第31話 非モテの意地とパンチの暴風
「……フフ、フハハハハッ! 面白い! 実に面白いぞ羽虫ども! ならば見せてやろう……魔王様より賜りし、我の『真の絶望』をッ!!」
魔王軍ジェネラル、ザガンの全身から噴き出た黒い血の蒸気が、彼の巨体をさらに一回り大きく膨張させた。
四本の腕がそれぞれ異常な筋肉の隆起を見せ、握られた武器から放たれる魔力が、空間をギシギシと軋ませる。
「リミッター、解除。これが我の『全霊』よッ!」
ボォォォォンッ!!
ザガンがただ一歩踏み込んだだけで、巨大なクレーターが穿たれ、凄まじい衝撃波がヒロインたちを襲った。
「くっ……!? 速い!」
アルクとセレスティアが咄嗟に防御態勢をとるが、ザガンの四本腕による超重量の連撃が、瞬く間に二人の防御を弾き飛ばした。
「ぐはぁっ……!」
「キャアアッ!」
吹き飛ばされる二人。
リンとエルリアが援護に回るが、覚醒したザガンの前では、魔法も拳も紙切れのように薙ぎ払われてしまう。
「どうした羽虫ども! 先ほどの勢いはどこへ行った!」
「ぜぇ、はぁ……っ! 『超・爆流蒸破』!!」
ルミナが必死に融合魔法を放つが、ザガンはそれを四本腕の一振りで強引に掻き消してしまった。
それだけではない。
「……ああっ! 魔液が、もう……!」
ルミナの背負うタンクから「ピーッ」という警告音が鳴り響き、ゲージが赤色に染まった。
これまでの激戦と、先ほどの最大火力の連発により、ついに魔液が底をついてしまったのだ。
「終わりだ、人間ども。まずは貴様らからミンチにしてくれるわ!」
ザガンが巨大な黒斧を振り上げ、魔力切れのルミナたちへ無慈悲に振り下ろそうとした。
(ヤバいヤバいヤバい!! みんな殺される!!)
城壁の上で見ていた俺は、極度の恐怖とパニックで震え上がった。
だが、今の俺には魔法もスキルもない。ただの「ビビり村人」だ。
助けに行きたくても、足がすくんで一歩も動けない。
「主様ッ!!」
俺の肩で、二頭身の小悪魔・デビィが必死に襟を引っ張ってきた。
「主様、どうかあいつらを助けてあげてください! このままじゃ、みんな死んじゃいますぅぅっ!」
「無理だよ! 俺に戦う力なんてないってば!」
「あります! 主様には、『アスモデウス様の力』があるじゃないですか!」
俺の隠しスキル『情動の神威』は、心拍数がカンストすれば、とんでもない威圧感とステータスを生み出す。
だが、今は純粋な「恐怖」しかなく、あの爆発的なステータス上昇を引き起こす『女の子へのドキドキ』が足りていない。
(ダメだ! 今は怖すぎて女の子のことなんか考えられない! このままじゃシステムが起動しない!)
俺が絶望しかけた、その時だった。
「……主様。私に、お任せください」
ポンッ!
音と共に、デビィが二頭身マスコットの姿から、あのダンジョンで出会った『絶世の夢魔(元の姿)』へと変貌を遂げたのだ。
「デ、デビィ!?」
「主様の『力』を引き出すには、これしかないと分かっておりますわ♡」
等身大の妖艶な美女に戻ったデビィは、布面積が絶望的に少ないボンデージ衣装のまま、俺にピタリと密着してきた。
俺の腕に豊満な胸が押し付けられ、視線を下げれば、布地の隙間から覗く、少しだけ肉付きの良い(柔らかい)お腹と、そのヘソの下にある妖しく誘うような『ハート型』のホクロが、至近距離で目に入った。
「さぁ、主様……私のすべてを、貴方様に捧げますわ。存分に、興奮してくださいな♡」
(ちょっ!? こんな命懸けの状況で、そのエロすぎるハートのホクロと、妙に柔らかくて癖になりそうなお腹の感触は反則だろ!!)
