第30話 魔王軍ジェネラルの勘違い
「いけぇぇぇっ! ツナグ様に我らの成長を示すのだ!」
城壁から戦場へと飛び降りたセレスティアが、号令と共に大剣を振り抜いた。
「続けぇ! 剣姫様に遅れをとるなッ!」
「ギルドの総力を見せてやれ! Sランク『紅蓮の咆哮』、推して参るッ!」
セレスティアの号令に呼応し、近衛騎士団の精鋭たちや、王都中の冒険者パーティが一斉に魔物の大群へと突撃していく。
空ではAランクの魔法使い部隊が炎と氷の雨を降らせ、地上では盾持ちの重装歩兵たちがトロルの進軍を必死に食い止めていた。
まさに、王都の存亡を懸けた総力戦。
だが、その激戦の最前線にあって、ひと際輝かしい戦果を上げている者たちがいた。
「『白銀の絶牙』ッ!」
ズバァァァンッ!!
セレスティアの放った巨大な斬撃が、突撃してくるオークの群れを数十体まとめて両断する。
「アタシらも負けてられねぇ! ソフィア、バフをくれ!」
「は、はいっ! 『聖光の極み』!」
ソフィアの支援魔法を受け、黄金に光り輝く闘気を纏った武闘家のリンが、敵の群れの中央へと特攻する。
「オラオラオラァッ! 獣王千烈拳ッ!」
ダダダダダダンッ!!
リンの目にも留まらぬ巨大な手甲の連撃が、硬い装甲を持つトロルたちを次々と爆散させていく。
「どうだツナグ! アタシの活躍、ちゃんと見てるか!?」
リンが獣の耳をピンと立てて城壁にアピールする。
「ふふっ、僕たちも行くよ、エルリア!」
「ええ! 『灼熱の嵐』!」
「『閃光連剣』!」
賢者エルリアの広範囲魔法が空を覆うガーゴイルを焼き尽くし、勇者アルクの白銀の剣閃が地上を駆け抜ける。
そして――。
「ツナグ様……どうか、見ていてくださいっ!」
ルミナが、ヴァニアによって幻封石のコーティングを施された『世界樹の杖』を天高く掲げた。
「私の器は、もう壊れません! 『超・爆流蒸破』!!」
――ズドゴォォォォォォォォンッ!!!!!
ルミナが放った特大の融合魔法(水蒸気爆発)が、戦場の中央に巨大なクレーターを穿ち、ワイバーンの編隊を丸ごと吹き飛ばした。
圧倒的。
Sランクの勇者パーティと、ツナグの教えで限界突破したルミナとセレスティアの共闘は、文字通り『無双』だった。
魔王軍の軍勢は、彼女たちの規格外の力の前で、見る間にその数を減らしていく。
(す、すげええぇっ! これ、俺が手出ししなくても勝てるんじゃないか!?)
城壁の上で安全に見学していた俺は、内心で歓喜の声を上げた。
このままヒロインたちが全部倒してくれれば、俺は自爆の恐怖を味わうことなく、平和なスローライフに戻れる!
(いけー! ルミナちゃん! セレスティアちゃん! そのまま残党も全部片付けちゃえー!)
俺が応援のつもりで、グッと身を乗り出して戦場を熱く見つめた、その時だった。
「フハハハハッ!! 見事! 実に見事だ、人間ども!!」
戦場の奥深く。
天を突くような黒い雷柱と共に、地鳴りのような高笑いが響き渡った。
「なっ……なんだ、あの巨大な魔力は……!?」
「敵の親玉……魔王軍の『ジェネラル』か!」
ルミナたちが動きを止め、前方を睨みつける。
土煙を裂いて現れたのは、身の丈3メートルを超える、全身に禍々しい呪印を刻んだ四本腕の悪魔だった。
その背中には、デビィと同じコウモリの翼が生え、手にはそれぞれ巨大な黒斧や魔剣が握られている。
「我は魔王軍第三軍団長、武を統べるジェネラル『ザガン』! まさか辺境の王都に、これほどの使い手たちが揃っていようとはな! 我が血が久々に滾るわッ!」
ザガンが四本の腕の武器を打ち鳴らすと、それだけで周囲の空気がビリビリと震え、防衛兵たちが悲鳴を上げて後ずさる。
「くっ……なんというプレッシャーだ! だが、ここで引くわけにはいかない!」
アルクとセレスティアが前に出ようとした、その瞬間だった。
「――待て。貴様ら雑魚には興味はない」
ザガンが、ピタリと動きを止めた。
そして、その血走った三つの瞳を、城壁の上にいる『俺』へと真っ直ぐに向けたのだ。
「……ん?」
ザガンは俺を睨みつけた直後、ハッと息を呑み、その凶悪な顔に初めて『焦燥』の色を浮かべた。
「な、なんというプレッシャーだ……。それに、我らを見下ろすあの紫の瞳に宿る『真紅の十字』。そして魂を焼き尽くすようなねっとりとした波長……間違いない。これは、我ら悪魔すらも平伏す色欲の魔王……『アスモデウス様』の因子ッ!?」
(えっ!? なんでこいつも俺の目のことと、大悪魔の名前知ってんの!?)
