第9話 地獄の水着クエスト発生
宿屋での地獄のような晩餐を乗り越えた翌朝。
俺たちは自爆を防ぐ『魔力吸収の外套』を作るための希少素材――『幻水蜘蛛の糸』を手に入れるべく、再び王都の冒険者ギルドへとやってきた。
「ツナグ様、おはようございますっ! 何か有益な情報は得られましたか?」
ギルドの扉をくぐるなり、受付嬢のマリアがパタパタと小走りで駆け寄ってきた。
相変わらず、にっこりと完璧な営業スマイルを浮かべた、清楚で可憐な看板娘だ。
(よかった、普通に対応してくれてる。昨日見たあのヤバい目は、俺の気のせいだったか)
俺は少しだけホッとしながら、いつもの『クール系主人公』の仮面を被り、極低音のウィスパーボイスでボソッと要件を告げる。
「……あぁ。『幻水蜘蛛の糸』を探している。クエストはないか」
(よし、シンプルかつ的確に情報を要求できたぞ!)
だが俺は気づいていなかった。
マリアが完璧な笑顔の裏で、とんでもないことを考えていることに。
(あああっ……! ツナグ様のその短く冷たい命令口調、最高ですっ! まるで私を都合の良い道具として扱っているみたい……! もっと、もっと私を顎で使ってぇぇ……っ!)
彼女は両太ももをギュッと擦り合わせながら、脳内で欲望を大爆発させていたのだ。
もちろん、コミュ障の俺にそんな彼女の本性など見抜けるはずもなく。
「幻水蜘蛛の糸、ですか……。市場には滅多に出回らない超希少素材ですね。本来、あそこは高ランク限定の危険地帯なので、登録したてのFランクでは絶対に入れません。普通の受付なら門前払いですが――」
マリアはウインクを一つ落とすと、カウンターの下からガサゴソと古びた依頼書を取り出してきた。
「ツナグ様にはギルドマスターの紹介状がありますし、セレスティア様もいらっしゃいます。私が『特別クエストの監査役』として同行するという条件で、特例の入場許可を取っておきました♡」
(えっ!? あるの!? ていうかただの受付嬢なのに、Fランクの特例許可を勝手に取ってこれるの!? 権限どうなってんの!? まあ、助かるけど!)
「王都の北に位置する『深蒼の地下湖』。そこに幻水蜘蛛が生息しているという未公開の情報があります。ただ、少し厄介な場所でして……」
「厄介、とは?」
セレスティアが眉をひそめて尋ねると、マリアはもったいぶるように人差し指を立てた。
「そこは、極めて濃密な水魔力が充満しているダンジョンなんです」
「濃密となるとただじゃすまないですね」
ルミナは顔を引きつり、冷や汗をかいていた。
「ええ。普通の防具や布地など、面積の多い服を着て入ると、空気中の水分を際限なく吸い込んでしまうんですよ」
マリアの言葉に、俺は嫌な予感を覚えた。
(服が水を吸う……? それってつまり……)
「そのまま進めば、服の重みで身動きが取れなくなるか、最悪、肺にまで水が入り込んで溺死してしまいます」
「なんと……。ならば、重装備の騎士には極めて不利な環境というわけだな」
セレスティアが悔しげに呟く。
「そこで! ギルドからのご提案です♡」
マリアはパチンとウインクをした。
にっこりと微笑むその口元の端にある小さなホクロが、彼女の清楚な顔立ちに、どこか隠しきれない淫靡さを漂わせている。
(なんだろう、この受付嬢の笑顔、綺麗なんだけど……妙に背筋がゾクゾクするぞ?)
「探索するには、布の面積を極限まで減らし、かつ特殊な撥水コーティングが施された装備……『専用の魔法水着』を着用していただく必要があります♡」
「「み、水着……っ!?」」
ルミナとセレスティアが同時に声を上げ、顔を真っ赤にした。
(みっ、水着!?)
俺の心臓がドクンッ! と跳ね上がった。
『対象の思考から【強い性的興奮への予感】を感知。肉体負荷ゲージ:15%……30%……』
(待て待て待て待て!! 絶世の美女二人の水着姿なんて見たら、自爆までのカウントダウンが一気に進んじゃう!! いや絶対その場で爆発する!!)
安全なスローライフのために外套が欲しいのに、その素材を取りに行ったら水着イベントが発生して爆発する。
なんだその地獄のデスゲームは!