俺の理性が、強烈な夢魔のフェロモンと、直接肌に触れる『圧倒的な柔らかさ(胸とお腹)』によって、一瞬で消し飛んだ。
ドクンッ!! ドクンッ!! ドクンッ!!
『対象からの【極限の性的接触と夢魔の誘惑】を感知。宿主の心拍数、レッドゾーンを突破――』
『限界寸前だった残熱ベースがカンストしました』
『魔力【999】――乗算開始。×1,000……×100,000……!』
『上限エラー。致死量の魔力を検知。基本スキル【身体強化】を限界突破、全ステータスERROR』
『――警告。肉体の変換限界に到達。これ以上の魔力乗算は、宿主の完全な自壊を招きます』
「グハッ……!?」
俺の体から、極限まで高められた熱量によって『黄金』に光り輝く凄まじいオーラ(自爆寸前の魔力)が爆発的に噴き出した。
バリバリバリッ!
嫌な音と共に、俺の残熱を抑え込んでいた『魔力吸収の外套』の銀糸がショートし、耐えきれずに黒い灰となって霧散した。
全身の骨が軋み、手の甲の刻印が焼け焦げるように痛い。
ERROR状態の今の俺は、いわば「爆発のエネルギーを、カンストした物理ステータスという鉄の箱で無理やり数秒間だけ閉じ込めているだけの時限爆弾」だ。
(あああっ! 俺の安全装置がぁぁっ!! 早くザガンをぶっ飛ばして、このバグった緊張状態を解除しないと、俺の体が内側から弾け飛ぶ!!)
その圧倒的なプレッシャーは、城壁を越え、戦場全体を重圧で押し潰した。
「な、なんだこの尋常ではないプレッシャーは……!?」
ルミナたちにトドメを刺そうとしていたザガンが、あまりの重圧に動きを止め、驚愕して城壁を見上げた。
そこには、絶世の夢魔を腕に抱き寄せ、黄金のオーラを纏って立つ俺の姿があった。
「フ、フフ……フハハハッ! ついにその真の力を解放したか、人間! 来い! 我と正々堂々――」
ザガンが俺に向かって吠える。
俺の心臓は限界を迎え、全身の骨がミシミシと悲鳴を上げていた。
だが、眼下でボロボロになっているルミナやセレスティアたちを見て、俺の中の『非モテの意地』に火がついた。
(このまま俺が爆発したら、あいつらも巻き添えになる……! それに、あんな可愛い女の子たちを、あんな化け物に殺させてたまるかよ!)
俺を信じて見上げているルミナたちの瞳。
本当の俺はただの村人で、女の手すらまともに握れないビビりの童貞だ。
だけど、あいつらは俺を「最強の英雄」だと信じて、命を懸けて戦ってくれた。
(……ここで俺が怯えて逃げたら、俺は一生、ただのモブ以下のクズだ。死ぬほど怖いけど……せめてあいつらの前でだけは、最後まで『最強の師匠』を演じ切ってやるッ!)
俺はガクガクと震える両足を必死に叩いて気合を入れると、デビィのお色気密着を強引に振り解いた。
そして、冷や汗で濡れた顔面を無理やり『クールな無表情』に固定し、覚悟を決めて城壁の縁を蹴る。
ヒロインたちを守るため、ザガンの元へと飛び降りたのだ。
しかし――全ステータスがERRORの脚力は、ただの「ジャンプ」を、まるで「隕石の墜落」のように変貌させた。
ドゴォォォォォォォォォォンッ!!!!!
「なっ!?」
俺が着地した瞬間、戦場の大地が爆発したように吹き飛び、巨大なクレーターが形成された。
土煙が晴れた後、ザガンの目の前に、無傷の俺が立ち塞がっていた。
(い、勢い余って足粉々になるかと思ったぁぁっ! 加減がむずいな)
「よくぞ降りてきた、強者よ! ならば我も、全霊をもって貴様を粉砕してくれようッ!」
ザガンが歓喜の咆哮を上げ、四本の腕に持つ武器に、空間が歪むほどの超高圧縮の黒い魔力を纏わせた。
「消え去れ! 『絶望の滅牙』ッ!!」
ザガンの四本腕から放たれたのは、触れたものを文字通り『無』に還す、最大出力の黒き斬撃の嵐。
それが、地形をえぐりながら俺とルミナたちへと殺到する。
(うわああああっ! なんだよあの技! 防げるわけねえだろバカァァッ!!)