「ば、馬鹿な……っ! なぜただの人間が、魔王様の根源たる因子を、これほどまでに濃密に宿している!? それに、我らの同胞である夢魔の始祖リリス(デビィ)を完全服従させているだと!?」
ザガンの三つの瞳が、驚愕と恐怖で激しく揺れ動く。
そして、俺から漏れ出ている心拍数バクバクのプレッシャー(自爆寸前の動悸)を、自分への『絶対的な殺意と挑発』だと完全に勘違いした。
(違う! さっき女の子たちに密着された時のドキドキ(自爆寸前)が、まだ収まってないだけだ!)
俺の心臓のバクバクを、ザガンは「自分に向けられた闘気」だと完全に勘違いし、恐怖を塗り潰すような凄まじい怒りと狂気に顔を歪ませた。
「……ふ、フハハハッ! 貴様、魔王様の力を奪い、あまつさえこの我を眼下から見下して挑発するか! 良いだろう、人間! 貴様ほどの『強者』ならば、我が直接、その首を刈り取ってやる価値があるッ!!」
ダンッ!!
ザガンが地面を蹴り飛ばした。
その巨体が、信じられない跳躍力で空を舞い、俺のいる城壁の上へと一気に迫ってくる!
(うわああああああッ!? なんで俺が魔王の力奪ったことになってんの!? 勝手に勘違いしてこっち来んなバカァァァッ!!)
「――ツナグ様に、指一本触れさせるものかッ!!」
キンィィィィィッ!!
空中で、激しい金属音が鳴り響いた。
ツナグを守るため、飛び上がったセレスティアの大剣が、ザガンの四本腕の凶刃を真っ向から受け止めたのだ。
「チッ! 邪魔をするな小娘! 貴様らのような羽虫に用はないと言ったはずだ!」
ザガンが力任せに大剣を押し込み、セレスティアを地上へと叩き落とそうとする。
だが、セレスティアはニヤリと笑った。
「羽虫……? ツナグ様より『最強の矛』を任されたこの私を、ただの剣士だと思うなよ。……『絶対魔力耐性』、展開ッ!!」
「なにっ!?」
セレスティアの大剣が、眩い耐性のオーラを放った。
ザガンの武器に宿っていた凶悪な黒い魔力が、弾かれるのではなく、セレスティアのオーラにサンドイッチされるように閉じ込められ、吸収されていく!
「我の魔力を……奪っただと!?」
「ツナグ様の教えの前には、悪魔の魔力すらも私の糧となる! はぁぁぁッ!!」
ザガンの魔力を纏い、威力が倍増したセレスティアの反撃が、巨体を地上へと叩き落とした。
ドッゴォォォォンッ!!
「……グハッ!? ば、馬鹿な……! 人間の小娘が、我と真っ向から撃ち合うだと!?」
地面に激突し、砂煙の中でザガンが驚愕の声を上げる。
着地したセレスティアの隣には、ルミナ、アルク、リン、エルリア、ソフィア……ヒロインたちが全員集結し、ザガンを完全に包囲していた。
「お前が戦う相手は、我々だ」
「ツナグ様は、お前のような下等な悪魔が直接触れていいような御方ではありません!」
ルミナが杖を構え、誇り高く宣言する。
その背後、城壁の上で――俺は腰を抜かしてへたり込み、ガタガタと震えていた。
(た、助かったぁぁぁ……! みんな、マジでありがとう!! そのままあいつを倒してくれぇぇ!)
だが、俺の安堵は長くは続かなかった。
土煙の中から立ち上がったザガンが、四本の腕の筋肉を異常なまでに膨張させ、全身から黒い血の蒸気を噴き出し始めたのだ。
「……フフ、フハハハハッ! 面白い! 実に面白いぞ羽虫ども! ならば見せてやろう……魔王様より賜りし、我の『真の絶望』をッ!!」
空間が歪むほどの圧倒的な魔力が、戦場を支配し始めた。
いよいよ、クライマックス。
悪魔将軍との総力戦が、その幕を開けようとしていた。




