第6話 『三年間』
翌日。ガルドさんはセレナさんを連れて、大樹の下へやって来た。
朝の光が枝の隙間から零れて、草の露をきらきらと光らせている。いつもの練習場所なのに、ガルドさんの大きな影が落ちるだけで、空気がぴんと張りつめた気がした。
「改めて自己紹介するわね」
銀灰色の髪の女性が、僕たちを見る。
「セレナ・ヴァルディス。王国魔術師よ」
「イルヴァ・ラウデンです」
「リディア・エルフェルトです」
二人で背筋を伸ばして名乗る。
「よろしく」
セレナさんは短く頷いてそれから僕を見た。
その視線が少し不思議だった。
僕を見ているのにほんの少し手前で、何かを測っているみたいな目。くすぐったいような、居心地の悪いような感じがして、僕は小さく足を踏み替えた。
「……?」
「あなた、魔法を使えるのよね?」
「はい」
「少し見せてもらえる?」
「分かりました」
僕は右手を前へ出した。
目を閉じて魔力を探す。そこから流れを引き出して、腕へ、指先へ。術式を組む。
手の前に小さな水の塊が生まれた。ひやりとした感触が、手の平をくすぐる。ふるふると揺れる水の中で、朝の光が細かく砕けた。
セレナさんの目が、わずかに細くなる。
「もう一度」
「はい」
言われた通り、もう一度。
水が生まれる。
セレナさんは、暫く黙っていた。
風が葉を揺らす音だけが、僕たちの間を通り抜けていく。
「……珍しいわね」
「え?」
「あなた、魔力が多いわ」
「そうなんですか?」
「ええ。この年齢にしては、かなり」
セレナさんは、僕をじっと見る。
決めつける調子ではなかった。珍しい草花を見つけた時みたいな静かで、でも逸らさない目だった。
「興味深いわね。これだけの魔力を持っている子は、なかなかいないもの」
僕には、よく分からなかった。
……お姉さんからもらったものだからだろうか。
胸の奥であの日の熱が、ふっと疼いた気がした。でもそれを口に出す前に、セレナさんが続けた。
「でも、子どもは読み間違える事も珍しくないの。だまだ分からないけどね。それに魔力量が多いこと自体は、悪いことじゃないもの」
「そうなんですか」
「ええ」
セレナさんは頷いた。
それなら、と僕は思った。魔力が多いならもっと大きな魔法も、もっとたくさんの魔法も使えるはずだ。そう思ったのが顔に出ていたのかもしれない。
「ただ、魔力が多いだけでは、魔法は上手くならないわ」
セレナさんが僕の前に立つ。
「魔法は、魔力をただ放出するだけじゃない。どこへ流して、どう変えて、どんな形にするか。それを決めるのが術式よ」
僕はじっと聞いた。
「……難しい」
「そうでしょうね」
セレナさんは、少し笑った。口の端がほんの少し動いただけだったけれど。
「だから覚えるのよ」
その日から僕の魔法の勉強が始まった。
*
ガルドさんとセレナさんが村に来てから、僕たちの毎日は少しだけ変わった。
それまで僕とリディアは、ずっと二人で訓練していた。リディアが剣を振る隣で、僕が魔法を使う。疲れたら一緒に休んで、夕方になれば一緒に帰る。
ずっとそんな毎日だった。
でも二人が来てからは違った。
「イルヴァは私と来て」
「うん」
「リディアは俺だ」
「はい」
朝、大樹の下で待ち合わせてそこから別々の道へ分かれる。
僕はセレナさんと、村外れの空き地へ。リディアはガルドさんと、森沿いの道へ。
振り返るとリディアの背中が、ガルドさんの大きな背中の横で小さく揺れていた。
いつも隣にあった背中が、少しずつ遠ざかっていく。
最初は少し変な感じがした。隣の空気が、すうすうする。手を伸ばせば届く場所に誰もいない。
でもそんな日々も、何日か続けば少しずつ当たり前になっていった。
夕方になればまたここで会える。
そう思えば足はちゃんと自分の訓練の方へ向いた。
*




