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第4話 ため息でAランク冒険者を圧倒

 王都エルディスの巨大な城壁を抜け、俺たちは冒険者ギルドへとやってきた。

 屈強な戦士や魔法使いが行き交う、王都に相応しい豪勢なギルド。

 まさにファンタジーな活気あふれる空間だ。


 しかし、俺がギルドに足を踏み入れた瞬間、室内の喧騒がピタリと止んだ。


「おい、見ろよあの男の服……」

「間違いない、お伽話の英雄、『転移者』だ!」

「しかもあの剣姫様が直々にエスコートしてるぞ……! 一体どれほどのバケモノなんだ!?」


 周囲の冒険者たちから、期待と畏敬の入り混じった熱い視線が一斉に突き刺さる。


(うわあ、現代の服のせいで転移者だってバレバレじゃん! ハードル上がりまくってて胃が痛い……っ)


「まずはツナグ様のギルド登録ですね。こちらの受付へどうぞ」


 セレスティアに案内され、俺は受付嬢の前に立った。


「ようこそ冒険者ギルドへ! 担当受付のマリアと申します。……っ! その見慣れぬ御召し物、もしや転移者様でいらっしゃいますか!?」


 おっとりとした雰囲気の可愛い受付嬢――マリアは目をキラキラと輝かせる。

 口元のホクロを上げて、かつてないほどの最高級の笑顔を向けてきた。


 どうやら、彼女の目の前にある『鑑定の水晶板』に手をかざすだけで、ギルドカードが発行される仕組みらしい。


「さぁ、転移者様! どうぞ水晶に手を! きっと『勇者』や『賢者』などの伝説級の職業が顕現するはずですわ!」


(頼む、異常な数値とか出ないでくれよ……!)


 不安と淡い期待を抱きながら、水晶板にそっと手を乗せる。

 ピロン、と軽い音が鳴り――水晶板にステータスが浮かび上がった。


 直後、それを見たマリアの顔から、スッと期待の笑顔が消え去った。


「えっと……? あ、あれ? 水晶の故障でしょうか……?」


 マリアはパチクリと瞬きをし、水晶を何度も袖で拭いている。

 しかし結果は変わらず、彼女は気まずそうに一枚の鉄色のカードを差し出してきた。


「あの、ツナグ様、登録完了です。一番下の『Fランク』からのスタートとなります。職業『村人』、スキル『身体強化』のみ……ですね。あの、身体強化だけのFランク冒険者は、少し珍しいというか、その……無理はなさらないでくださいね?」


 マリアさんが同情するような、ひどく可哀想なものを見る目を向けてくる。


「なんだ、転移者っていってもただの『ハズレ』かよ」

「あんなショボいスキル、農作業しかできねえじゃねえか」


 聞き耳を立てていた周囲の冒険者たちから、あからさまな落胆と嘲笑の声が漏れ始めた。


(よ、よかった。あのバグスキルはドキドキしないと起動しない『隠し枠』だもんな。発動していない今の俺は、本当にただの最弱村人ってことか……)


 俺が内心で安堵していると。


「おいおいおい。剣姫様がすげぇ逸材を連れてきたって噂だったから見に来てみれば……なんだ、ただの『身体強化(笑)』の村人じゃねえか」

「違います! ツナグ様は、そんな安い測定で量れるお方ではありません!」

「ハハハッ、ポンコツ同士傷の舐め合いか!?」


「……おいおい、騒がしいな」


 酒場の奥から、取り巻きを連れた柄の悪い大男がニヤニヤと笑いながら近づいてきた。

 胸には、高ランクの証である金色のプレートが輝いている。


「なんだ? 最弱の転移者か。しかも後ろにいるのは、魔道具がなきゃ何もできねえルミナに、味方の回復すら弾く欠陥騎士様か。……なるほど、ハズレ同士で固まってるわけだ」


 男の言葉に、ギルドの空気が凍りつく。

 どうやらセレスティアも、ただの完璧な騎士というわけではなく「魔法を受け付けない」という何らかの欠陥(体質)を抱えているらしい。


 だが、男の嘲笑を聞いたルミナが、顔を真っ赤にして怒りの声を上げた。


「私のことはどう言っても構いません! でも、ツナグ様を侮辱することだけは許しません!!」


「事実ポンコツだろ! その鑑定結果がいってる!」


 ギュウウウウッ!!


 ルミナは俺の右腕を力いっぱい両手で抱き込んだ。

 その豊かな胸の感触が、俺の腕にダイレクトに押し付けられる。


 恐怖と興奮と緊張で冷や汗が止まらない。


『対象からの【極めて強い感情(怒り・庇護欲)】および濃厚な接触を確認』

『宿主の心拍数、急上昇。スキル【情動の神威エモーショナル・オーバードライブ】をフルドライブします。肉体負荷ゲージ:40%……60%……』


 脳内で、システムが最悪の起動音を鳴らしていたが、パニックで頭に入らない。


【魔力】10……50,000……800,000……ERROR!


