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第5話 ギルマスの色仕掛け

 俺の口から放たれた安堵の『ため息』が、重厚なギルドの扉とAランク冒険者を遥か彼方へと吹き飛ばしてから数分後。

 静まり返ったギルド内に、コツカツとヒールの音が響いた。


「やれやれ。うち、自慢の防魔扉ぼうまとびらを、ただの風圧で消し飛ばすとはね。剣姫がとんでもない規格外を拾ってきたという噂は本当だったか」


 2階から降りてきた女は、壊れた扉と吹き飛んだ床を一目見ただけで、おおよその被害額を計算し終えたような顔をしていた。

 扉だけじゃない。

 床板も梁も持っていかれている。

 そんな現実を、彼女は一瞬で見抜いた。


 首には純白のファー、胸元が大きく開いたドレスと、キセルを持つその姿は、『ギルドマスター』のような風格を漂わせているダークエルフだった。

 その豊満な胸の谷間には、艶ぼくろが一つ、色っぽく主張している。


(うわっ、大人の色気がすげえ! しかもあのホクロ、めっちゃ目が行く……っ!)


 ドクンッ!

『対象の【視覚的刺激】による心拍数上昇を感知。肉体負荷ゲージ:35%……40%……』


(いかん! 見とれてたらメーターが上がる!)


「キュウ!」


 ファーが突如動き出し鳴き声を上げた。


(か、かわいい!)


 フェレットみたいに細長い体に、額へ赤い宝石を埋め込んだ不思議な生き物だった。


「こら! お客さんに威嚇しないの」


 俺が可愛いマスコットに視線を奪われていると、彼女は俺の目の前まで歩み寄り、妖艶に微笑んだ。


「ギルドマスターのクロエだ。君、名前は?」


(げっ、やっぱりギルマス!? 絶対に扉の弁償を請求される! どうしよう、俺、異世界のお金なんて一銭も持ってないぞ!)


 焦る俺の横で、受付嬢のマリアが、なぜか熱を帯びた瞳で俺を見つめている。


(なんなんだあの受付嬢の目は! なんかガンギマリで怖い! 別の意味で心拍数上がりそう!)


 俺は冷や汗をかきながら目を伏せ、ラノベ主人公になりきり極低音のウィスパーボイスでボソッと答えた。


「……ツナグだ。扉は……脆すぎたな」


(ごめんなさい! 弁償から逃げるために「扉がショボかったから壊れた」って責任転嫁する最悪のセリフになっちゃった!)


 しかし、クロエは怒るどころか、目を丸くして楽しげに笑った。


「ハッ、王都のギルドの特注防魔扉を『脆い』と切って捨てるか。あれ、金貨百枚は下らない頑丈な業物なんだけどねぇ」


(き、金貨百枚!? そ、そんなん一生かかっても絶対払えないのでは!)


 内心で絶望して顔面を硬直させる俺に、クロエはキセルの煙をふっと吐き出しながら、しなやかな足取りで距離を詰めてきた。

 豊満な胸の谷間が強調されたドレス姿の彼女が、妖艶な笑みを浮かべて俺の耳元に顔を寄せる。

 ふわりと、大人の女性特有の甘く危険な香りが漂った。


「どうする? お金がないなら、別の形で働いてもらう手もある。……たとえば、その常識外れの体でね」


(うわあああ! 大人のセクシーお姉さんからのド直球な誘惑!? やめろ、ただでさえ残熱があるのに、これ以上ドキドキしたら爆発のカウントダウンが進んじゃう!)


「なっ……! ギルドマスターとはいえ、ツナグ様に破廉恥なことを言わないでください! お金なら、私がクエストで少しずつ返しますから!」

「いかにも! このような神域の御仁を、安い色仕掛けで試そうなどと無礼千万!」


 俺がパニックを起こす寸前、顔を真っ赤にしたルミナと、剣の柄に手をかけたセレスティアが、俺を庇うようにサッと間に割って入った。


(二人ともありがとう! マジで助かるけど、情けないな……俺)


 俺は盾になってくれた二人の背中に感謝しつつ、必死に心拍数を抑え込む。

 俺はクール主人公の仮面を被り、クロエの色香から視線を逸らしてボソッと答えた。


「……興味ないな。安く売るつもりもない」


(くぅぅ、痛い! でもこうやってキザに突き放さないと、誘惑に負けて自爆するんだよ!)


 俺の必死の防衛策と、二人の美少女の過保護な対応を見たクロエは、パチリと瞬きをした後、さらに深く面白そうに目を細めた。


「ふふっ、ははははっ! 大した男だ。私にここまで顔を近づけられても微塵も動揺を見せず、これほどの女たちを従えておきながら主の余裕を崩さないとはね。……いいだろう、気に入った。今回の扉の件は不問にしてあげるよ」


「っ!」


「それに、その尋常じゃない魔力の残滓。君、体の中に途方もない熱を溜め込んでいるね? 放っておけば、いずれ自分の体の方がもたないよ」


 ビクッ、と俺の肩が揺れる。

 ステータス画面に表示されている【魔力:35(※残熱蓄積)】のことだ。


「……わかるのか」


「ああ、稀に見かける体質だ。このまま放置すれば、いずれ君の体が保たなくなる。……街外れに住む私の知り合いを訪ねな。あいつなら、君のその奇妙な状態を『診断』できるはずだ」


 クロエがさらさらとペンを走らせて紹介状を渡し、奥で連絡を取っていた。


「街外れ……もしや、かの伝説の大魔導士ヴァニア様ですか!?」


 その名を聞いたルミナとセレスティアが、雲の上の存在に会えるのだとパッと顔を輝かせた。


 こうして俺は、クロエの紹介状を手に、ルミナたちと共に王都の郊外にある古い館へと向かうことになった。

 伝説の大魔導士。

 俺の「爆発体質」に、ようやく答えを出せるかもしれない相手だった。


 なお、ギルドを出る際、受付嬢のマリアから「ツナグ様ぁ、いつでも私に……いえ、クエストを受けに来てくださいね♡」と名残惜しそうに見送られたが、怖かったので全力で目を逸らした。


(とにかく、これで俺の自爆問題もなんとかなるはずだ。早く治して、平穏なスローライフを送るぞ!)


 俺は、わずかな希望に胸を撫で下ろしていた。

 だがこの時の俺はまだ知らなかったのだ。

 この後、伝説の大魔導士から下される『診断結果』が――俺の平穏なスローライフの夢を完全に打ち砕く、最悪の「絶望デスゲーム」の始まりに過ぎないということを。

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