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『大樹の下の魔女』4

 風が止んだ。枝の音も消えた。耳の奥が詰まったみたいに、世界から音が引いていく。その代わり、腕の産毛がぞわりと逆立った。何かが集まってくる。目に見えるよりも先に、僕にはそれが分かった。

 でも僕の知っている魔法とは、まるで違う。

 お姉さんの手の前に、魔法陣が浮かび上がった。淡い光を帯びた線が、糸のように編まれて円を描いていく。


「……すごい」


 声が勝手に零れた。

 魔法陣の中心に、水が集まっていく。最初は拳ほど。それがみるみるうちに膨らんでいく。僕の頭ほどになって、それでも止まらない。

 透きとおった水の中で、木漏れ日がゆらゆら揺れていた。


「これが……魔法?」

「そう」


 お姉さんが、軽く手を振る。

 水の塊が空へ飛んだ。少し離れたところで、弾ける。

 ざあっ、と大量の水が雨になって降り注いだ。

 細かな雫が風に乗って頬に当たる。冷たい。草の匂いが一気に濃くなる。僕は口を開けたまま空を見上げていた。

 自分の炎とは、あまりにも違う。同じ「魔法」のはずなのに。


「まぁ、こんなものはほんのお遊びだよ」

「もう一回見たい」

「ふふ」


 お姉さんが、喉の奥で笑った。


「魔法、好きなんだね」

「うん」

「じゃあ、使ってみる?」

「えっ?」


 お姉さんが僕を見る。


「繋げてあげる」

「……どういうこと?」

「まぁ見てて」


 お姉さんは取っていた距離を一気に詰め近づいた。

 僕は思わず、身構る。


「怖い?」

「……ちょっと」

「そうだよね」


 お姉さんは笑った。責めるでもなく、むしろその答えを待っていたみたいに。


「でも、大丈夫」


 そう言って僕の胸元へ手を伸ばした。指先が服越しに触れる。

 その瞬間。身体の奥で、何かが震えた。


「……え?」


 胸の奥から、今まで感じたことのないほど大きな力が流れ込んでくる。

 ずっと閉じていた扉が、内側から押し開けられていくみたいだった。

 お姉さんの手の前に、さっきとは違う魔法陣が浮かぶ。複雑で良く分からない。

 そして淡い光が、胸の前で光り始める。温かい。痛くない。むしろ身体の奥で眠っていた何かを、そっと揺り起こされたようだった。

 魔法陣は暫く光っていたけれど、やがて静かに消えた。


「……終わり?」

「うん」

「何をしたの?」


 お姉さんは、いたずらでも仕掛けるような笑みを浮かべて僕の手を取った。


「さぁ」

「えっ?」

「私がやった水の魔法やってごらん」


 言われた通り手を前へ出す。

 魔力を集める。

 いつもならすぐに底が見える。両手で掬った水みたいに、指の間から零れていく。なのに今日は違った。身体の奥から次々と力が湧いてくる。まるで枯れる事のない湧水のように。

 それは不思議な感覚だった。


「……えっ?」


 魔法陣が浮かんだ。見たこともないくらい大きい。

 その中心に、水が集まっていく。拳ほど。頭ほど。それでもまだ膨らんでいく。


「うわぁ……」


 水の塊が空へ浮かんだ。意識を向けるとそれはさらに高く昇っていく。指先と水が、見えない糸で繋がっているみたいに思い通りに動いた。


「すごい……!」


 気づけば笑っていた。

 さっきまで指先ほどの炎しか出せなかったのに。今は目の前に大きな水の塊がある。


「どう?」

「すごい!」


 僕は振り返った。


「これ僕がやったの?」

「そうだよ」

「僕にもできた!」


 嬉しくてたまらなかった。今まで何度練習しても大した魔法は使えなかった。それがたった今、僕の手で。


「ありがとう!」


 お姉さんは少しだけ目を丸くして、それから楽しそうに笑った。


「そんなに喜ぶんだ」

「だって、ずっとやりたかったから」

「そう」


 お姉さんは僕を眺めている。


「君、本当に魔法が好きなんだね」

「好き」


 即答だった。


「たっくさん練習して、もっとすごい魔法を使いたい」

「どうして?」

「強くなりたいから」

「強くなって、何をするの?」


 昨日、リディアにも同じことを聞かれた。

 僕は少し考えた。


「……リディアを守りたい」

「リディア?」

「幼馴染なんだ」

「へぇ」


 お姉さんが興味深そうに眉を上げる。


「その子、強いの?」

「すごく強い」

「君より?」

「うん」

「じゃあ、守る必要なんてないんじゃない?」

「それでも」


 僕は、自分の手を見つめた。

 昨日の稽古でもコテンパンにされたこの手を。


「でも……いつかは僕のほうが強くなりたい」


 お姉さんは暫く黙っていた。

 それからふっと笑った。


「なるほどね」

「何?」

「いや。面白いなと思って」

「僕が?」

「うん」


 お姉さんは笑みを浮かべたまま、僕を見つめていた。瞬きもせずに。

 そしてゆっくりと口を開く。


「それなら、力をあげようか?」

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