第32話 決死のダブルキス!
空は赤黒く染まり、巨大な『炎の星』が轟音と共に王都へと迫っていた。
大気が焼け焦げるような熱風が吹き荒れ、城壁の上にいる兵士たちは絶望に膝をつく。
(ウソだろ……俺、せっかくあいつをぶっ飛ばしたのに、結局みんな死ぬのかよ……っ!)
俺の体には、限界突破した致死量の魔力が燻っている。
だが、それを使う手段がない。
ルミナの魔液タンクは完全に空っぽだ。
「ツナグ様ッ!」
フラフラのルミナが俺の胸に飛び込み、熱を帯びた瞳で俺を見上げる。
それに続くように、セレスティアも大剣を構えて俺の隣に立った。
「まだじゃ! 諦めるな!」
絶望の静寂を破り、ヴァニアが城壁の上から拡声魔法で叫んだ。
「ツナグの体内に燻る致死量の残熱を、ルミナの『世界樹の杖』がツナグの莫大な魔力を一次導管として吸い上げ、暴走しないぎりぎりまで整流し、それがセレスティアの『絶対魔力耐性の剣』へ一極集中していく。 これまでの特訓通り、流して、絞って、放つのじゃ!」
「ですが、この短時間であの巨大な質量を迎撃するほどの魔力を引き出すには……!」
「ああ。ルミナ一人では流量が足りん。ルミナとセレスティア、二人同時にツナグへ直結し、導管を二本に増やして一気に引き出すのじゃ!」
ヴァニアの言葉に、ルミナとセレスティアがハッと顔を見合わせた。
二人同時に回路を繋ぐ。
それはつまり――。
「……ツナグ様。恐れ多くも、我々に貴方様の魔力をッ!」
「私たちの全てを懸けて、貴方様の魔力をお通しします!」
(両脇から美女二人に同時にキスされる!? 絶対に心臓が爆発して死ぬ!!)
俺の心臓はすでに破裂寸前だった。
自壊ゲージはレッドゾーンを振り切ろうとしている。
だが、泣き叫ぶ王都の民と、決意の瞳で俺を見つめる二人の美少女を前にして。
俺は、逃げることをやめた。
(ええい、どうせメテオで死ぬなら……最後に可愛い女の子二人にキスされて、一緒に散ってやる!!)
「……来い」
俺はヤケクソになり、目をギュッと瞑って両手を広げた。
その直後。
「ツナグ様……ッ!」
「我らの全てを……ッ!」
右からルミナが、左からセレスティアが、同時に俺の顔を両手で包み込むように引き寄せた。
そして――二人の柔らかく熱い唇が、俺の唇の左右に、寸分の狂いもなく同時に重なり合った。
(うおぉぉぉぉっ!? 両側から同時にキターーッ!? 柔らかい! いい匂いする!)
右からはルミナの甘い吐息が、左からはセレスティアの凛とした息遣いが、俺の理性を完全に焼き尽くしていく。
そして、三人の唇が触れ合った場所と、手の甲の『浪費の刻印』から、これまで胸の奥に溜まりに溜まり、俺を苦しめていた莫大な「残熱」と黄金の光(魔力)が、爆発的に吸い出され、溢れ出した。
ドクンッ!! ドクンッ!! ドクンッ!!
『対象からの【極限のダブル・コンタクト】を感知。宿主の心拍数、計測不能――!』
『スキル【情動の神威】の出力を最大化します』
『蓄積されたベース魔力【999】――乗算開始。×1,000……×100,000……!』
『上限エラー。致死量の魔力を検知。基本スキル【身体強化】を限界突破、全ステータスERROR』
『――警告。肉体の変換限界に到達。【完全自壊プロセス】へ移行します』
(ヤバい! 心臓が破裂する! 今度こそマジで自爆するぅぅっ!)
俺の体が内側から弾け飛ぼうとした、まさにその瞬間だった。
『特殊条件クリア。禁忌魔法【魔力譲渡】がフルドライブで起動しました』
『外部導管への超高圧・魔力排出を開始します』
俺が爆発するよりも、彼女たちに吸い出される方が速かった。
幻封石でコーティングされた『世界樹の杖』と『絶対耐性の剣』。
バグった魔力すらも通す超極太の二本の排熱パイプが直結したことで、俺の体内で無限増殖する致死量の魔力が、自爆する寸前で濁流となって外部へと引き抜かれていく。
『魔力生成量と排出量が拮抗――自壊プロセスを一時凍結します』
「くっ……なんという圧倒的な魔力……!」
「でも、これなら……っ! いきます、セレスティア様!」
唇を離した二人が、光のオーラを纏いながら前衛へと躍り出た。
ルミナの『世界樹の杖』がツナグの莫大な魔力を吸い上げ、極限まで圧縮してコントロールし、それがセレスティアの『絶対魔力耐性の剣』へと一極集中していく。
その瞬間だった。
ブゥゥゥンッ……!!
