魔力が集まってきた。呼ぶまでもなく、向こうから寄ってくるみたいに。

 魔法陣が浮かぶ。大きい。その中心へ、水が集まっていく。拳ほど。頭ほど。更に大きく。


「……すごい」


 水の塊は、僕の身体よりも大きくなった。意識を向けると、ゆっくり空へ持ち上がる。

 もっと。もっと高く。

 魔力が、血のかわりに身体中を巡っているみたいだった。胸から腕へ、腕から指先へ。熱いのに澄んでいる。手の平の向こうで空気がびりびりと震えて、耳の奥では水の鳴る音が、遠い川の音みたいに低く唸っていた。

 水が空へ昇っていく。


「すごい……!」


 自然と笑いが零れた。

 こんな魔法、初めてだった。自分の力では絶対にできなかった。でも今は、できる。

 僕にも。出来るんだ。


「もっと……!」


 嬉しくなって更に魔力を流す。

 水が膨れ上がる。枝を覆いつくすほどの大きさになって、木漏れ日が遮られた。足元に水の色をした影が落ちる。見上げた首が痛いくらいなのに、目が離せない。

 自分がこんな魔法を使えていることが、楽しくて、楽しくて、しょうがなかった。


「イルヴァ」


 低く、静かな声だった。

 それだけで浮かれていた頭に、すっと冷たいものが差した。


「そのくらいにしておいた方がいいよ」

「えっ?」

「まだ身体が慣れてない」


 僕は言われた通り、魔法を止めた。

 支えを失った水の塊が崩れる。どうっ、と地面が鳴った。大量の水が草を叩き、飛沫が足もとまで跳ねる。濡れた草の匂いがむせるほど立ち昇った。


「……はぁ、はぁ」


 息が荒い。膝が少し笑っている。でも疲れているのとは、ちょっと違った。身体の中には、まだ力が残っている。いつもならとっくに魔力が尽きているはずなのに。


「すごい……」


 自分の手を見た。まだ指先に熱の名残がある。


「僕、こんな魔法使えたんだ」

「新しい玩具に興奮する気持ちは分かる。でも、あんまり燥ぎ過ぎちゃいけないよ」

「僕、もっと強くなれる?」

「身体と技術。自分に足りないものをしっかりと見極めるんだ。そして経験を積めばね」

「うん! ありがとう、お姉さん!」


 お姉さんは太陽のように優しい笑みを浮かべて、僕の頭を撫でた。髪を梳くように動いた手が、ゆっくりと頬へ滑る。

 そしてお姉さんの顔が近づいた。頬に柔らかな感触が触れる。ほんの一瞬だった。甘い果実のような匂いがした。

 僕はそれを知ってる。母さんが毎晩寝る前に、おでこに優しくしてくれるのと同じだ。


「じゃあ、またね」

「うん! またね!」


 お姉さんは立ち上がると、歩き出した。僕は手を振る。けれどお姉さんは一度も振り返らなかった。長い髪を揺らして、草原をまっすぐに遠ざかっていく。

 止んでいた風が、いつの間にか戻っていた。草が波打つ。枝がさわさわと鳴る。世界の音が、ゆっくりと元に戻ってくる。

 僕は手を下ろすのも忘れて、暫くその背中を見送っていた。頬にはまだ、柔らかな感触が残っていた。

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