俺は内心、恐怖とパニックで半泣きになりながら、必死に顔面を硬直させてクールな声でボソッと呟いた。
「……消えろ!」
恐怖に見開かれた俺の紫の瞳の中で、真紅の十字が不気味な光を放つ。
そしてヤケクソで思い切り右の拳を振り抜いた。
魔法もスキルもない。ただの物理的な『パンチ』だ。
だが、カンストを上回った状態の俺が放ったただのパンチは、空気を極限まで圧縮し、世界を裂くような『不可視の超質量兵器』と化した。
ズドバァァァァァァァァァァンッ!!!!!!
「……ば、馬鹿なァァァッ!?」
俺の拳から放たれた凄まじい暴風が、ザガンの放った黒い斬撃の嵐を真っ向から粉砕。
それどころか、風圧だけで戦場の大地が数十メートルにわたって削り取られ、ザガンの巨体は悲鳴を上げる間もなく、王都の遥か遠くまで一直線に吹き飛ばされていった。
「えっ……」
「なっ……」
地形そのものが変わってしまった戦場。
ザガンの最大攻撃を、ただの拳の風圧で粉砕した俺の姿を見て、ルミナも、アルクも、そして王都の兵士たちも、言葉を失って呆然としていた。
「つ、ツナグ様が……ただ拳を振るっただけで、大地が消滅した……?」
「あ、あり得ない……! あれがザガンを凌駕する、ツナグの真の力……!」
(俺が一番ビビってるよ!? なんだよこの威力!)
俺が自分の右手を震えながら見つめていると、城壁の上からヴァニアが歓喜の声を上げた。
「やったぞ! ツナグの一撃で、敵の将が吹き飛んだ! 我らの勝利じゃ!」
王都側にワァァァッ!
大歓声が巻き起こる。
しかし――。
俺の心臓の警鐘(動悸)は、まだ止んでいなかった。
それどころか、上空の空気が、急激に異常な熱を帯び始めたのだ。
「……ま、待て。空を見ろ……!」
アルクが震える指で天を指差す。
雲が渦を巻き、赤黒く染まった空の向こうから――巨大な『炎の星』が、王都を目指して降ってきているのが見えた。
「グ……フ、フハハハッ……! 我が肉体は滅びようとも、貴様らだけは道連れにしてくれるわ……ッ!」
地平線の彼方。
吹き飛ばされ、半死半生となったザガンが、己の残りの命と魔力をすべて燃やし尽くし、最後の禁忌魔法を発動させていたのだ。
「あれは……超特大の『終焉の星墜とし』!? 馬鹿な、あんな質量を落とされれば、王都はおろかこの国ごと地図から消滅するぞ!」
「だ、だめです! あんな巨大な質量、私の防御魔法では……ッ!」
エルリアが絶望し、セレスティアが顔面を蒼白にさせる。
俺の物理パンチ(風圧)では、あの巨大な隕石を砕けたとしても、降り注ぐ無数の破片から王都全体を守り切ることはできない。
王都を完全に覆う、超広範囲の『極大魔法』で迎撃するしかない。
だが、そのための魔液(燃料)は、すでにルミナのタンクから尽きている。
「そんな……嘘でしょ……?」
ルミナがへたり込み、勇者アルクですら剣を握る手を震わせた。
赤く染まる空。圧倒的な死の宣告。
(ウソだろ……俺、せっかくあいつをぶっ飛ばしたのに、結局みんな死ぬのかよ……っ!)
俺の体には、限界突破した致死量の魔力が燻っている。
だが、それを使う手段がない。
絶望の影が、王都全体を重く覆い尽くそうとしていた