セレスティアの構えた大剣を中心に、巨大な光の魔法陣が空中に展開された。
一つ、二つ、三つ――。
ツナグから供給される底知れぬ魔力を制御するため、ルミナが紡ぎ出す幾重にも連なる超巨大な魔法陣が、空を覆うメテオの赤黒い光を押し返すように展開されていく。
「すごい……大剣の先に、多重魔法陣が展開されていく!」
「セレスティア君! 僕が教えた『勇者の秘奥義』の型だ! 今の君たちなら、100%以上の威力で撃てる!」
勇者アルクが叫ぶ。
セレスティアは大剣を天高く掲げた。
刀身に集まった莫大な光の魔力が、幾重もの魔法陣のフィルターを通ることでさらに鋭く、さらに純度を高め、太陽すらも霞むほどの強烈な黄金の輝きを放ち始める。
「ツナグ様より授かりし、無限の力……今こそ解放する!」
「撃ち抜けェェェッ!!」
ルミナとセレスティアが同時に叫び、大剣が力強く振り下ろされた。
幾重にも展開された魔法陣を突き破りながら、極限の魔力が一気に解放される。
「『神・極光の覇剣』!!!!」
ズドゴォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!
放たれたのは、魔法という概念すら超越した、純粋なる光の奔流。
天空へと昇る黄金のレーザーが、悪魔将軍の命を燃やした超特大の『終焉の星墜とし《メテオ・インパクト》』と激突した。
ギィィィィィィンッ……!!
一瞬の拮抗。
だが、ツナグのバグったカンスト魔力を乗せた二人の一撃は、メテオの質量を紙切れのように食い破った。
光の奔流は炎の星を真っ二つに叩き割り、その残骸すらも宇宙の彼方まで押し流して、空の彼方で特大の爆発を起こした。
カッ……!
王都の空が、真昼のように白く染まる。
爆風が通り過ぎた後。
空を覆っていた赤黒い雲は完全に消し飛び、元の美しい青空が広がっていた。
地平線を埋め尽くしていた魔王軍の残党も、その一撃の余波と圧倒的な力に恐れをなし、蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていく。
「や、やった……」
「メテオが……消滅した……!」
静寂の後。
城壁の上に、割れんばかりの大歓声が巻き起こった。
「勝ったぞォォォッ!!」
「王都が、俺たちが救われたんだァァァッ!!」
ルミナとセレスティアが、魔力を使い果たしてその場にへたり込み、互いの手を握り合って涙を流す。
アルクやエルリア、クロエたちも、歓喜の声を上げて二人を称えていた。
「ツナグ様……! 私たち、やりました……!」
ルミナが、満面の笑みで俺の方を振り返る。
俺は城壁の縁で、両腕を広げた体勢のまま、微動だにせず立っていた。
「見ろ。ご自身の全魔力を放出し、限界を迎えているはずなのに……ツナグ様は決して倒れることなく、逃げ去る魔王軍の残党を鋭く睨み据えておられる」
「どこまで気高く、強靭な精神なのだ……。これこそが、真の英雄の立ち姿……っ!」
セレスティアとアルクが、俺の凛々しい立ち姿を見て、畏敬の念に震えている。
だが、真実は違った。
(……)
俺は、死んではいなかった。
魔力(熱)を排出したことで、自爆の危機も去っていた。
だが、人生初のダブルキスによる極度の緊張と、目の前で起きたあまりにも非現実的な大爆発のショックで俺の脳は完全に処理を放棄していた。
恐怖とパニックで目をカッと見開いたまま、瞬きすら忘れてフリーズし、立ったまま意識を失っていた(気絶していた)だけだった。
(俺の安全なスローライフは、どこに行っちゃったんだよぉぉぉ……)
意識の奥底で響く俺の悲痛な叫びなど誰にも届かず。
俺は「魔王軍を退け、王都を救った真の英雄」として、王都中の人々からスタンディングオベーションを受けるのだった。




