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第8話 極上の異世界飯

 大魔導士ヴァニアの館を出て王都へ戻る頃には、空はすっかり茜色に染まっていた。

 思えば、トラックに轢かれかけてこの世界に転移してから、怒涛の一日だった。

 俺の体力と胃袋は、とっくに限界を迎えていた。


「ツナグ様。本日は私の定宿にご案内いたします。まずは食事を摂り、お体を休めてください」


 案内されたのは、王都の騎士や上位冒険者が利用するという、小綺麗で落ち着いた宿屋の食堂だった。

 テーブルには、香草でローストされたホーンラビットの肉や温かいスープなど、美味そうな料理が並べられる。


「さぁ、ツナグ様。たくさん召し上がってくださいね!」


 ルミナがニコニコと笑いながら、俺の隣にピタリと座ってきた。

 反対側には、セレスティアが当然のように鎮座している。

 二人とも、どこか頬を赤く火照らせ、呼吸が荒い。


(……ヴァニアのばあさんが言ってた通りだ。俺の残熱フェロモンのせいで、二人とも理性が飛びかかってる!)


「ツナグ様。お肉を切りました。さぁ、あーん、してくださいっ!」


 ルミナがフォークに刺した肉を、俺の口元へと運んでくる。

 近づいたら俺が爆発すると頭では分かっているはずなのに、アスモデウスの魅了に当てられた彼女の瞳はとろんと潤み、本能のままに距離を詰めてきているのだ。


 ドクンッ!!

『対象からの【強い欲求と接触の予感】を感知。肉体負荷ゲージ:30%……40%……』


(うわあああ! メーターが上がる! 断りたいけど、魅了されてる状態の女の子を邪険に突き飛ばすなんてコミュ障には無理だ!)


「お、お待ちくださいルミナ殿……っ! 主君の食事の世話は騎士である私の……っ、はぁ、はぁ……さぁツナグ様、こちらのスープを……っ!」


 セレスティアも必死に騎士の理性を保とうとしているが、鎧から覗く谷間を押し付けるように、スプーンを突き出してくる。


 ジリ、ジリリリッ!


 俺の心拍数の上昇に呼応するように、ヴァニアに描かれた手の甲の『浪費の刻印』が、火傷しそうなほど熱を帯び、真っ赤に激しく明滅し始めた。


(ヤバい! 刻印のアラームが鳴ってる! 胸の奥のマグマ(残熱)が溢れそうになってる! キスしなくても、この過剰なスキンシップだけで俺は爆発するんだよぉぉ!!)


 俺は極度のパニックに陥り、全身の筋肉をガチガチに強張らせた。

 ――その瞬間だった。


 グシャァッ……!!


「「えっ……?」」


 嫌な金属音が響いた。

 俺が緊張のあまり無意識に強く握りしめていた「銀のフォーク」が、無限乗算された異常なステータスによって、まるで飴細工のようにひしゃげ、指の間から粉々になってこぼれ落ちたのだ。


 さらに、カンスト寸前のステータスを持った俺が「息を止めて硬直している」ことで、俺の体から凄まじい威圧感プレッシャーが漏れ出していた。


 肌を刺すような絶対者の覇気に、二人の動物的な危機察知本能が反応する。

 その瞬間、二人を狂わせていた魅了は、冷水を浴びせられたようにスッと引き潮のように消え去っていった。


(や、やばいッ!! 宿の備品壊しちゃった! 一文無しなのに弁償なんて絶対無理だから!!)


 俺は別の意味で冷や汗を流し、この失態をなんとか誤魔化すために、目を伏せて極低音のウィスパーボイスでボソッと呟いた。


「……すまない。少し、気が散ってな」


(備品壊してごめんなさい!)


 しかし、砕け散った金属片を見た二人は、顔を真っ青にしてその場に平伏した。


「も、申し訳ありません……っ! 私としたことが、魅了の力に負けて、主君の静かなお食事の時間を汚すような真似を……!」

「私など、あろうことか色仕掛けでツナグ様に迫ろうとしてしまうとは……! 言葉も出ないほどの静かなお怒り、ごもっともです……っ!」


『対象の【強い自省と後退】を感知。接触の解除、心拍数減少により、肉体負荷ゲージが低下します:70%……10%……』


(あっぶねぇ! てか怒ってないよ! 備品代請求されませんように)


 俺の悲痛な心の叫びは届かず、二人は反省し正気を取り戻してくれたのだった。


 なお、粉々になった銀フォークの弁償代だが――後でこっそり宿の主人に確認したところ、「上位冒険者様はよく力加減を間違えなさるので、カトラリーの予備は山ほどありますからお気になさらず!」と豪快に笑って許してくれた。

 上位冒険者、御用達の宿で本当に助かった。


 とりあえず自爆と借金の危機を脱した俺は、ようやく目の前の料理――香草でローストされたホーンラビットの肉に手をつけることができた。


 一口、口に運ぶ。

 ……その瞬間、俺の脳内に衝撃が走った。


(うっ、まっ……!? なにこれ、肉汁が旨味の爆弾みたいで唾液が止まらん! スパイスの香りが絶妙で口の中で広がり、肉がとろける! 横のスープも濃厚で後味もめちゃくちゃ美味い!!)


 現代日本のコンビニ弁当や学食ばかり食べていた非モテ大学生にとって、ファンタジー世界の本格的な手作り料理は、まさに革命的な美味さだった。

 俺は感動のあまり涙が出そうになるのを必死に堪え、クールキャラのポーカーフェイスを維持したまま、無言で、しかしものすごいスピードで料理を平らげていく。


 だが、その俺の「静かなる爆食」を見た二人は、またしても胸の前で手を組み、感極まったように瞳を潤ませていた。


「ああ……ツナグ様、そんなにお腹を空かせていらっしゃったのですね。それなのに、私たちが愚かにも迫ったせいで、食事を我慢させてしまって……」

「なんと気高い御方だ。食事姿も美しい……! まさに王族のテーブルマナーです!」


(違う! 美味すぎて止まらないのと、何話したらいいかわからないから黙って食ってるだけだ!)


 ただ腹を空かせた大学生が猛スピードで飯を食っているだけなのに、「空腹でも礼儀を忘れない気高き英雄」という勘違いが強固になっていく。

 俺は心の中でツッコミを入れながらも、出された料理を最後の一滴まで綺麗に完食したのだった。



***



 食後、部屋割りの問題が発生した。


「ツナグ様には一番良い特別室を手配しました。もちろん、お世話のために私とルミナ殿も同室で――はぁ、はぁっ……」


(また魅了が戻ってきてる! 同室なんて絶対に自爆するわ!)


「……不要だ。俺は、一人でいい」


 俺が食い気味に(クールに)断ると、二人はハッと我に返り、「……また魅了に負けてツナグ様に近づこうとしてしまった……そこまで私たちのお気遣いを……」と勝手に感極まってくれた。


 こうして、どうにか一人でベッドに潜り込むことに成功した俺は、死んだように眠りについた。

 明日、あのマリアという受付嬢がいるギルドで、地獄の素材探し(水着イベント)の依頼を受けることになるとも知らずに――。

本作をお読みいただきありがとうございます!

いよいよ水着イベントです!お楽しみに


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