『基本スキル【身体強化】、オーバードライブ。物理ステータスを強制底上げします』


【防御力】5……50,000……800,000……ERROR!


「あ? なんだその目は。ただの村人が、Aランクの俺様に盾突こうってのか!?」


 俺が冷や汗を流して完全に硬直しているのを「ガンを飛ばしている」と勘違いした男が、激昂して大剣を抜き放った。


(うわあああっ! 待って、そんな高価そうな剣が砕けてもしらないぞ!)


 大声で「やめて!」と叫べば、バグった声帯の衝撃波でギルドごと吹き飛んでしまう。


 俺は極度のパニックを必死に押し殺し、顔面を硬直させたまま、極低音のウィスパーボイスで警告した。


「……やめておけ」

「ハッ! 誰に向かって口を利いて――」


 男は鼻で笑い、容赦なくその刃を振り下ろしてくる。

 俺はビビリ、咄嗟に目を閉じた。


 【ERROR】表示まで跳ね上がった防御力を持つ俺の肩口に、大剣が直撃した瞬間――。


 ガァァァァンッ!!


「な、ぐあぁぁぁっ!?」


 甲高い破砕音と共に、Aランク冒険者の大剣が、まるで安物のガラス細工みたいに粉々に砕け散った。

 それどころか、斬りつけた反動によって、男の巨体はボールのように後ろへ弾き飛ばされ、酒場のテーブルをいくつもなぎ倒して床を転がった。


「「「なっ……!?」」」


 ギルド中が静まり返る。


(……あれ? どうなった?)


 恐る恐る目を開けると、男が勝手に遠くで倒れて泡を吹いていた。


(殺さなくてよかった……っ! 助かった……!)


「――ふぅ」


 俺は心の底から安堵して、肺いっぱいに息を吸い――深く、息を吐いた。


 ドゴォォォォォンッ!!!!!


 直後、俺の口から放たれた溜め息は、凄まじい風圧(突風)となってギルド内を吹き荒れた。

 暴風は一直線に男へと向かい、そのまま彼をギルドの重厚な扉ごとブチ破って、通りのはるか彼方へと吹き飛ばしてしまった。


(やばっ!)


 静寂。

 ただ、壊れた扉から外の風が吹き込んでくるだけ。


『――対象との接触解除。宿主の心拍数の低下を確認』

『【情動の神威エモーショナル・オーバードライブ】を停止。ステータスを通常値に戻します』


【魔力】ERROR……35(※残熱蓄積)

【防御力】ERROR……5


 あまりの惨状にルミナが驚いて離れたため、俺のステータスは元に戻った。


 しかし、周囲の冒険者たちの目は、俺に対して明確な「恐怖」と「畏敬」に染まり切っていた。

 先ほど嘲笑っていた者たちは顔面を蒼白にさせ、ガタガタと震えている。


「動かず……Aランクの攻撃を弾き返しただと……!?」

「トドメは無詠唱の風魔法か……!?」

「魔法スキル持ってなかったよな!? や、やっぱりお伽話の転移者は本物だったのか……!」


 カウンターの奥にいた受付嬢のマリアは、頬を異常なほど紅潮させ、熱を帯びた瞳で俺を見つめていた。

 ……気のせいだろうか。彼女の可憐な瞳の奥に、グルグルと回る『渦巻き』のような危ない光が見えた気がしたのだが。


(違う違う違う!! ビビって肩すくめて、最後に一息ついただけだから!!)


 俺の心の叫びは、またしても誰にも届かない。


 それよりも俺は、ステータス画面の右下に表示されている嫌な数値を見て、背筋に冷たいものを感じていた。


 【魔力】35(※残熱蓄積・微熱あり)


 さっきの森での「10」から、確実に残熱の基本数値が上がっている。

 体の中のマグマのような感覚が、今度は完全に消えずに、くすぶったまま胸の奥に留まっていた。


(……おい、これマジでヤバいやつじゃないか? 一度ドキドキするたびに、少しずつ『熱』が排出されずに溜まっていってる……! このままベース値が上がり続けたら……女の子とちょっと触れただけで、一瞬でカンストして俺、即爆発するんじゃ……?)


 「お伽話の英雄」という大いなる勘違いと、「自爆」という恐るべき時限爆弾。

 俺の平和なスローライフの夢は、ギルド登録初日にして早くも音を立てて崩れ去った。

本作をお読みいただきありがとうございます!


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