「そ、そのような破廉恥な格好で魔物と戦うなど……っ! 騎士として、いかがなものかと……っ!」
「わ、私だって、ツナグ様の前でそんなハレンチな格好……恥ずかしくて無理ですぅ……っ!」
二人のヒロインがモジモジと身をよじらせている。
俺は心の中で「そうだそうだ! 絶対やめよう! 別の方法を探そう!」と激しく同意していた。
だが、ここでマリアがとどめを刺すように微笑んだ。
「でも、これを逃せば幻水蜘蛛の糸はいつ手に入るかわかりませんよ?」
「っ……!」
その言葉に、ルミナとセレスティアの表情が一変した。
恥じらいは消え去り、そこにあるのは主君のために命(と羞恥心)を投げ出す、悲壮なまでの決意。
「……致し方ありません。ツナグ様の命には代えられない。このセレスティア、肌を晒してでも必ずや糸を持ち帰ってみせます!」
「わ、私もっ! ツナグ様のためなら、水着くらい……っ!」
(やめてえええええ!! 俺のために脱がないでえええええ!! 逆に俺の命が縮むからぁぁぁ!!)
俺の悲痛な本音など届くはずもなく、話はトントン拍子に進んでいく。
俺は顔面を硬直させ、あえて目を伏せてボソッと呟いた。
「……無理はするな。お前たちは、俺の背後に隠れていればいい」
(水着姿のお前らが視界に入ると爆発するから、俺の背後から絶対前に出るなよ! 俺は目を瞑って適当に腕振ってるから、お前らは後ろで安全にしててくれ!)
だが、その『俺の視界に入るな(見たくない)』という防衛策は、ヒロインたちに致命的な勘違いを引き起こす。
「なんというお優しさ……! ご自身の命がかかっているのに、私たちの羞恥心を気遣い、見ないようにしてくださるなんて……!」
「ツナグ様、ご心配には及びません! この命と誇りに代えても、私たちが前衛に立ちツナグ様をお守りします!」
(だから違うって! お前らが前衛に出たら、俺の視界に水着が入って俺が死ぬんだって!!)
「ふふっ、素晴らしい絆ですね♡ では、私も特別クエストのためギルドの案内役兼、記録係として同行させていただきますね! もちろん、私も水着を着ますよ♡」
マリアがペロリと舌を出して、爆弾発言を投下した。
(お前も来るんかい!! 美女三人の水着とかオーバーキルすぎるだろ!!)
「あ、それとツナグ様。もう一つだけ♡」
「……?」
「そのお召し物では『転移者』だと一目でわかってしまい、道中で悪目立ちしてしまいます。ギルドの裁量で、冒険者らしいお洋服を支給させていただきますね!」
そう言うとマリアは、カウンターの奥から一着の服を大事そうに抱えて持ってきた。
それは、体にフィットするダークグレーのシャツと、漆黒の戦闘用スラックスだった。
「ツナグ様の気高い雰囲気に合わせた、実用的で素敵なコーディネートですよ♡」
マリアはにっこりと清楚な笑みを浮かべている。
だが、その脳内はドス黒い欲望で煮えたぎっていた。
(あああっ……! 私の独断と趣味を100%詰め込んだ、冷酷でドSな御方に絶対似合う漆黒の衣装っ! これを着て私をゴミを見るような目で見下してぇぇっ!)
マリアが両太ももを擦り合わせながら内心で発情していることなど、知る由もない俺だったが。
(……さっきからマリアの瞳の奥の『渦巻き』が、グルグルと回転しているように見えるんだけど……。口元のホクロも相まって、なんか本能的な危機感を感じる……!)
「あ、そうだわ。ツナグ様、護身用の武器などはよろしいのですか?」
マリアがカウンターの奥から、貸し出し用の剣やナイフを勧めてくる。
(冗談じゃない! 俺、昨日まで日本の大学生だぞ!? 剣なんか持ったら「いざという時は戦えますよ」ってアピールしてるみたいで、前衛に出されかねない!)
俺は絶対に後衛から動かない(戦わない)という意思を示すため、極低音のウィスパーボイスで冷たく言い放った。
「……不要だ。俺の『拳』があれば事足りる」
(戦わないから武器なんかいらないって意味だよ! っていうか持ってても使い道ないし!)
「っ……! いかなる魔物を前にしても、己の肉体一つで粉砕できるという絶対の自信……! さすがはツナグ様です!」
セレスティアが勝手に感動する。
「素手で魔物を蹂躙するお姿、見たいですぅ!」
マリアは鼻息を荒くしている。
「さぁツナグ様、サイズの確認もございますので、今すぐそこの更衣室で……いえ、私が直接お着替えのお手伝いをいたしますね♡」
「お、お待ちくださいマリア殿! ツナグ様のお着替えならば、騎士である私が手伝うのが筋というもの……っ!」
「ずるいですっ! 私だってツナグ様のお着替え、見たい……いえ、お手伝いしたいですっ!」
(なんでお前らの前で着替えなきゃいけないんだよ!!)
三人の美女(うち一人はガンギマリの目)がジリジリと迫ってくる。
俺は心拍数の上昇(自爆の危機)を感じて冷や汗を流し、逃げるように服をひったくって更衣室へと駆け込んだ。
こうして俺たちは、支給された冒険者服に着替え、マリア特製の魔法水着を手に、俺の命を救う(俺を爆発させる)ための、深蒼の地下湖へと向かうことになったのだった。
ちなみに服のサイズは完璧だった。




